1961年、三重県名張市の小さな村でおきた名張毒ぶどう酒事件の第十次再審の異議審で、名古屋高裁が3月3日に再審開始の可否の判断を出すことが分かった。元死刑囚・奥西勝さんは、第九次再審請求中の2015年10月、89歳で病気で獄死、兄の意思を受け継いだ妹・岡美代子さんが第十次再審請求を申し立てたが、2017年10月に棄却、岡さんは異議を申し立てていた。

◆ぶどう酒に毒を入れることができたのは、奥西さんだけだったのか?

村の懇親会で出された毒ぶどう酒を飲み、女性5名が死亡、12名が重軽傷を負ったこの事件で、奥西さんが犯人とされたのは、死亡した女性のなかに奥西さんの妻と愛人がいたことから、「三角関係を解消しようと犯行に及んだ」ととされたからだ。奥西んさんは一旦は自白に追い込まれたが、それ以降は一貫して無実を訴えていた。

物証や目撃証言が乏しいなか、検察は村人から聞き取り調査を行った際、とりわけ会長に頼まれぶどう酒を購入したAさんが、何時に会長宅に瓶を届けたかが焦点となった。結局、Aさんの供述は当初の「午後2時」から、奥西さん自白後に「午後5時」に変わり、ならばその後、公民館にぶどう酒瓶を運び、一人になった奥西さんしか毒を入れることはできないとされた。

さらに、他の村人の証言も、奥西さんの自白を前後して不自然に変遷したが、わずか8戸(当時)の小さな村内で、どうしても犯人を捜す必要にかられ、村人は警察官を交えた「話し合い」で、消去法で奥西さんを犯人にするしかなかったようだ。

しかし、津地裁は、こうしたからくりを「検察官のなみなみならぬ努力の所作」と皮肉を込めて批判し、一審で奥西さんに無罪を言い渡した。これを不服とした検察が控訴、名古屋高裁は、ぶどう酒瓶の王冠についた歯形が奥西さんの歯形と位置するとして、一審・無罪判決を破棄し、逆転死刑判決を言い渡し、1972年刑が上告が破棄され、刑が確定した。死刑囚となった奥西さんは、獄中から第一次から第四次までの再審請求を、自身で申し立てたが、いずれも棄却。その後、日弁連によって弁護団が結成され、再審で次々と奥西さんが犯人でないとの証拠が暴かれていった。

第七次再審請求審で、2005年4月5日、名古屋高裁(刑事1部)小出(金へんに亨)一裁判長は、再審開始と奥西さんの死刑執行の停止を決定したが、検察は、即座に異議を申し立た。2006年12月26日、名古屋高裁(刑事2部)門野博裁判長は、再審開始決定を取り消したが、2010年4月、最高裁は決定を取り消し、名古屋高裁に差し戻した。しかし、2012年5月25日、差し戻し後の異議審・名古屋高裁(刑事2部)下山保男裁判長は、再審開始決定を取り消し、請求を棄却、2013年年10月16日、最高裁もこれを追随した。

◆奥西さん、無念の獄死と第十次再審請求へ

2012年、肺炎を患い、名古屋拘置所から東京八王子医療刑務所に移送された奥西さんは、2015年10月4日、第九次再審請求中に無念の獄死を遂げた。11月6日、兄の意思を受けついだ妹・岡美代子さんにより第十次再審請求が申し立てられた。

これに対して、名古屋高裁(刑事伊津部)山口裕之裁判長は、2年もの間、「三者協議」を開かないまま、2017年12月8日に請求を棄却、その後、異議審を審議する名古屋高裁(刑事2部)・高橋徹裁判長も同様に、2年間「三者協議」を開かず、放置していた。これに対して、弁護団は3回にわたって裁判官らの「忌避」を申し立てたが、高橋裁判長はこれを却下し続けながら2019年11月1日、とつぜん依願退官したのであった。無責任極まりない対応だが、これも3度にわたり「忌避」を申し立てたり、裁判所へ抗議を続けた弁護団、支援者らの活動の成果であることは間違いない。そして、新たな裁判長への交代が、長い審議放置の暗闇に一筋の光を灯すこととなったのである。

◆裁判長交代で、59年ぶりに開示された新証拠

鹿野(かの)伸二裁判長が新たに就任するや、長く放置されていた裁判が慌ただしく動き始めた。弁護団の面談の申し入れに、裁判長もなるべく早くすると答え、12月8日には面談が実現。弁護団は、そこで、申立人の岡さんが高齢であるため、早急な解決を望むこと、ぶどう酒瓶に撒かれた封かん紙の裏側に付着するのりの成分の再鑑定を許可してほしいこと、更に検察官が未提出の証拠開示について、裁判所からも強く開示するよう働きかけてくれるよう訴えた。

2020年1月10日、検察官がようやく提出してきた意見書には、少なくとも7名の村人の9通の未開示の警察官調書があることがわかった。検察はこれらについて「開示する必要はない」と主張したが、裁判所が強く開示を求めたため、3月3日、事件から59年ぶりに、9通の調書が開示された。

9通の調書は、いずれも奥西さんが自白した4月2日よりも前、事故直後の村民の記憶が鮮明な時期に作成されたものだが、そこには、奥西さんの「自白」と矛盾する驚くべき事実が書かれていた。7名のうち女性2名と男性1名は、親睦会の席上で開けられたぶどう酒瓶には、封かん紙がまかれていたと供述していた。奥西さんの自白では、ぶどう酒瓶に毒物を入れるため、火鋏で瓶の外蓋を突き上げて外した際、外蓋にまかれた封かん紙も破れ、外蓋と一緒に落ちたままにしたというものだった。その自白通りならば、親睦会が始まる前に村人が見たぶどう酒瓶は、封かん神はまかれておらず、内蓋が絞められただけの状態であったはずだ。

しかも、これらの村人の供述は、もうひとつの奥西さんを無実とする証拠、すなわち封かん紙の裏側に製造過程で使ったのり(CMC糊)の成分のほかに、家庭で使う選択糊(PVA糊)の成分が検出されていたとする弁護団の新たな証拠とも合致するのだ。

実は、この糊の成分測定は、第十次再審請求時にも実施しており、製造過程と別の成分が検出されたため、鑑定書を提出し「真犯人が別の場所で毒物を入れ、封かん紙を貼り直した証拠だ」と主張していた。しかし、名古屋高裁は、分析結果が誤っていると否定し、請求を棄却していたのである。

弁護団は、新たな裁判長の許可を得て、再度測定を実施した。その結果、前回同様、家庭で使われる選択糊に含まれる成分が検出されたのであった。

◆検察官はすべての証拠を開示すべきだ

審議をさらに進めるために弁護団は、当時、警察から検察へ送致された証拠などを独自に整理し、「送致証拠整理表」を作成した。そこには多数の空白が存在していることがわかった。その空白は未開示の証拠である。中でも、村民らの供述調書と考えられる部分が多数あり、少なくとも村民の未開示の供述調書が50通も存在することがわかった。ここには、当然、奥西さんを無実をとする証拠、つまりぶどう酒瓶が会長宅に届けられた時刻がいつかを明確にさせる証拠などもあるはずだ。

前述したとおり、奥西さんにしか毒を混入できる人物はいないとしたのは、村人らの「ぶどう酒瓶到着時刻」がその後次々と変遷したからだが、その合理的理由は説明されておらず、しかも当初の村民の供述調書も開示されていない。

改めて整理すると、ぶどう酒を親睦会で女性らに提供すると決めたのは会長で、しかも当日朝だ。そして会長に頼まれぶどう酒を購入し、会長宅に運んだAさんが、到着時間を変遷させ、最終的には5時前に運んだとした。その後まもなく会長宅から公民館にぶどう酒を運んだ奥西さんしか、毒物を混入できる人物はいないとされたてきた。しかし、59年ぶりに奥西さんの無実を証明する証拠隠しが明らかになったのだ。検察は直ちにぶどう酒が何時に会長宅に届いたか、正確な時刻を証明する必要証拠を開示すべきだ。警察管にむりやり供述を変えさせられた村民もまた、警察、検察らの犠牲者なのだから。人の心をもった鹿野裁判長には、3月3日、ぜひ、再審開始の決定を岡さんに言い渡していただきたい。


◎[参考動画]映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』予告編(東海テレビ放送配給 2013年1月11日)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

この興行でもコロナ感染や濃厚接触者発生で、2試合の中止が発生しました。

昨年10月予定からコロナ禍影響で延期となっていたNKBライト級タイトルマッチ、髙橋一眞は今回3度目の防衛戦を判定勝利で棚橋賢二郎を退け、東京での最後の試合を飾りました。次回、7月31日(日)の大阪176BOXで引退興行開催予定です。

過去2018年12月8日に髙橋が2度目の防衛戦で、棚橋の強打を貰わない上手い試合運びで3ラウンドKO勝利。今回もスリルある“倒すか倒されるか”の攻防に期待が掛かりましたが、打ち合い少ない展開に声援禁止にもかかわらず、鋭い怒りの野次が飛びました。

今回で引退を宣言している藤野伸哉はヒザ蹴りで野村玲央を最終ラウンドで仕留める有終の美。

笹谷淳は試合運びの上手さでJUN DA LIONを倒して1年ぶりの勝利。

◎喝采シリーズ 1st / 2月19日(土)後楽園ホール17:30~20:40
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第11試合 NKBライト級タイトルマッチ 5回戦

Champ.髙橋一眞(真門/1994.9.7大阪府出身/61.2kg)     
VS
同級1位.棚橋賢二郎(拳心館/1987.11.2新潟県出身/60.9kg)
勝者:髙橋一眞 / 判定3-0
主審:前田仁
副審:鈴木50-48. 川上48-47. 佐藤49-48

打ち合いの距離では棚橋賢二郎の剛腕が怖い

髙橋一眞のローキック中心とした前進。棚橋はパンチは出さず、返しの軽いローキックで様子見の下がる一方。第2ラウンドに入って、高橋一眞は強めのローキックから高めの蹴りも見せるが棚橋は返してこない消極的戦法。高橋一眞が棚橋の強打を警戒しながら前進して誘いかけるが、棚橋が下がる展開は3ラウンドまで静かな流れが続いた。

第4ラウンド開始前には会場から「つまんねえんだよコノヤロー、サッサと倒せよコノヤロー!」と静かな会場に響く、周囲が緊張する語気強い野次が飛ぶ。“倒すか倒されるか”のキャッチフレーズを煽りながら、全く打ち合いに行かない想定外の展開にキレるのも分かる空気。ようやく棚橋が左ジャブを打ち、打撃の交錯が始まったが、高橋一眞はパンチの距離は避けたいところで、組み合ってヒザ蹴りに移り、棚橋はパンチを打ち込み難い展開も、やや手数増やし前進に転じた後半で判定に縺れ込んだ。

第4と5ラウンドを棚橋に付けたジャッジは一人。もう一人は第5ラウンドだけ棚橋へ。もう一人は互角だった。前半3ラウンドまでに手数少ないながらローキックで攻勢維持した高橋一眞のポイントを押さえたラウンドが勝利を導いた流れだった。

髙橋一眞のローキックは感度も効果的にヒットした

昔のテレビ放送席のような雰囲気でインタビューに応える高橋一眞

蹴りで攻勢を維持した藤野伸哉はヒザ蹴りで仕留めた

高橋一眞は26戦17勝(12KO)9敗。

棚橋賢二郎は18戦9勝(7KO)8敗1分。

◆第10試合 ライト級 5回戦

WMC日本スーパーフェザー級2位.藤野伸哉(RIKIX/1996.5.31東京都出身/61.15kg)
VS
NKBライト級3位.野村怜央(TEAM KOK/1990.3.27東京都出身/60.75kg)
勝者:藤野伸哉 / TKO 5R 1:37 /
主審:加賀美淳

両者は2018年6月16日に対戦、藤野がノックダウンを奪って3ラウンド判定勝利。

パンチで圧力掛ける野村。蹴りのテクニックでやや優っていった藤野は接近戦でヒザ蹴りもヒットさせスタミナを奪っていく流れ。

最終ラウンドには強烈なヒザ蹴りでスタンディングダウンを奪い、更に追い打ちのヒザ蹴りヒットさせたところで、苦しそうな野村は再びスタンディングダウンとなってレフェリーが試合ストップした。

藤野伸哉は23戦13勝(4KO)7敗3分。

野村玲央は20戦8勝(5KO)10敗2分。

藤野伸哉の応援団が引退の花道を飾る

◆第9試合 66.4kg契約3回戦

NKBウェルター級3位.笹谷淳(TEAM COMRADE/1975.3.17東京都出身/66.3kg)
     VS
NJKFウェルター級3位.JUN DA LION(E.S.G/1976.8.3埼玉県出身/65.8kg)
勝者:笹谷淳 / TKO 3R 0:45 /
主審:佐藤友章

第1ラウンド、蹴りの攻防は笹谷淳の蹴りから組み合っても圧し負けない展開が続いた。笹谷は左ストレートでプッシュ気味ながらノックダウンを奪う。

第2ラウンド以降も笹谷が組み合っての攻防の中、ヒジ打ちでJUNの額を切る。第3ラウンド、パンチから蹴りがボディーに入ると崩れ落ちたJUN。ダメージ見たレフェリーがノーカウントで試合を止めた。経験値が優った笹谷淳のTKO勝利。

笹谷淳が勢いを増した左ストレートでJUN DA LIONを追い詰める

◆第8試合 フェザー級3回戦

NKBフェザー級5位.矢吹翔太(team BRAVE FIST/1986.8.2沖縄県出身/57.0kg)
     VS
半澤信也(トイカツ/1981.4.28長野県出身/57.1kg)
勝者:矢吹翔太
主審:川上伸
副審:加賀美30-29. 前田30-29. 佐藤30-28

パンチで攻めたい半澤信也に対し、矢吹翔太は組み合っての攻防でスタミナを奪う流れ。決定打は無い流れも攻勢を維持した矢吹が判定勝利を掴む。

矢吹翔太が半澤信也の勢いを封じる展開で勝利を導く

◆第7試合 ミドル級3回戦

NKBミドル4位.釼田昌弘(テツ/1989.10.31鹿児島県出身/72.55kg)
     VS
スーパー・アンジ(KUNISNIPE旭/1999.10.28千葉県出身/72.1kg)
勝者:スーパー・アンジ / KO 2R 2:58 /
主審:鈴木義和

アンジはパワフルな圧力でパンチも蹴りも剱田昌弘を上回った。第2ラウンドに豪快な左ロングフックヒットでノックダウンを奪うと更にパンチの圧倒で2度目のダウンを奪い、更にパンチで圧倒したところで剱田がフラフラとなってレフェリーがストップし、3ノックダウンを奪う結果となった。

スーパー・アンジがパワフルに剱田昌弘を圧倒していく

◆第6試合 フェザー級3回戦

松山和弘(ReBORN経堂/2000.3.15宮崎県出身/58.15→57.6kg/+450g)
     VS
七海貴哉(G-1 TEAM TAKAGI/1997.4.17東京都出身/56.9kg)
勝者:七海貴哉 / KO 1R 2:43 / 2ノックダウン制によるストップ
主審:加賀美淳

松山和弘はウェイトオーバーにより減点1が課せられた。

パンチとローキックの攻防から七海のリズムが優っていく中、右ストレートでノックダウンを奪う。更にパンチで攻める中、松山は弱気な表情に変わる。七海がパンチで攻め続けた中、松山2度目のノックダウンとなって崩れ落ちた。

七海貴哉がパンチで圧倒していくと松山和弘は戦意喪失気味

◆第5試合 バンタム級3回戦(新人)

中島隆徳(GET OVER/2005.4.8愛知県/52.95kg)
     VS
安河内秀哉(RIKIX/2003.10.7東京都/53.4kg)
勝者:中島隆徳 / KO 2R 1:23 / カウント中のタオル投入による棄権
主審:佐藤友章

第1ラウンド開始早々に左ストレートでノックダウンを奪う中島が主導権を奪った展開で安河内は蹴りでやや持ち直したが、第2ラウンドに仕留められてしまった。

スピード感が優った中島隆徳は飛びヒザ蹴りも見せる勢い優る展開

◆第4試合 56.0kg契約3回戦(新人) 笠原秋澄欠場で翼出場

蒔田亮(TOKYO KICK WORKS/2000.6.23千葉県/55.6kg)
     VS
翼スリーツリー(ダイケンスリーツリー/1997.7.2山梨県/55.8kg)
勝者:蒔田亮 / 判定3-0
主審:鈴木義和
副審:前田30-25. 川上30-25. 加賀美30-25

◆第3試合 女子57.0kg契約3回戦(2分制/新人)

寺西美緒(GET OVER/1995.11.27愛知県/56.8kg)
     VS
田中美宇(TESSAY/1994.7.30新潟県/56.2kg)
勝者:寺西美緒 / 判定2-0 (30-28. 30-28. 29-29)

◆第2試合 63.0kg契約3回戦(新人)

哲太(Team S.A.C/1997.11.26千葉県/62.5kg)
     VS
折戸アトム(PHOENIX/1982.3.1新潟県/62.95kg)
勝者:折戸アトム / 判定0-3 (28-30. 29-30. 28-30)

◆第1試合 59.0kg契約3回戦(新人)

合田努(TOKYO KICK WORKS/1989.5.18愛媛県/58.75kg)
     VS
古木誠也(G-1 TEAM TAKAGI/1996.11.10神奈川県/58.2kg)
勝者:古木誠也 / 判定0-3 (27-30. 28-30. 26-30)

《取材戦記》

髙橋一眞の引退理由は「デビューして10年。満足いくまで戦えたからです。デビューから6連勝(6KO)で天狗だった頃、初めての敗戦の悔しさ、フェザー級のベルトを獲り損ねた悔しさ、連敗から抜け出せず諦めそうになったこと。チャンピオンになり一つの夢が叶ったこと、三兄弟で三階級を制覇したこと。KNOCK OUTに参戦出来た嬉しさ。世界最高峰王者、ヨードレックペットと戦えたこと。思い返せばいろんな思い出が蘇って来ます。ほんとに幸せな10年間でした。残る試合を自分らしい試合をして燃え尽きたいと思います(主催者発表インタビュー、一部引用)」。

試合直後のマイクアピールでは「棚橋選手はパワーあるしパンチ強いしビビったあ~!」と本音を漏らした髙橋一眞。

試合展開については緊張のあまりか、前半の手数少ない戦略や攻防も、野次が飛んだことも覚えていないと言う。健闘を称えに控室を訪れた高橋一眞は、ローキックの攻防について打ち明けていた両者。高橋は引退を宣言しているが「まだ3度目の対戦も有り得るから効いたところはバラすなよ」と言いたいところだった。

デビューから6連勝したこ頃は確かに太々しさが表れていた高橋一眞。3連敗から立ち直った頃がメインイベンターとした風格が感じられたものである。引退まであと一試合、“倒すか倒されるか”に全力で挑んで貰いたい。

セミファイナル出場の藤野伸哉も今回が引退最終試合。

引退試合に際し、NO KICK NO LIFEがホームリングでRIKIXジム所属である藤野伸哉に対し、しっかり5回戦が設定。5回戦だから展開出来たテクニックでのTKO勝利は感動的でもありました。

藤野伸哉は公認会計士講座講師として将来設計あっての引退となる模様です。

「日本キック連盟でのテンカウントゴングに送られるのか」と意外な感じもしたところで、記念贈呈品も無い、シンプルな引退テンカウントゴングが打ち鳴らされました。

若くしての引退は復帰したくなる気持ちが高くなる可能性もあるだけに、高橋一眞と藤野伸哉には、数年経った頃に徐々に復帰を誘いかけたら面白いかもしれません。

次回、日本キックボクシング連盟興行「喝采シリーズvol.2」は4月23日(土)に後楽園ホールにて開催予定です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

◆どういう人物なのか?

ウクライナのNATO加盟阻止。および東ウクライナの独立承認をもって、東西の緩衝地帯獲得をねらった侵略戦争の動機は、プーチンの個人的な体験にあるという。

ウラジーミル・プーチンはレニングラード国立大学を卒業後、KGBに就職して情報将校として16年間勤務している。そのかん対外情報アカデミー(赤旗大学)で諜報活動をまなび、東ドイツのドレスデンに派遣されている。

東ドイツでの勤務中は、情報機関・秘密警察である国家保安省(シュタージ)の身分証を持っていたことが、2018年になって明らかになっている。

ソ連邦共産党員でありKBG情報将校、同時に東ドイツの秘密警察だったのだ。この筋金入りの諜報員あがりの政治家は、ソ連邦時代を理想にしているという。

自身のトラウマになっているのは東ドイツの崩壊のとき、民衆が政権を崩壊させるために立ち上がった「壁の崩壊」だったというのだ。秘密警察の事務所で、勤務後にドイツビールを飲むのが楽しみだった男は、民衆の行動に驚愕し、恐怖したという。これがプーチンのトラウマとなった。

1991年8月の共産党解体までは共産党を離党せず、本人曰く党員証は今も持っているという(ロシアビヨンド)。


◎[参考動画]プーチン氏、ウクライナ2地域の独立を承認 軍派遣を命令(BBC News Japan 2022年2月22日)

共産党崩壊後はロシア大統領府総務局次長として、旧共産党資産の市場移行の管理を行ない、エリツイン政権の中枢に地位を築いてきた。そこから先は、チェチェン紛争(爆弾テロ)の鎮圧に辣腕をふるい、記者会見では「テロリストはどこまでも追跡する。便所にいてもぶち殺す」と発言して物議をかもした。いや、つよいロシアを待望する国民の拍手喝さいを浴びたのだった。エリツインによる禅譲後は、中央政権の権限の強化をはかりつつ大統領職を独占してきた。メドヴェージェフと大統領を交代しながらの、すでに20年にわたる長期専権となっている。

大統領権力の基盤が確立されたのは、エリツイン時代のオリガルヒ(新興財閥)との対決を通じてであった。

生産性の低下を小手先の国債乱発で乗り切ろうとしたエリツイン政権は、ハイパーインフレと軍の崩壊を招いていたが、プーチンはオリガルヒの脱税を取り締まることで、財閥の一部を取り込むことに成功したのである。もともとロシア経済の基幹産業は、豊富な天然資源と軍事産業である。警察と軍を再建することで、国家資本主義モデルともいうべき新体制を回復したのである。

◆民族主義と愛国主義

警察と軍、軍需産業を基軸にした国家である以上、民主主義は形がい化している。今回、ロシア国内ではウクライナ侵攻に反対する行動をした1700人が、治安当局によって拘束されたという。まさにKGB・シュタージの手法で民主主義を弾圧しているのだ。

プーチンが理想とするソ連邦の再来はしかし、共産主義ではなくロシアショービニズムともいうべき、民族主義的・愛国主義的な貌をしている。

20世紀がイデオロギーの時代だったと総括するならば、21世紀は宗教と民族主義・愛国主義(一国主義)の時代なのであろうか。民族主義と愛国主義には、じつはイデオロギーがない。誰もが民族の繁栄と国益を大義名分に、あるいは愛国者であることを誇る。プーチンにとってそれは、壁の崩壊というトラウマを払しょくし、共産主義に代わる大義名分となった。

ウクライナ侵攻を皮切りに東欧圏のロシア化を段階的にすすめ、西側ヨーロッパとアメリカ中心の世界を変える。その野望のためには、核兵器の使用すらいとわない。いやすでに、チェルノブイリ原発を制圧下におくことで、核を人質にしているのだ(実際に職員が拘留されているという)。

われわれは80年数年前を思い起こす。ヒトラーとその政権が、誰も思わなかった世界大戦を引き起こしたことを。そのとば口はオーストリア併合であり、ズデーデン地方の割譲によるチェコスロバキアの解体だった。アドルフ・ヒトラーもトラウマは、ウイーン時代の貧困とユダヤ人たちの裕福さへの羨望だった。個人のトラウマが歴史を動かす。われわれは、いまそれを現認しようとしているのかもしれない。
NATO諸国と交戦した場合は、ただちに第三次世界大戦に突入する危険があることだけは、今の段階で指摘しておかなければならないであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

介護福祉士である筆者は、衆院広島1区(広島市中区、東区、南区、総理の地元)内と広島4区(安芸区、安芸郡、東広島市の大部分など)内の介護施設に勤務しています。このうち、広島1区の介護施設に2022年2月14日、ご利用者1人、職員1人の感染が確認され、ついにコロナが上陸してしまいました。広島県内の感染者数も減少傾向に入ってほっとした矢先の出来事でした。

そして、2月22日までに当該施設の感染者はご利用者6人、職員2人に増え、5人というクラスター発生の基準を上回ってしまいました。いつかは、くるかも、と頭の中では考えてはいました。しかし、現実に自分が勤務する施設でクラスターが発生すると、まるで夢をみているような状況に不覚にもなってしまいました。

◆これまでの経過

これまでの状況を年表風にまとめると以下のようになります。

1/24(月)広島4区の介護施設に入居する予定の方がコロナ感染。入居延期に。
1/25(火)広島1区の介護施設に入社予定の職員がコロナ感染発覚。勤務開始の目処たたず。
2/10(木)筆者、1区の施設にコロナ上陸前最後の出勤
2/11(金)~13(日)筆者の仕事はお休み。
     広島市内で街頭演説や炊き出しのボランティア、労働組合の役員会など活動。
2/14(月)筆者、広島4区の介護施設に勤務。
     1区の介護施設でご利用者1人、職員1人の感染発覚 筆者は知らず
2/15(火)筆者は、ワクチン接種のため、お休み。広島市内の団体や政党など挨拶回り。
2/16(水)筆者、広島1区の介護施設に上陸後最初の勤務。
     職員1人の感染発覚。累計でご利用者1,職員2の感染者。
2/17(木)筆者、広島1区の介護施設に勤務。
2/18(金)筆者、広島1区の介護施設に勤務。
     あらたにご利用者1人の感染発覚。累計ではご利用者2人、職員2人の感染者。
2/19(土)筆者は仕事休み。
2/20(日)筆者は広島4区の介護施設に勤務。
2/21(月)筆者は広島4区の介護施設に勤務。
     広島県では、まんえん防止措置は延長も認証店では酒類提供可能に。
     2/19-2/21の3日間にあらたに1区の介護施設で2人のご利用者感染。
     ご利用者4人,職員2人の累計6人の感染者でクラスターに発展。
2/22(火)筆者、広島1区の介護施設に出勤。あらたに2人のご利用者感染。
     ご利用者6人、職員2人。合計8人に。

ちなみに、広島県、隣接する岩国市、そして感染の震源地とされる米軍岩国基地の新規感染者数の推移は以下です。

02/01 1056-20-17
02/02 1027-27-11
02/03 1179-20-13
02/04 1233-19-11
02/05 1277-22-0
02/06 1109-19-0
02/07 748-22-4
02/08 892-13-9
02/09 1042-10-10 広島県再び前週同日比増加
02/10 1008-9-10
02/11 1080-9-7
02/12 820-15-0
02/13 736-12-0
02/14 606-11-0
02/15 922-12-9
02/16 972-21-9
02/17 896-14-17
02/18 764-21-5
02/19 791-25-0
02/20 771-22-0
02/21 490-30-0
02/22 671-20-0

◆要介護度が低い方への感染契機に状況悪化

今回の施設内クラスターで最初に利用者で感染された方はほぼ、ねたきりの方でした。しかし、要介護度が低い方が感染して、一挙に状況が悪化しました。要介護度が低い方が感染するとなぜ状況が悪化するのか?ご説明します。

ねたきりの方の場合は、食事などで例外的に個室から出てこられる以外は出てこられません。ですから、
1 ご利用者には個室で食べて頂くようにする。
2 職員は徹底した手洗いなどを大前提にオムツ交換などに向かうときは、上下完全防備のガウンとフェイスシールドを着用し、個室を出る前に脱いで捨てる。マスクはもちろん、完全防備の医療用のもの(写真)をつかう、
を守っていれば問題は比較的少ないのです。

しかし、要介護度が低い方は、お元気です。他のご利用者とも普段からコミュニケーションは盛んにとっておられました。他のご利用者の個室にもよく遊びにいかれます。こうした方々がほぼ無症状で、意識しないで、大声でいろいろな人に話しかけられるということが起きます。マスクも職員とちがってきちんとすることはない。要介護度が低い方はいわゆる「スーパースプレッダー」になるリスクが極めて高いのです。また、こういう方々はお元気ですから、隔離されても、個室の外へ出ようとされます。そのことを制止しようとするだけでも相当なストレスです。

◆食事時間帯は人員不足とダブルパンチで野戦状態に

介護施設のクラスターで一番、大変なのは、朝昼夕の食事時間帯です。感染拡大防止のために、ほとんどのご利用者には、個室で食べて頂くことになります。ただし、食事の際に介助が必要な非感染者の方の多くは、食堂で食べていただくことになります。こうした方々は、きちんと見守りをしないと、誤嚥のおそれもあるからです。食事介助を必要とされる全てのご利用者の個室に職員を派遣して介助をする余裕はもちろんありません。

一方で、感染者の方は絶対に個室で食べて頂くしかありません。とくに問題は中途半端に立ち上がる能力はあるけれども、安定して歩けない方が感染した場合です。こういう方も個室で食べて頂かないといけません。職員は他の利用者の食事介助もしなければなりません。

そういうときに、このタイプの感染者のご利用者が歩こうとして倒れたら大変です。そうはいっても、転倒したご利用者を助けにいくのなら、ガウンにフェイスシールドを装備しないといけません。帰りは脱いで捨てるしかありません。そうこうする間に、元気な感染者が、個室を出ようとされたり、食事介助を必要とされる方が誤嚥をおこされたり、ということもあり得ます。

まさに、野戦のようなありさまです。これが、まだ、最低でも10日程度続くと予想されています。たまったものではありません。

◆やはり十分な人員確保とそれに向けた抜本的待遇改善が必要だ

さて、たとえば、利用者を歩かないよう拘束すれば、これは高齢者虐待防止法などで禁じられた違法行為になります。やむを得ず拘束をするにも、3つの要件がそろい、家族の同意が得られてからです。さりとて、このままでも転倒する方などが増えます。

そうすると、介護現場の人員を増やしすしかないのです。人員に余裕があれば、緊急時にも対応しやすくなります。当該施設においては、退職者があいつぐいっぽうで、補充で新規に入社予定の方がコロナ感染で出勤のメドが立たない状況の中で起きたクラスターでした。

その人員確保のためにも、地元の総理・岸田さんに対しては、3%賃上げなどと心細いことではなく、ガツンと財政出動による月給10万円アップをお願いします。そして、短期的にも今回のパンデミック対応として、危険手当の支給をお願いするものです。また、一時は当該施設でも濃厚接触者となった労働者が出勤停止となり、「野戦」状態はさらにひどくなりました。濃厚接触者となった人への補償もありません。濃厚接触者となった介護・保育労働者への補償もお願いするものです。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

 

鈴木さんが自費出版した詩集「棄民の疼き」

「ふるさとの復興」
大平山霊園 災害公営住宅建設
「道の駅なみえ」オープン 請戸漁港再建
常磐線全線開通 世界最大水素工場や
県最大酪農牧場計画策定等々
視える確かな復興事業
中には待ち焦がれる帰還を疎外する施策も

2万1000人の町民
避難指示解除4年で帰還者7%
創生小中学校開校
1700人程の児童生徒は26人に
小中学校誰しも抱く心の拠り所
請戸小学校は震災遺構で保存決定
5つの小中学校は
閉校式もなく解体決定
住民意向調査の結果
「帰還しない」は54・9% 過半数を超えた
「要介護認定率」は郡内最大の増加23%超

住んでいない避難町民からも固定資産税や住民税を徴収
まるで核災がなかったかのよう…
余にも理不尽な政府の圧政・収奪
更にコロナ禍での生活困窮
「被災者に寄り添う」?
喜びより恨めしさがつのる
ふるさとの復興
(初出2021年3月「コールサック」第105号)

原発事故発生から間もなく丸11年。確かに浪江町役場周辺の景色は一変した。立派な道の駅が完成し、イオンもできた。常磐線が全線開通した。海側では、津波で壊滅的な被害を受けた請戸漁港が再建され、町立請戸小学校は震災遺構として残された。では、原発事故は「終わった」のだろうか。もはや「過去の出来事」なのだろうか。

自らを含む原発事故の被害者を「核災棄民」と名付けた鈴木さん。2019年5月の第1回口頭弁論では、法廷での意見陳述でこう訴えた。

「福島第一原発の事故は、巨大な人災です。核の人災です。加えて、浪江町は原発隣接地であるにもかかわらず、町民にはバスなどの避難手段も汚染の情報も国から提供されませんでした。浪江町民は皆、国から見棄てられた『棄民』です」

原告団長として先頭に立って国や東電と闘っている鈴木さん(右)。「浪江町民は国から見捨てられた『棄民』だ」と訴える

原発事故後の「棄民政策」は、町のシンボルでもある学校までをも奪う。

詩で触れられている「5つの小中学校は閉校式もなく解体決定」とは、大堀、苅野、幾世橋、浪江の4小学校と浪江中学校のこと。

卒業生から「希望者全員が参加出来るよう校舎見学会と閉校式を行ってください。それまで、校舎の解体を延期してください」と求められたが町は拒否。現在はすっかり取り壊された。背景には、環境省が国費での解体申請に期限を設けたことがあった。原発事故がなければ閉校する必要などなかったのに、加害当事者(国策として原子力発電を推進してきた)である国が「解体費用を出したくなかったら、さっさと解体を決めて申請しろ」と町に迫り、町もそれに従った。そこには原発事故に翻弄された卒業生たちの想いなどなかった。東京五輪の聖火リレーで出発地となった浪江小学校では、解体番号が書かれた看板が一時的に取り外され、復興の〝演出〟が終わるとあっという間に解体された。

2018年11月27日の提訴から今秋で4年。これまでの弁論期日では書面のやり取りばかりで、原告からは「判決はいつになりそうなのか」など、いら立ちとも中だるみとも言える言葉が出てくる。高齢であればなおさら「のんびりと裁判している時間などない」と考えてもやむを得ない面もある。このタイミングで詩集を配る背景には、改めて原告みんなで団結して裁判に臨みたいとの想いがある。

「『4年経っても、ちっとも前に進まないじゃないか』と考えている原告もいると思います。でも、今年は大きなヤマ場を迎えます。原告一人一人の本人尋問が始まります。5月には、現地進行協議という名目で裁判官が浪江町を視察します。その山に向かって、みんなでもう一度心をひとつにして闘いましょうという想いも詩集にはこめられているのです」

詩集の最後のページに収められたのは「歩み固かれ 目は遠く」という詩だ。

「性差別とか人種差別とか、世界中にいろいろな運動がありますよね。われわれの闘いもそれらに含まれるんだよと。われわれの裁判闘争にも希望を持っていただきたいということなんです。『歩み固かれ』というのは、みんなでしっかり団結して一歩ずつ前に進んで行こうという意味です。『目は遠く』というのは、勝利は遠く向こうにあるけれども、しっかり歩いて行けば自分たちの手に入れることができるということ。この言葉は、土井晩翠が作詞した県立双葉高校校歌の4番の一番最後の歌詞なんです。われわれも一歩ずつしっかり裁判を積み重ねて、そして勝利を目指してがんばろう。世界中で多くの人々がこういう運動をやっているんだよ、われわれだけじゃないよという希望をこめて書いたんです」

詩「歩み固かれ 目は遠く」には「浪江町民の闘いも世界中のさまざまな社会運動の1つ。闘っているのは私たちだけじゃない」という原告たちへのメッセージが込められている

60代で震災・原発事故に被災した鈴木さんも71歳になった。

「6月28日で72歳になります。年男です。前町長の馬場有さんは私の誕生日の前日に亡くなったんだよね。詩集を11月27日に発行したのは、提訴日だからです。では、なぜ11月27日に提訴したかというと、馬場さんの月命日に提訴したいという弁護団の想いがあったからなんです。弁護団は馬場さんとずっと一緒に集団ADRをやってきましたからね。それで月命日に提訴しようということになった。馬場さんの奥さんにも『墓前に供えてください』と詩集を贈りました。ちょっとした言葉や数字にも、私なりの想いがこめられているんですよ」

印刷代など全て自費。200部印刷し、弁論期日に駆け付けた原告などに無償で配っている。

「書店などで一般に販売しているものではなくて、個人的に200部印刷して持っているわけですから、電話をいただければ私から直接、送ります。無料で郵送しますよ」

詩集の希望者は鈴木正一さんの携帯電話090(8927)5640まで。

◎鈴木博喜「浪江町民の鈴木正一さんが詩で綴る〝原発事故棄民のリアル〟」
〈上〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41937
〈下〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41944

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』vol.30(紙の爆弾 2022年1月号増刊)

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B09MFZVBRM/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000689

「平和の祭典(休戦期間)」オリンピックの終了とともに、事実上ウクライナ戦争(ロシアの侵攻)が始まった。

一部の報道によれば、プーチン大統領は21日、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の一部地域の独立を承認し、「平和維持」を目的として、この地域に対し、軍を派遣する命令書に署名した。

すなわち、ロシアのプーチン大統領が、親ロシア派が支配するウクライナ東部の一部地域の独立を承認し、同地域への軍の派遣を命令したというのだ。動員された規模は19万人で、第二次世界大戦いらいの規模だとされている。

ドネツク州とルガンスク州の一部地域は、2014年に人民共和国として一方的に親ロシア派が独立を宣言していたが、国際的には承認されておらず、独立を承認するよう今月21日にプーチン大統領に要請したものだ。

これに先立つ20日、アメリカのバイデン大統領は「プーチン大統領がウクライナ侵攻を決意した」と、記者会見していた。まるでバイデンがプーチンの決意を代弁し、それにプーチンが正面から応えたかたちで、戦争の火ぶたが切られようとしている。


◎[参考動画]Moscow Orders Troops To Ukraine’s Separatist Regions(MSNBC2022年2月22日)

◆地域覇権主義と軍産複合体

単純に言えば、ロシアの伝統的な拡張主義とアメリカの軍産複合体が、ウクライナ内戦の延長に軍隊を動かした、ということになる。

ロシアの拡張主義(地域覇権主義)は、それ自体は国家の本質的意志であり、旧共産党政権、プーチンなど独裁的な政権をこのむ国民性に支えられた強権外交である。

いっぽう、ロシアのウクライナ軍事侵攻をことさら過剰に喧伝し、みずからも数千人単位の兵員を周辺地域に動員したアメリカには、10年に1度は戦争をしないと、軍需商品が回転しない事情がある。したがって、国民の3000万人におよぶ軍産複合体の構成員たちの要望によるものだ。

そして、戦争発動の大義名分は東ヨーロッパ特有の、多民族の混住という特性において、自民族住民の保護を名目としている。この事情は、ナチスドイツの30年代後半の併呑主義の例をあげて、19世紀・20世紀いらいの国家と民族の矛盾にあると指摘してきた。

『平和の祭典』北京冬季五輪とウクライナの危機(2022年2月4日)
 
オリンピックが武器を持たない国家間の競争であるのとパラレルに、戦争は民族の防衛を名目とした国家間の闘争である。したがって、時期的にふたつのイベントが重なったのは、まったく偶然というわけではない。西側(米日・EU)が北京五輪を外交ボイコットするなか、プーチンは習近平との会談で合意を取り付けつつ、西側への圧力をつよめてきた。

そしてこの侵攻は二度目であり、前回とまったく同じ構造である。

北京オリンピックが閉幕したことで、現地メディアのなかでは、2014年のクリミア併合が、ソチオリンピック・パラリンピックの直後に行われたことを挙げて、歴史は繰り返されると予測されていた。まさにその通りになろうとしているのだ。

◆国境のない国

ここ数日間に、確認されているだけで1500件以上の「停戦合意違反」が生起し、ロシア系ウクライナ国民の大半が国境をこえているという。いや、事実上の国境は東ウクライナと首都キエフの中間にあって、武力制圧が国境線を決めることになる、いわば内戦下の国なのだ。

正規軍(ウクライナ軍)とロシア軍の衝突が、どのくらいの規模で起きるかは不明だが、ロシア軍が平和維持を名目に大軍でドネツク州とルガンスク州を制圧し、東ウクライナの事実上の支配権を確立することになるだろう。

ウクライナの全人口のうち、ロシア人は17.3%を占める。ほかに少数民族としてクリミア・タタール人、モルドヴァ人、ブルガリア人、ハンガリー人、ルーマニア人、ユダヤ人、高麗人(ロシア系朝鮮人)が4.6%。ウクライナ人は77.8%である。そして困難なのは、ロシア人の3分の1がロシア国籍(二重国籍)を持っていることだ。

このあたりが、われわれ日本人にはピンとこないところかもしれない。わが国の在留・在住外国人は280万人とされているが、帰化申請者は年間数千人(中国人・韓国人・朝鮮人など)におよぶが、国籍取得者は毎年千人前後である。

基本的に国籍条項で二重国籍が禁じられている(罰則なし)ので、積極的な二重国籍取得者はいない。

つまり、出生地主義の国(アメリカなど)で生まれた帰国子女、協定永住権取得者(在日韓国・朝鮮人)が帰化したさいに母国国籍を離脱しない場合など、特殊なケースを除いては二重国籍は発生しない。これがじつは島国の特性なのである。

ヨーロッパの、とくに東欧においてはたび重なる国境の書き替え(ウクライナの場合は、第一次大戦後のブレスト・リトウスク条約)によって、混住地域に国境線が引かれてきた。これが内戦の主要因であり、それに生じて大国間の地域覇権の争奪の大義名分となるわけだ。

いずれにしても、ウクライナが欧米に支援をもとめたことで、アメリカの軍事介入が日程に上りそうな勢いだ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

今回の記事は、兵庫県全域を対象として新聞のABC部数の欺瞞(ぎまん)を考えるシリーズの3回目である。ABC部数の中に残紙(広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれているために、新聞研究者が新聞業界の実態を分析したり、広告主がPR戦略を練る上で、客観的なデーターとしての使用価値がまったくないことなどを紹介してきた。連載の1回目では朝日新聞と読売新聞を、2回目では毎日新聞と産経新聞を対象に、こうした側面を検証した。

今回は、日経新聞と神戸新聞を対象にABC部数を検証する。テーマは、経済紙や地方紙のABC部数にも残紙は含まれているのだろうかという点である。それを確認した上で新聞部数のロック現象の本質を考える。結論を先に言えば、それは新聞社の販売政策なのである。あるいは新聞のビジネスモデル。

日経新聞と神戸新聞のABC部数変化を示す表を紹介する前に、筆者は読者に対して、必ず次の「注意」に目を通すようにお願いしたい。表の見方を正しく理解することがその目的だ。

【注意】この連載で紹介してきた表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に移したものではない。『新聞発行社レポート』の表をエクセルにしたものではない。数字を並べる順序を変えたのが大きな特徴だ。これは筆者が考えたABC部数の新しい解析方法にほかならない。

『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な中身はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を長期に渡って追跡したのが表の特徴だ。

◆日経新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における日本経済新聞のABC部数

部数のロックは経済紙の日経新聞でも確認できる。たとえば神戸市兵庫区では、2018年4月から2020年4月までの2年半の間、部数の増減は1部も確認できない。2年半にわたり部数がロックされていた。兵庫区の日経新聞の購読者数が2年半のあいだ1部たりとも増減しないことなどは、正常な商取引の下ではまずありえない。新聞社サイドが販売店に対して「注文部数」を指示していた可能性が極めて高い。

◆神戸新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における神戸新聞のABC部数

表が示すように、地方紙である神戸新聞でもロック現象が確認できる。たとえば赤穂市では、2017年から2020年までの3年半に渡りABC部数が6222部でロックされている。赤穂市における日経新聞の読者数に1部の増減も生じないことなどまずあり得ない。新聞社が販売店に対して新聞部数のノルマを課している可能性が極めて高いのである。

ただ、ロックの規模は読売新聞や朝日新聞ほど極端ではない。これら2紙の部数表では、いたるところにロックを表示するマーカーが付いたが、神戸新聞の場合は、マーカーが付いていない自治体のほうが多い。これは他の地方紙でも観察できる傾向である。地方紙にも残紙はあるが、中央紙に比べるとその規模は小さい。

たとえば販売店が勝訴した佐賀新聞の「押し紙」裁判(2020年5月判決)では、おおむね10%から20%が「押し紙」だった。この数字は、中央紙に比べるとはるかに少ない。

◎判決文の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/05/saga_oshigami_sumi.pdf

◆新聞業界ぐるみの大問題

兵庫県全域を対象とした新聞のABC部数調査(朝日・読売・毎日・産経・日経・神戸)を通じて、新聞部数をロックする販売政策が新聞業界全体で行われていることが明白になった。もちろん熊本日日新聞のように注文部数を店主が自由に増減する制度を採用している社もあるが、それは例外である。部数をロックして、新聞を定数化(ノルマ化)する商慣行が構築されていると言っても過言ではない。その結果、大量の残紙が日本中の販売店に溢れているのである。

ちなみに、部数のロック行為は独禁法の新聞特殊指定に抵触する。新聞特殊指定の下では、「新聞の実配部数+予備紙」(「必要部数」)を超える部数は、理由のいかんを問わず原則として、すべて「押し紙」と定義されている。部数のロックにより、「必要部数」を超えた新聞が販売店に搬入されることになるわけだから、新聞特殊指定に抵触する。新聞社による「押し売り」の証拠があるかどうかは、枝葉末節なのである。

改めて言うまでもなく、残紙には予備紙としての実態がほとんどない。その大半が予備紙として使われないままトラックで回収されている。

残紙問題は新聞人の足元で展開している問題である。しかも、それが少なくとも半世紀は持続している。新聞人にその尋常ではない実態が見えないとすれば、知力とは何かというまた別の問題も浮上してくるのである。

◎黒薮哲哉 新聞衰退論を考える
公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

広島県内の新型コロナの人口比の新規感染者は最近では微減傾向で大阪や東京と比べると人口比では低水準です。しかし、そうはいっても、高水準を維持しています。そのことを象徴する事件が発生しました。筆者は、介護福祉士として、広島1区と4区の介護施設に勤務しています。そのうち、広島1区の勤務先についにコロナが「上陸」してしまったのです。こんな記事を書かずに済めばよかったのです。しかし、実際に上陸してしまったのです。

まず、この3週間の広島県内、岩国市、岩国基地の新規感染者数を振り返ってみましょう。
01/27 1502-52-10
01/28  1599-48-6 広島市最多更新
01/29 1356-36-8
01/30 1376-38-0
01/31 1041-35-2
02/01 1056-20-17
02/02 1027-27-11
02/03 1179ー20-13
02/04 1233-19-11
02/05 1277-22-0
02/06 1109-19-0
02/07 748-22-4
02/08 892-13-9
02/09 1042-10-10 広島県再び前週同日比増加
02/10 1008-9-10
02/11 1080-9-7
02/12 820-15-0
02/13 736-12-0
02/14 606-11-0
02/15 922-12-9
02/16 972-21-9

◆県内の感染者数が減ってきた矢先に……

一時期よりは県内の新規感染者数が6割程度に減ってきた2月14日に、事件はおきました。

わたしは、この事件がおきた日は、広島4区の介護施設に勤務しており、15日は自らのワクチンの三回目接種で休みでした。したがって、「事件」はまったく知りませんでした。事件はまったく知りませんでした。

2月16日、わたしは6日ぶりに広島1区の施設に出勤。異様な雰囲気でした。PCR検査の検体を入れる容器が事務所の机の上にありました。

「なんじゃこりゃ!」

わたしが、おもわず叫ぶと、同僚の一人が「事件」について説明してくれました。

入居者でコロナ陽性の方が1人出たほか、職員でも1人陽性で濃厚接触者もいるとのことでした。

これまで、広島4区の介護施設では「入居予定者」がコロナ陽性、1区の介護施設では「入社予定職員」が陽性になりました。しかし、施設に「上陸」はしていませんでした。そろそろ、コロナの人口比の新規感染者も減ってきたし、しのぎきったかな、と思ったのが甘過ぎました。

◆隔離も一筋縄ではいかぬ

感染した入居者の方はさいわい、軽症(といってもそれなりに熱は出ましたが)で済んでいます。それでも、隔離はもちろんします。だが、施設には認知症のために、勝手に他人の居室に出入りする入居者もいらっしゃいます。うっかり、そういう人が感染者の部屋に入れば大変なことになります。その人を媒介して施設中に感染が拡大します。

感染者と同じ風呂の設備を当日に使用した利用者も念のためPCR検査を行いました。

また、当面、入浴は中止して、陰部洗浄や足浴のみとなっています。瀬戸内地方は温暖とはいえ、まだ雪がちらつく寒さです。清拭(タオルで体をふく)だけでは入居者が大変です。足を温めていただくと喜んでもらえたようです。

◆「自分の施設だけは」、「自分だけは」大丈夫、はNG

広島では大阪のような医療崩壊は起きてはいません。保健所ももちろん多忙なのですが、それでも、大阪のような崩壊状態ではありません。ですので、保健所の指導は頂けています。その指導の中で印象深かったのは「自分の施設だけは大丈夫」「自分だけは大丈夫」はNGだということです。

「ここまでは無事」で、しかも、感染者数が減少傾向にあると、人間は正常性バイアスが働きがちです。もう、大丈夫だろうと、希望的観測をしてしまいがちなのです。それがいけないのです。

ここまでは「無事」だった皆様に声を大にして申し上げたい。「いままで無事」だったからこそ、気をつけていただきたい。

他方で気をつけていても、コロナが上陸してしまうときは上陸してしまうのです。2020年のコロナ災害の発災当初は、クラスターがおきた病院や介護施設、障害者施設にバッシングがおきた場面もありました。たぶん、叩いているひとたちは「自分は大丈夫、不注意な施設がクラスターになった」という思いもあったのでしょう。そう、思いたくなる人間心理はわからなくはない。だけれども、それでは本当の危機管理にならないのです。

◆濃厚接触者となった介護・保育労働者への補償、無料PCRを

事件発生から4日たった18日現在、職員2人、ご利用者2人に感染確認者は増えました。濃厚接触者となって待機を余儀なくされた労働者も2人おります。

ところで、濃厚接触者となった介護・保育労働者への補償を国はもうけていません。(陽性になった場合は労災申請ができる。)

これでは安心して休めません。国はコロナ発生から2年。いったいなにをやってきたのですか?!

さらに職場復帰のためのPCR検査は自費です。ただし、広島県は県独自の施策で無料です。この点は広島県でよかったとおもいますが、岸田さんも地元の総理なのだから、全国に広げていただきたいものです。

◆人手不足解消へ抜本的待遇改善を

また、当施設でも人手不足状態となっていたところに今回のコロナ上陸です。普段から余裕がないと危機のさいに大変なことになります。当施設であらたに感染が確認された方は症状が咳程度で、お元気です。しかし、それだけにちょっと目をはなせば他のご利用者に元気に話しかけられます。マスクをしていたとしてもオミクロン特性を踏まえればまずい。だが人手が足りない中では常時チェックするというのも、難しいのです。

給料アップも岸田さんの3%ではしょぼい。岸田総理におかれては、筆者やれいわ新選組が主張する国費投入での10万円アップを是非実現していただきたいものです。

◆大阪ではなく広島だったのが不幸中の幸い

もうひとつ、申し上げたいことがあります。ここが、大阪ではなく広島だったのが幸いだということです。

大阪府知事はTVに出演して「やっている感」は演出しています。最近では大阪だけでなく、広島の農村部や山岳地帯の高齢者もTVをご覧になって「維新」に投票する方が多くおられます。

だが、大阪府は連日のように、全国でも人口比で群を抜いた死者を出しています。16日も全国の死者230人中、38人が大阪府です。人口比では全国の約7%の大阪府が死者では16.5%を占めているのです。累計でも3455人。全国が20989人で、累計でも16.5%。異常なことです。ちなみに広島県の死者は16日には7人でした。死者の累計が327人。全国の累計死者に占める広島の割合は1.6%です。広島県の全国の人口に占める割合は2.2%です。

広島県の現知事はいわゆる認証店でも酒類提供停止など、厳しい規制は敷いています(週明けからは認証店では20時まで提供可能に緩和しましたが)。そのことを快く思わない県民も少なくないのは確かです。現知事への陰口の話題は結構盛り上がっています。だが、そのおかげで、ここまで、当施設にいままでコロナが「上陸」せずに済んだのです。多くの入居者が三回目のワクチンを接種した状態で上陸を迎えたのは不幸中の幸いです。

広島の現知事、現市長の政治に問題がないわけではない。しかし、少なくとも大阪府知事、大阪市長に比べれば「より少なく悪い」し、大阪のような政治を絶対に全国に広げてはいけない、と痛感しました。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

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コロナ渡航制限が長引き、中止カードは国際タイトル戦が2試合、大田拓真は代打カード発表後に濃厚接触者となって国崇(拳之会)戦も中止。国内戦も代行カード2試合有り、波乱のカード編成となった。

メインイベントはジャパンキックボクシング協会から乗り込んでのWBCムエタイ日本ライト級王座初防衛戦に臨んだ永澤サムエル聖光は元・ウェルター級チャンピオンの健太を判定で退けた。

前田浩喜は過去ノンタイトル戦で、判定で下している大輔に2-1の僅差判定勝利でNJKFタイトル三階級制覇。

NJKFフライ級王座挑戦者決定トーナメントは4名参加による準決勝戦2試合で、勝ち上がった嵐と吏亜夢が次回6月5日興行で挑戦者決定戦が行われ、年内にはチャンピオンの優心(京都野口)に挑戦となる予定。

以下二つの国際戦中止カードは延期として次期開催予定

WBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級王座決定戦5R
大田拓真vs世界19位.トミー・7ムエタイジム(イタリア) 

S-1レディース・バンタム級 世界決勝戦5R
SAHOvsザ・スター・ソウクリンミー(タイ) 

◎NJKF 2022.1st / 2月12日(土)後楽園ホール17:30~21:05
主催:ニュージャパンキックボクシング連盟 / 認定:WBCムエタイ日本協会、NJKF

◆第9試合 WBCムエタイ日本ライト級タイトルマッチ 5回戦

第6代チャンピオン.永澤サムエル聖光(ビクトリー/1989.11.10埼玉県出身/60.9kg)
     VS
挑戦者・同級1位.健太(E.S.G/1987.6.26群馬県出身/60.9kg)
勝者:永澤サムエル聖光 / 判定3-0
主審:和田良覚
副審:少白竜50-46. 竹村50-47. 中山50-46

パンチとローキック中心の静かな探り合いは様子見で、一気に仕留める気配は無いものの、第2ラウンドには永澤サムエル聖光のローキックが徐々に健太の脚を捕らえて主導権を奪った流れに傾いていく。以前のような日焼け褐色から色白に変身した健太の脚と脇腹は赤く腫れる箇所が増えていった。

第4ラウンドには永澤のローキックで健太がバランスを崩し効いた様子が見られるが、永澤が偶然のバッティングで眉間辺りを負傷。負傷判定ルールは採用されない為、続行かTKO負けかの緊張が走る。あと強い一発か数発のローキックで健太は崩れそうなところ、しつこくは行かず、パンチで顔面からボディーも狙って圧倒した展開で終了。永澤が大差判定で健太を突き放した。

主導権を奪った永澤のローキックが健太の脚を麻痺させていく

永澤の積み重ねたローキックで健太は動きが止められていく

リング上では滅多に笑顔を見せない永澤が応援の声に応える

◆第8試合 第13代NJKFフェザー級王座決定戦 5回戦

1位.大輔(TRASH/56.85kg)vs2位.前田浩喜(CORE/57.1kg) 
勝者:前田浩喜 / 判定1-2
主審:宮本和俊
副審:和田49-48. 竹村48-49. 中山47-49

前田浩喜は元・NJKFバンタム級とスーパーバンタム級チャンピオン。最初の獲得が2007年とキャリアは長い。

大輔がパンチで距離を詰める流れだが、前田の蹴りのディフェンス力が凌ぎ、コーナーに詰められてもパンチやヒジ打ちで返すのは落ち着いたベテランの捌き。

第3ラウンドまでの公開採点がやや遅れて第4ラウンドに入ってからの公開だったが、29-29、30-28、30-28で前田がリードしていることがしっかり聞こえたか、大輔は前進を強めた蹴りと、首相撲からヒザ蹴りと前田を下がらせる。最終ラウンドも大輔の勢いがあったが、前田も蹴り返しで大輔を追い詰めると流れを取り戻した感じで終了。際どい判定ながら前田が辛くも勝利を拾いNJKFでの三階級制覇。

後半の大輔の巻き返しに迎え撃つ前田浩喜

蹴りのコンビネーションはベテラン技となる前田浩喜、大輔の突進を阻止

三階級制覇となった前田浩喜

◆第7試合  54.0kg契約3回戦 (松岡宏宜がコロナ濃厚接触者となる影響で欠場、井原駿平出場)

井原駿平(ワイルドシーサーコザ/53.6kg)vs誓(ZERO/54.0kg)
勝者:誓 / 判定0-3
主審:少白竜
副審:和田27-30. 竹村28-30. 宮本27-30

誓は前・NJKFフライ級チャンピオン。誓は距離に応じてテクニックで優っていく。井原駿平の出方を覗い、離れればハイキック、距離を詰めればヒジ打ちやヒザ蹴り、井原のパンチを凌いで、倒すには至らぬもフルマークの大差判定勝利。

技の多彩さで井原駿平を圧倒した誓

◆第6試合 ライト級3回戦

NJKFライト級1位.吉田凛汰朗(VERTEX/61.05kg)
     VS
JKAライト級2位.内田雅之(KickBox/60.9kg)
引分け 三者三様
主審:竹村光一
副審: 中山29-29. 少白竜30-29. 宮本29-30

様子見は軽いパンチとローキック、若さの勢い有る吉田とベテランの落ち着き有る内田。第3ラウンドに組み合った際、偶然のバッティングで内田の眉頭が切れるが深くはない。吉田は攻勢に転じようと飛び蹴りも見せ、内田も右ロングフックやバックヒジ打ちがインパクト与えるが互いの決定打が無く、三者三様の引分けに終わる。

ロングフックやバックハンドブローも決定打とならずの内田雅之

◆第5試合 63.0kg契約3回戦(タイのピューポン・ゲッソンリット、コロナ規制で来日不能、梅津直輝出場)

NJKFライト級6位.梅津直輝(エス/62.95kg)vs同級2位.羅向(ZERO/63.0kg)
勝者:羅向 / TKO 1R 0:56 /
主審:中山宏美 

羅向が蹴りの距離での攻防から前進して、速攻の左ハイキックで梅津からノックダウンを奪い、パンチ連打で右フックを決め、梅津は二度目のダウンでカウント中にレフェリーストップとなった。羅向はこの日のMVPに選ばれました。

速攻ノックアウト勝利となった羅向

◆第4試合 NJKFフライ級王座挑戦者決定トーナメント準決勝3回戦

2位.悠斗(東京町田金子/50.7kg)vs6位.吏亜夢(ZERO/50.75kg)
勝者:吏亜夢 / 判定0-3
主審:宮本和俊
副審:和田28-29. 中山28-29. 竹村28-30 

上背と手足の長さが優位に展開した吏亜夢のハイキック。悠斗の強打を封じ、ヒザ蹴りも効果的に攻め、ブロックの上からでもハイキックでダメージを与えた吏亜夢が判定勝利。

◆第3試合 NJKFフライ級王座挑戦者決定トーナメント準決勝3回戦

5位.TOMO(K-CRONY/50.6kg)vs嵐(キング/50.9→50.8kg)
勝者:嵐 / 判定0-3
主審:少白竜
副審:和田27-30. 中山27-30. 宮本27-30

ローキック中心の様子見からTOMOはハイキックが効果的に出るが、次第に嵐のパンチが目立っていく。第2ラウンド以降も嵐のパンチがTOMOの顔面を捕らえるシーンが増え、優勢を維持してフルマークの大差判定勝利。

次回NJKFフライ級挑戦権を争うことになった嵐と吏亜夢

◆第2試合 女子キック・スーパーフライ級3回戦(2分制)

NA☆NA(エス/52.05kg)vsARINA(闘神塾/51.6kg)
勝者:ARINA / 判定0-3 (28-29. 28-30. 28-30)

◆第1試合 スーパーフェザー級3回戦

龍旺(Bombo Freely/58.4kg)vs昴治(東京町田金子/58.3kg)
勝者:龍旺 / 判定3-0 (30-27. 30-28. 30-27)

《取材戦記》

偶然のバッティングで負傷した永澤サムエル聖光は、負傷判定の無いWBCムエタイルールで、続行不可能となったらTKO負けとなる為、頭が低くなりがちな健太と再度のバッティングを避け、無理にローキックでは行かなかった模様。それでも最終ラウンドも攻勢を維持した永澤サムエル聖光。

プロボクシングと採点の流れが違う本場ムエタイは負傷判定は無く(後半勝負重視)、WBCムエタイも本場式に倣っている模様。しかし採点基準はプロボクシングの流れを汲んでいます(各ラウンドの独立した採点)。

ジャパンキックボクシング協会から乗り込んだ形の永澤サムエル聖光(ビクトリー)は、2020年9月12日にWBCムエタイ日本ライト王座決定戦で、鈴木翔也(OGUNI)に判定勝利して王座獲得。コロナ禍の影響もあって防衛戦は延びたが、今回再びNJKFのリングに上がって初防衛を果たしました。今後はホームリングとなるジャパンキックボクシング協会ビクトリージム興行での防衛戦計画がある模様。

健太は国崇に続く100戦達成の功績を称え表彰を受けました。この日は敗れて全103戦62勝(18KO)34敗7分。

健太は元・WBCムエタイ日本ウェルター級チャンピオン。NJKFではウェルター級(2度)とスーパーウェルター級王座の二階級制覇し、徐々に階級を下げ、ライト級まで落としてきました。これ以上は下げないでしょう。でも健太ならやりかねないと期待をしてしまう人は居るかもしれません。逆パッキャオパターンである。

健太は「僕にとっては100戦とはただの数字です。目の前にある試合をめがけて一戦一戦やってきたら、気付いたら100戦になっていました。まだまだこれから目の前の相手に向かって一生懸命努力して勝利を目指して勝って、負けても次の勝利を目指して頑張る、その積み重ねでございます。」とアピール。

「気が付いたら」というフレーズは一般人にも思い浮かぶもの。「気が付いたら還暦」という人も多いでしょう。

コロナ規制も緩和に向かう予測も大きく外れ、今回の興行に関して、カード中止時点の発表上は直接の感染者は居ませんでした。感染も発病もしない濃厚接触者としての中止はやるせない思いでしょう。来日不能となった選手も同様に、計画を狂わすコロナ恐るべしである。

次回「NJKF 2022.2nd」は6月5日(日)後楽園ホールで開催予定です。

4月24日(日)には春日部市でRITジム主催興行が2年ぶりに「絆XIV(14)」が予定されています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

◆50年前の今日2月19日に始まったあさま山荘事件

あさま山荘事件(1972年2月19日)から50年である。当初から具体的な要求もなく、何が目的なのかも、さっぱりわからなかった事件だった。日本じゅうを注目させた、9日間にわたる山荘立てこもっての銃撃戦は、2名の警官の殉職と民間人1名の死、警備と報道にも27名の重軽傷者を出した。そして、のちに明らかになる同志殺しの山岳ベース事件(暴力的総括要求による殺害)。

これらの事件で、いまも不思議なことが「謎」として残されている。

◆ふたつの謎

そのひとつは、山荘で「人質」になった管理人の妻が、連合赤軍に同情的だったことだ。

これはのちに「ストックホルム症候群」※と呼ばれるもので、管理人の妻はメディアが希望する「怖かった」「犯人がゆるせない」などの想定問答に応じようとはせず、むしろ連合赤軍のメンバーへの同情を示したのだった。これは視聴率80%とも言われた視聴者の期待を裏切り、警備当局を困惑させた。じっさいに連合赤軍は管理人の妻を人質扱いしていなかった。

そしてもうひとつは、12人もの同志が殺された惨劇にもかかわらず、どうして逃げなかったのか、という「謎」である。

なぜ「人殺しはやめよう」と言えなかったのか、という疑問とともに、初めてこの事件を見聞する人々が感じる、大きな「謎」であろう。

いや、正確に言えば複数のメンバーが、山岳ベースから逃げていた。このうち、前澤辰昌と岩田平治のインタビューが『2022年の連合赤軍』(深笛義也、清談社)に収録されている。

ストックホルム症候群=1973年8月にストックホルムで起きた銀行強盗人質立てこもり事件(ノルマルム広場強盗事件)。のちの捜査で、人質が犯人が寝ている間に警察に銃を向けるなど、警察に敵対する行動を取っていたことが判明した。解放後も人質は犯人をかばい警察に非協力的な証言を行なっている。ハイジャック事件の乗客などでも、しばしば同じ行動(犯人への同調)が見られる。

◆逃げた者と逃げなかった者

それでは、山岳ベースから逃げて生き残った者たちと、最後まで逃げずに殺された者たちを分かったものは何なのだろうか。

裁判では「革命運動とは縁もゆかりもない」と断じられたが、まぎれもなく革命運動という大義、革命戦士になりたいという志によってこそ、かれら彼女らの死は説明がつくのだ。

この点を、単に「狂気の集団」と簡単に片づけるならば、政治運動や宗教の大半は同じ位相であり、事件の深層が理解できない。問題は総括要求に暴力が用いられたことなのであって、その淵源が旧軍の暴力制裁を継承した戦後教育にあったと、ここまで連載で明らかにしてきた。

さてもうひとつ、さきに論を進めよう。逃げた者たちによって明らかにされた、山岳ベースと一般社会の落差をもって、はじめて明白になる事柄だ。それは革命を志す者にとって、共同体的な意識と個人的な意識の落差ということになる。組織と個人という古典的な命題だが、その先に思想的な呪縛が立ちはだかる。

簡単にいえば、山岳ベースの連合赤軍に結集しなくても、革命運動はできると思うかどうか、なのだ。

前述した岩田平治は、森恒夫をして「おれの若い頃によく似ている」と評価されていた人物である。森に山岳ベースでの展望を感じさせたものがあるとすれば、岩田のような若々しいエネルギーであったのだろう。

その岩田が山を下りて、都会の空気にもどった時。山岳ベースと一般社会の落差に初めて気付く。そして預かっていた連合赤軍のカネを女性同志に託して、組織から離脱を決意するのだ。

前澤辰昌の場合は、じつは初期の山岳ベースの段階で見切りをつけていた。男女の別もなく小屋で雑魚寝して、用を足すのも野っぱらという生活である。最初はキャンプ気分で参加できても、ずっとそれが続くのだ。前澤が離脱するだろうという空気は、植垣康博も気付いていたという。

ではなぜ、植垣康博は離脱しなかったのだろうか。彼自身の言葉で「目の前の困難(革命運動の困難)に負けられないという意識があった」という。その「負けられない意識」とは何なのか?

 

『情況』2022年1月号

◆共同幻想

岩田は連合赤軍の生活・軍事訓練・総括を、吉本隆明の『共同幻想論』から振り返っている(前掲書)。

これは慧眼というべきであろう。山岳ベースの党組織・軍隊的な規律から生じる集団的な意思に、自分も同調するというものだ。

赤軍派には7.6事件の初期から「(暴力への)集団的な同調圧力があった」(大谷行雄『情況』連合赤軍特集号)という証言もある。

吉本の「共同幻想」は、意識領域での国家・社会・集団への共同意識と措定できる。いっぽうで人間は自己幻想(自意識)・対幻想(恋愛感情)を持っていると、吉本は「幻想」を定義する。簡単にいえば、幻想とは意識のことなのである。

フッサールの間主観性、メルロ・ポンティの間主体性、廣松渉の共同主観性など、ほぼ同じ概念と考えてよい。

古典的な認識論では、デカルトの「われ思うがゆえに、われあり」と、主体が対象を自由に考えられるというものだ。しかしわれわれの認識は、他者との関係で成立している。他者とは社会であり、国家をふくむ共同体のことである。したがって、その他者を離れて自由に考えることなどありえず、たとえば文章を書くことひとつも、言語を媒介に共同幻想のなかで生起する。

これが身近な共同体である家族や地域、任意の集団においても個人の意識を束縛する。革命組織もまた政治的な共同体であり、その基盤が共同生活に根ざすものだとしたら、集団の共同幻想はほとんど個人を呑み込んでしまうことなる。

もはや「逃げなかった」者たちの意識は明らかであろう。革命組織連合赤軍のなかで、かれらは競うように共産主義化という幻の思想を獲得するために、個人ではなく共同幻想に支配されていたのだ。これが植垣の「負けられない」意識にほかならない。

したがって、山岳ベースと一般社会を相対化できた者たちだけが、地獄の組織からの離脱を果たせたのである。それでもなお、党(建党・建軍)という共同幻想は、かれらを縛るのであろうか。そうであるならば、党という幻想を地獄に追いやるほかにないのだ。(つづく)

連合赤軍略年譜

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▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

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