2月2日に先行する競技(カーリング)が始まり、3日にはフリースタイルスキーをはじめとする協議が開始。4日には開会式が行われる。北京冬季五輪である。
クリスマスと五輪開催中は、全世界で戦火がやむ。これが様々な批判を浴びつつも、現在のオリンピックが「平和の祭典」と呼ばれるゆえんだ。
というのも、年初いらい緊張の度を高めてきたウクライナ情勢が、ひとまず本格的な銃火をまじえる危機を回避したかにみえるからだ。北京大会閉会後にも予想される、東ウクライナ騒乱をどのように捉えるべきか。危機がいったん回避されたいまこそ、その詳細を解説しておきたい。
◎[参考動画]【コロナ禍五輪】開催国・中国の選手団ら「防護服」で選手村入り 北京オリンピック(日テレNEWS 2022年2月2日)
◆ドンバス戦争は内戦なのか?
おもてむきは「ウクライナのNATO加盟に対する防衛的な圧力」とされるロシア軍の国境集結は、いっぽうでウクライナのクリミア奪還という陣地戦を背景にしている。その意味では、2014年のウクライナ騒乱とロシアによるクリミア自治共和国の併合いらい、ウクライナ国内ではドンバス戦争(東部紛争)といわれる内戦がその核心部分なのである。
今回の「危機」も、単に米ロ対立を政治的な軸にした、ウクライナのNATO加盟問題ではないのだ。ウクライナ国内のドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国を自称する分離主義勢力とウクライナ政府側との武力衝突。これが現在も継続していることを、世界のメディアは報じてこなかった。
クリミア騒乱(2014年)のときは、国章をつけていない軍服を着てバラクラバ(覆面)を着けた兵士たちが「ロシア軍部隊とみられる謎の武装集団」と、西側のメディアでも報じられていた。その後、内戦を装いながら、ロシア軍の侵攻が行なわれていたことが明らかになっている。
これらの実態がよくわからないまま、ロシア軍の侵攻で半月後には、クリミア自治共和国最高会議とセヴァストポリ市議会によるクリミア独立宣言(2014年3月)が採択されたのだった。契機となったのは、親ロシア派のヤヌコーヴィッチ政権の崩壊だった。
その後、2014年6月には大統領選挙によってペトロ・ポロシェンコ(親欧米派)が大統領に就任したが、東ウクライナでは親欧米の政権側と親ロの分離独立派が上記のドンバス戦争をくり広げてきたのだ。その犠牲者は5000人以上とされ、旧ユーゴ内戦いらいの激戦といわれている。
島国に育ったわれわれには想像しにくい感覚だが、東ヨーロッパは民族の混住が戦争の原因となる。たびかさなる戦争の結果としての国境線と、住民(民族)の居住地域が一致しない、混住化しているからだ。たとえばナチスドイツのオーストリア併合、ズデーデン併合によるチェコスロバキアの解体は、ドイツ系住民の民族自決権がその論拠だった。
◆なぜロシアは「東側」なのか?
それにしても、なぜロシアはウクライナのNATO加盟を問題にするのか。ソ連崩壊後、ロシアは資本主義国家(自由主義)になったのではなかったのか。という疑問が、極東の島国に暮らすわれわれの疑問を惹起する。
その意味では中国も資本主義(市場経済)化し、政治こそ共産党独裁だが、国家資本主義と呼べるものに開放されたのではなかったか。政治が共産主義で、経済が資本主義という政治経済体制を、社会主義国と呼ぶべきかそれとも資本主義国と呼ぶべきか、従来の政治観では解釈できないところまできている。
いや、逆にいえば日本も戦後成長を経る中で、国家独占資本主義(金融資本主義)として、社会的には大いに社会主義化(古典的な意味での、王権主義に対する社会主義)されてきた。ヨーロッパ諸国はもともと、19世紀的な社会主義(社会民主主義)である。経済面だけでいえば、国民皆保険制度のないアメリカだけが、社会形態的には純粋な資本主義国家といえるのだろう。メディアはあいかわらず「西側諸国」と対立する「東側」とロシアとその同盟国を報じている。
◎[参考動画]「真の目的はロシアの発展阻止」プーチン氏・米側の回答に“不快感”(ANN 2022年2月3日)
◆民主主義と人権
ロシアに限って言えば、プーチンという独裁者(国民が選挙で選んだ専制者)が君臨し、大統領令という強大な統制力で独占企業体をコントロールする。そこに社会主義時代にはなかった国家独占資本主義(レーニンの帝国主義論における規定)が、イノベーションと致富欲動を源泉に、新たな社会主義体制を構築してきたとはいえないだろうか。
その体制は人的な資源をもとにした中国型の官僚制国家資本主義と、領土および天然資源をもとにしたロシア型の違いはあれ、国家独占資本主義=高度な社会主義体制と定義することが可能だ。
残されたものは「民主主義」ということになるが、高度なアメリカ型民主主義を導入したとされる日本においても、民主主義はかなりレベルが低い(選挙の投票率の低さに集約される)のだから、あとは「人権」ということになるのだろう。人権問題が大いに問題視され、「西側諸国」が外交的ボイコットを発動した北京五輪を通じて、その片鱗を見せてもらいたいものだ。オリンピックと戦争、そして人権。それが当面の注目すべきテーマである。
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。