◆どういう人物なのか?
ウクライナのNATO加盟阻止。および東ウクライナの独立承認をもって、東西の緩衝地帯獲得をねらった侵略戦争の動機は、プーチンの個人的な体験にあるという。
ウラジーミル・プーチンはレニングラード国立大学を卒業後、KGBに就職して情報将校として16年間勤務している。そのかん対外情報アカデミー(赤旗大学)で諜報活動をまなび、東ドイツのドレスデンに派遣されている。
東ドイツでの勤務中は、情報機関・秘密警察である国家保安省(シュタージ)の身分証を持っていたことが、2018年になって明らかになっている。
ソ連邦共産党員でありKBG情報将校、同時に東ドイツの秘密警察だったのだ。この筋金入りの諜報員あがりの政治家は、ソ連邦時代を理想にしているという。
自身のトラウマになっているのは東ドイツの崩壊のとき、民衆が政権を崩壊させるために立ち上がった「壁の崩壊」だったというのだ。秘密警察の事務所で、勤務後にドイツビールを飲むのが楽しみだった男は、民衆の行動に驚愕し、恐怖したという。これがプーチンのトラウマとなった。
1991年8月の共産党解体までは共産党を離党せず、本人曰く党員証は今も持っているという(ロシアビヨンド)。
◎[参考動画]プーチン氏、ウクライナ2地域の独立を承認 軍派遣を命令(BBC News Japan 2022年2月22日)
共産党崩壊後はロシア大統領府総務局次長として、旧共産党資産の市場移行の管理を行ない、エリツイン政権の中枢に地位を築いてきた。そこから先は、チェチェン紛争(爆弾テロ)の鎮圧に辣腕をふるい、記者会見では「テロリストはどこまでも追跡する。便所にいてもぶち殺す」と発言して物議をかもした。いや、つよいロシアを待望する国民の拍手喝さいを浴びたのだった。エリツインによる禅譲後は、中央政権の権限の強化をはかりつつ大統領職を独占してきた。メドヴェージェフと大統領を交代しながらの、すでに20年にわたる長期専権となっている。
大統領権力の基盤が確立されたのは、エリツイン時代のオリガルヒ(新興財閥)との対決を通じてであった。
生産性の低下を小手先の国債乱発で乗り切ろうとしたエリツイン政権は、ハイパーインフレと軍の崩壊を招いていたが、プーチンはオリガルヒの脱税を取り締まることで、財閥の一部を取り込むことに成功したのである。もともとロシア経済の基幹産業は、豊富な天然資源と軍事産業である。警察と軍を再建することで、国家資本主義モデルともいうべき新体制を回復したのである。
◆民族主義と愛国主義
警察と軍、軍需産業を基軸にした国家である以上、民主主義は形がい化している。今回、ロシア国内ではウクライナ侵攻に反対する行動をした1700人が、治安当局によって拘束されたという。まさにKGB・シュタージの手法で民主主義を弾圧しているのだ。
プーチンが理想とするソ連邦の再来はしかし、共産主義ではなくロシアショービニズムともいうべき、民族主義的・愛国主義的な貌をしている。
20世紀がイデオロギーの時代だったと総括するならば、21世紀は宗教と民族主義・愛国主義(一国主義)の時代なのであろうか。民族主義と愛国主義には、じつはイデオロギーがない。誰もが民族の繁栄と国益を大義名分に、あるいは愛国者であることを誇る。プーチンにとってそれは、壁の崩壊というトラウマを払しょくし、共産主義に代わる大義名分となった。
ウクライナ侵攻を皮切りに東欧圏のロシア化を段階的にすすめ、西側ヨーロッパとアメリカ中心の世界を変える。その野望のためには、核兵器の使用すらいとわない。いやすでに、チェルノブイリ原発を制圧下におくことで、核を人質にしているのだ(実際に職員が拘留されているという)。
われわれは80年数年前を思い起こす。ヒトラーとその政権が、誰も思わなかった世界大戦を引き起こしたことを。そのとば口はオーストリア併合であり、ズデーデン地方の割譲によるチェコスロバキアの解体だった。アドルフ・ヒトラーもトラウマは、ウイーン時代の貧困とユダヤ人たちの裕福さへの羨望だった。個人のトラウマが歴史を動かす。われわれは、いまそれを現認しようとしているのかもしれない。
NATO諸国と交戦した場合は、ただちに第三次世界大戦に突入する危険があることだけは、今の段階で指摘しておかなければならないであろう。
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。