◆1年以上前から綿密に計画されてきた軍事征服・政権転覆
ロシアによるウクライナ侵攻は、ウクライナ軍およびウクライナ国民の反撃に遭い、現地は膠着状態だという(2月28日現在)。一説には、ロシア軍の安易な侵攻計画によるものだという。ロシア軍の装備はともかく、兵員に経験不足の新兵が多く、ベラルーシでの共同訓練で練度をかさねたものの、ウクライナ軍の士気の高い反撃に遭った。新兵たちがとまどっているのではないか、というものだ(軍事評論家)。
じっさいは、ロシアの作戦計画は政治的に安易だったとはいえ、計画そのものは1年ほどかけて練られてきたものだった。英王立防衛安保研究所のジャック・ワトリング(主任研究員)によると、ロシア軍の侵攻作戦は1年以上前から綿密に計画されてきたという。その計画には何段階もの軍事征服・政権転覆の計画があるという。
◆ウクライナ騒乱の歴史的な流れ
ウクライナ騒乱の歴史的な流れを、ここで簡単に解説しておこう。
1991年 ソビエト連邦崩壊により、ウクライナ独立
2004年 オレンジ革命でユシチェンコが大統領に
※ロシアとの対立が顕在化する
2010年 親ロ派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチが大統領に
2014年 ウクライナ騒乱
※親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が失脚
親ロシア派騒乱 (2月~ 5月)で、ロシアによるクリミア併合
2014年 9月5日、ミンスク議定書=ウクライナ・ロシア・ドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国(調印したが休戦に失敗)
※ドンバス戦争(=東部内戦は、現在まで継続)
2015年 2月11日、ミンスク2(ミンスク合意)調印
2022年 2月25日、ロシアがウクライナ危機に侵攻
ソ連邦崩壊後の東欧民主化では、ポーランドやバルト三国をはじめ、軒並みに旧ソ連邦諸国がNATOに加盟した。ウクライナでもオレンジ革命以降、親西ヨーロッパ派が政権主流を占めてきたのである。
2010年にヤヌコーヴィチが大統領になったものの、反政府運動で姿をくらますなど、親ロ派は東部でも少数派に転落する。
◆ウクライナ侵攻の引き金となったメドヴェドチュク自宅軟禁事件
さて、そのかんの政治舞台では脇役だったが、ロシアにとって重要なキーパーソンが、昨年の5月に自宅軟禁される事態が起きた。じつは、これが今回のロシアによるウクライナ侵攻の引き金となったのだ。そのキーパーソンとは、「プーチンの傀儡」と言われる大富豪政治家、ヴィクトル・メドヴェドチュク(Viktor Medvedchuk)ある。
メドヴェドチュクは、自宅軟禁に先立つ2月に、国家反逆罪・国家領土に対する侵害罪で公訴されている。野党プラットフォーム「人生のために」の集会で「ドンバス地区を自治区にしなければならない」と発言したことが根拠となったものだ。この公訴こそ、1年前から侵攻が計画されたことに符合するのだ。
◎[参考動画]Russia: Putin says Medvedchuk has ‘noble mission’ after Vladivostok meeting(Ruptly 2019年9月6日)
◆全住民による抵抗
ウクライナ軍の意外な抵抗は、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領がキエフにとどまり、軍と国民を激励しているからだという。大統領はコメディアン出身らしく、その立ち居振る舞いに訴求力がある。
若いカップルが戦闘現場に行く前に結婚式を挙げ、同僚の兵士たちがそれを祝福する。花嫁も「女性にも出来ることがある」と現地にとどまる姿は、思わず涙をさそう。全世界がプーチンを糾弾し、ウクライナに同情的なのはもう勧善懲悪主義のストーリーを観ているようだ。
いっぽうで、ウクライナ政府は火炎瓶の作り方を指導し、AK47(カラシニコフ)をかたどった木製銃で国民たちが訓練をする。18歳以上、60歳以下の男性には国外脱出が禁止された。このあたりはコミューン(ソビエト)原則、住民が武装して外敵と戦う、ヨーロッパの伝統が、われわれ平和に慣らされてきた日本人には「怖い」。
◆軍事的な決着か、それとも政治的な妥協はあるのか
さて、その侵攻作戦の収拾はどうなるのか。プーチンの前時代的な戦争発動が、ほかならぬプーチン政権の終わりの始まりになる、との観測がメディアの論調になっているが、きわめて楽観的なものというしかない。
20年以上も独裁者に政権をゆだねてきたロシア連邦という国家が、簡単に民主化できるとは思えないからだ。17年革命から数えれば100年以上も、かの国は独裁者を称賛、高度な管理国家機能に従属してきたのだ。いや、共産主義政権時代よりも、よりいっそう独裁的な国家になったと言えるかもしれない
すなわちロシア連邦は、ソビエト連邦時代のロシア共和国ではなく、85の連邦構成体(46の州・9の地方政府・3つの連邦市・22の共和国・5つの自治管区および自治州)からなる連邦国家なのだ。生産手段の国有化が独占資本の管理下に代わったものの、その国家と経済組織を牛耳るのは、ソ連時代と変わらないノーメンクラツーラ(技術官僚・国家官僚)なのである。共産主義の理念がなくなった分だけ、その搾取と強権は、資本主義的な剥き出しのものになっているといえよう。
ロシア軍がウクライナ全土を制圧するにしても、侵攻作戦の頓挫で和平交渉になった場合(ベラルーシで開催が決定)でも、メドヴェドチュクがキーパーソンになるのは間違いないであろう。メドヴェドチュクとプーチンの関係は極めて親密で、プーチンはメドヴェドチュクの娘の名付け親でもあるという。
◆スタグフレーションの危機
最後にもうひとつ。ウクライナ情勢による天然ガス・石油不足である。ロシアに対する経済制裁(とくに3大銀行の資産凍結)が、ロシア資本の決裁を困難にする結果、エネルギー不足が日本にも波及している。
エネルギー系物資不足による日用品の高騰が、インフレと不況(スタグフレーション)をもたらそうとしているのだ。昭和時代の不況の再来となる可能性が高まっている。ウクライナ情勢から目が離せない。
◎[参考動画]小泉悠=東京大学先端科学技術研究センター特任助教2021年7月16日講演「プーチン・ロシアの『2024年問題』独裁色強まる内政と板挟みの外交」(公益財団法人 日本証券経済研究所「資本市場を考える会」 2021年9月22日配信)
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。