◆ヒジ打ちの名手

過去、国内でヒジ打ち一発で勝負が付いた試合はどれぐらい存在するだろうか。あっけなく勝負が付く半面、感動的なフィニッシュも多く存在しました。

現在のキックボクシング界において、団体によってルールは微妙に異なるところは有りつつ、ヒジ打ち有効の団体と禁止されている団体等、または各々の試合毎に異なる場合もあります。

平成以降のK-1等のテレビ全国放送でヒジ打ち禁止の試合を放送されてから、多くの一般視聴者はヒジ打ちの認識が薄いという傾向が強くなっているかもしれません。

昭和40年代のキックボクシングブームで、沢村忠さんが主役の漫画「キックの鬼」主題歌でも「ヒジ打ちかわして」といった歌詞が含まれているほど創生期から間違いなく存在する技で、ヒジ打ちの名手・飛馬拳二さんの得意技としての存在感もありました。

低迷期を脱し安定期に入った昭和60年代のMA日本キックボクシング連盟では3回戦(新人戦)はヒジ打ち禁止。5回戦(ランカークラス)ではヒジ打ち有効としたルールが定着。後に復興した全日本キックボクシング連盟でも同様に、その後、新団体が設立されても、それまでに定着したルールを基に改訂されながら活動が続けられてきました。

サーティットvs伊達秀騎。ヒジ打ちで危なっかしい交錯を味わった伊達秀騎(1994年10月18日)

ヒジ打ちをしっかり学んだソムチャーイ高津(1991年頃)

◆ヒジ打ちのステータス

「早く5回戦に上がってヒジ打ち使いたかった」という選手も大勢居た時代は、「キックボクシングはヒジ打ち有りだよ」と教えられてきた昭和から平成初期世代で、ヒジ打ち禁止ルールはキックボクシングの存在意義が分からないという当時の選手も居ます。

ヒジ打ちは頭蓋骨陥没など危険が伴う過激な技であることは事実ながら、ムエタイから倣った基本的な技として、顔面を切る(皮膚を裂く)場合は負傷による試合続行不可能に追い込む手段となります。パンチで切れても同様の処置となり、偶発的なものでなく鮮やかに狙ったヒジ打ちで負傷TKOすることが警戒される存在感としたステータスとなっていくのでしょう。

ヒジ打ちは「しっかりガツンと当たらないと切れないので、パンチで言えば一発KO狙うくらいの勢いが必要」と経験者は言います。

パンチ同様に効かせて倒す(脳震盪起こす)ヒジ打ちは、至近距離でのアゴ狙いや側頭部へ狙い撃ちしてノックアウトに結び付ける選手も多く居ました。

1990年代にタイの地方へ遠征したソムチャーイ高津(格闘群雄伝No.7)は劣勢だった試合をヒジ打ちをヒットさせて形勢逆転させ、相手はかなり流血して2度のドクターチェックがあってもレフェリーは試合を止めず、地元選手を負けさせないが為の強引に行かせるパターンもあるのが昔の田舎ムエタイでもありました。

武田幸三を苦しめた北沢勝のしぶとさとヒジ打ち(2000年1月23日)

また、レフェリーの偏った判断でなくても、歯が頬を突き抜いていても続行した例もあり、視界がはっきり見えているかで判断する場合もあると聞いたこともあります。

切られたら瞬時に切り返す。そんな強引なタイのファイター型も居た昔の選手。ヒジで切られた瞬間、レフェリーに割って入られる前に、反射的にすかさずヒジ打ちで切り返す。それが成功しなくてもやるだけやってみる。執念で試合続行不可能道連れに持ち込む手段も見られた本場ムエタイです。

◆ヒジ打ち禁止の影響

日本においては負けている展開で、逆転狙いのヒジ打ちは最大限に重要視される打撃で、禁止されると困惑するという選手の意見も聞きます。

ヒジ打ち容認団体でも試合によってはヒジ打ち禁止ルールが用いられる場合もあります。ムエタイテクニシャンとの対戦ではヒジ打ち禁止ルールにすることで、形式上は公平さを保ちながら実質的ハンディキャップとしてしまう場合が暗躍します。

ヒジ打ちには拘っていなくても、しっかり習得しているオールラウンドプレーヤーでは、「距離感とかタイミングはヒジ打ちの代用としてヒザ蹴り、アッパー、左右フックなどあるので、特に問題無いです」と、意外にもヒジ打ちだけが禁止なら、あまり違和感は無いと言う選手も多く、「首相撲の規制や蹴り足を掴む行為の禁止、3回戦制の方が不利に傾く影響が大きい」という別の見方も浮上します。

K-1はヒジ打ちが無い分、高度なパンチとコンビネーション、テーンカオ(離れた距離からの突き刺すヒザ蹴り)を持った選手が増えたことはこのルール上の進化なのでしょう。

最近の画像から、大翔の縦ヒジ打ちが眞斗の眉間を切り裂く直前(2021年8月22日)

◆今後の方向性

ヒジ打ちであっけなく試合が止められるシーンは、テレビでは視聴者に伝わり難いものです。

更に「流血における過激なシーンはテレビ番組にはそぐわない」といった話を5年ぐらい前に聞いたことありますが、そう言えば昔のプロレスで“血だるま”という表現された大流血シーンは全く見なくなった気がします。

テレビ放映の在り方は昭和時代から大きく変わってきましたが、多くのスポーツ競技、エンターティメント番組、ドラマでも表れている過激さ制限の時代でしょう。

海外においても文化・風習によってヒジ打ちルールは有りと無しに分かれ、今後も共存していくと考えられますが、ムエタイと元祖キックボクシングは基本ルールから崩れないよう進化していって欲しいものです。

馬渡亮太vs大田一航。ムエタイスタイルの馬渡亮太もヒジ打ちを多用する選手(2021年8月22日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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