中東・ムスリムの紛争およびそれへの米ロの介入が、日本人には理解がむつかしい宗教的な障壁のゆえ「対岸の火事」であったのに対して、ロシアのウクライナ侵略は身近に感じされる。それは明日の台湾有事・朝鮮有事であり、北方諸島の現実であるからでもあろう。

そのウクライナ侵略戦争は数回にわたって停戦交渉が行なわれ、現在も継続されている。いまこの時も無辜の市民が殺され、ロシアに強制連行されている。一刻もはやく停戦が実現されることを祈念したい。

だが、ロシアがプーチンのほぼ独裁制である以上、その政治的なメンツが軍事上の優勢抜きには果たされず、したがって事態は泥沼化を辿らざるをえない。東部二州の併合という最低限の政治目標が達成されない限り、停戦やロシア軍の撤退はありえないのだ。

今回は停戦を左右する軍事的な側面から、現状を分析していこう。日本に居て現地の軍事情勢を俯瞰するのは困難とはいえ、双方の断片的な、そして相互の一方的な報道の中からも、十分に見えてくるものがある。

◆ロシア軍戦車の脆弱性

ロシア軍はキーウ(キエフ)を包囲していた兵力の20%をベラルーシ方面に後退させたという。これはアメリカの偵察衛星の情報によるもので、部隊の再編成のためと分析されている。いったんキーウ攻略をあきらめ、東部・南部への転用も考えられるところだ。いずれにしても、ロシア軍の苦戦は明らかだ。

現地から報じられる画像では、ロシア軍の戦車や戦闘車両が破壊されたものが目に付く。ウクライナ当局による意識的な戦果誇示の面があるとはいえ、イラク戦争のときに明らかになったロシア製戦車の防御の脆弱性が、ふたたび明らかになったと断言できる。

アメリカによるイラク侵攻の時、イラクの主要な戦車はロシア製のT-72だった。初期の戦車同士の正規戦闘で、イラクのT-72はアメリカ軍のM1エイブラムスに一方的に破壊された。T-72の125ミリ徹甲弾(鉄鋼製)は、アメリカ軍戦車の砲塔に命中しても跳ね返されるという事態が頻発したのだ。現在のロシア軍はT-72の改良型、およびその派生型のT-90が主力だが、画像を見るかぎりイラク戦争当時の脆弱性は克服されていない。砲塔が吹っ飛び、車体の損壊が激しいのがその証左だ。

戦車戦は戦闘のなかでも、最も物理的な戦いだとされている。装甲の強さと砲弾の破壊力の戦いなのである。弾頭は鉄鋼よりもタングステンのほうが強く、装甲は鋼鉄よりもチタンやセラミックを複合した合金、あるいは弾薬を外装することで敵の砲弾を跳ね返す(爆発反応)。

この点では側面装甲には外装弾薬が見られるものの、戦車の泣き所である上部装甲を破壊された車両が多くみられる。対戦車ミサイルによるものであろう。

いっぽうで、機動力(速度・運動性)と運用力(軽量化)のうち、広大な大陸では運用力が重視される。国土のせまい日本ですら、キャタピラ式の重戦車よりも軽量な装甲車(タイヤ走行)が重視される傾向にある。

ロシアの場合も広大な国土で運用するために、運搬のための軽量化が考慮されてきた結果、装甲の脆弱性を抱え込むことになったのだ。第二次大戦時のT-34という高速戦車が、ドイツのⅥ号戦車(タイガー重戦車)を打ち破った伝統から、欧米の最新戦車が重量化の方向に進んだのに対して、T-90型においても防御的なバージョンアップは少なかった。その結果、今回の戦闘では甚大な被害を出しているのだ。それも戦車戦ではなく、歩兵が携行する対戦車ミサイルにやられているのだ。
その主役は、FGM-148 (ジャベリン)である。


◎[参考動画]ロシア戦車撃退した“携帯兵器” 米に1日500基求めた威力とは(ANN 2022年3月25日)

◆戦車キラーの対戦車ミサイル

FGM-148は、発射指揮装置、発射筒体、発射筒体に収められたミサイル本体から構成されている。総重量は22キログラム。ちょうどママチャリや5キログラム米袋4個ほどの重さで、兵士が一人で運搬できる。

ミサイル本体は、射出用ロケットモーターによって発射筒から押し出される。数メートル飛翔した後に安定翼が開き、同時に飛行用ロケットモーターが点火される。ミサイルは完全自律誘導のため、射手は速やかに退避することができる。

主な目標は装甲戦闘車両だが、低空を飛行するヘリコプターへの攻撃能力も備える。発射前のロックオン自律誘導能力、バックブラストを抑え室内などからでも発射できる。

ミサイルの弾道は、戦車の装甲の薄い上部を狙うトップアタックモードと、建築物などに直撃させるためのダイレクトアタックモードの2つが選択できる。

最高飛翔高度は、トップアタックモードでは高度150メートル、ダイレクトアタックモードでは高度50メートルだという。射程距離は2,500メートルで、発射指揮装置のスコープの視認距離にひとしい。ミサイルは赤外線画像追尾と内蔵コンピュータによって、事前に捕捉した目標に向かって自動誘導される。メーカー発表によれば、講習直後のオペレーターでも94%の命中率だという。

弾頭はタンデム(複数)成形炸薬を備えている。メイン弾頭の前に、小さなサブ弾頭を配置したもので、サブ弾頭により爆発反応装甲などの増加装甲を無力化した後に、メイン弾頭が主装甲を貫通するように設計されている。上部装甲を破られた戦車は、ほぼ確実に弾薬庫を貫通される。ロシア戦車の砲塔が吹っ飛んでいるのは、戦車に搭載している砲弾が誘発し、自爆にちかい大爆発を起こすからだ。

近代兵器は装甲(耐久性)や動力(速度)だけではなく、戦闘機ならソースコード、陸上戦闘車両や携行ミサイルもコンピュータ制御の精度が勝負を決める。その意味では、陸上戦闘の花形と思われがちな戦車も、最新鋭のコンピュータ制御ミサイルの前では、愚鈍な標的にすぎないのである。ウクライナ側の映像で、車列をミサイル攻撃されたロシア軍戦車が、算を乱して潰走するシーンが現れるのは、単にロシア軍の戦意が低いわけではなく、ミサイル攻撃にかなわないと判っているからなのだ。

◆制空権を握れないロシア軍

もうひとつのウクライナ軍の武器は、地対空ミサイルのFIM-92(スティンガー)である。

スティンガーの主目標は、低空を飛行するヘリコプターや爆撃機などだが、低空飛行中の戦闘機、輸送機、巡航ミサイルなどにも対応できるよう設計されている。ミサイルの誘導方式には高性能な赤外線・紫外線シーカーが採用され、これによって目標熱源追尾能力(発射後の操作が不要な能力)を持っている。おおまかに狙いを定めれば、熱を発する飛翔体は何でも撃墜できる。

原理的には、アンチモン化インジウム(InSb)フォトダイオードを受光素子とした、量子型(冷却型)赤外線センサーによる赤外線ホーミング(IRH)誘導方式を採用しており、中波長赤外(MWIR)帯域の検知に対応していることから、全方位交戦能力を備えている。

発射時には目視で目標を確認し、その後本体のスイッチを入れて目標を捕捉する。引き金を引くとシーカーが冷却され、ミサイル後部のブースターによりコンテナから打ち出される。本体から10メートル離れたところでロケットモーターが点火し、超音速まで加速する。狙われた戦闘機や巡行ミサイルは、もう逃げられない。


◎[参考動画]Ukraine’s Powerful Stinger Missiles That Wreaked Havoc On Russian Forces(ミリタリーテレビ 2022年3月14日)

ジャベリンにせよスティンガーにせよ、敵の位置を正確に知ることで戦果が上っているのは言を待たない。アメリカ軍の衛星偵察とドローンによるロシア軍の配置把握によるもので、一面では情報戦でウクライナがロシアを圧倒していると言えるだろう。

現在、西欧各国はウクライナに対して、対戦車・対空ミサイルの供与を約束あるいは実施している。消耗を怖れるロシア軍は遠距離からの砲撃やミサイルで、いわば無差別攻撃に頼らざるを得ない。それがこのかんの、病院や学校、ショッピングモールへの攻撃として報じられたものなのだ。

これからも、プーチンの政治的な意地(メンツ)のために、ロシア軍はある程度の勝利(殺戮)と引き換えに停戦交渉をすすめ、いっぽうでは東部2州の事実上の併合を獲得目標とするであろう。そのために、ウクライナ国民の膨大な犠牲、そしてほかならぬロシア兵の犠牲が積み重ねられていく。21世紀のヒトラー、ウラジーミル・プーチンを止めよ!

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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