◆行政の民主的運営に必要な公務員の地位を利用した選挙運動の禁止
公務員の地位を利用した選挙運動は禁止されています。公職選挙法の第136条の2は以下のように公務員による選挙運動を禁止しています。国家公務員法や地方公務員法においても、公務員の政治活動を制限する同様の趣旨の規定があります。
(公務員等の地位利用による選挙運動の禁止)
第百三十六条の二 次の各号のいずれかに該当する者は、その地位を利用して選挙運動をすることができない。
一 国若しくは地方公共団体の公務員又は特定独立行政法人若しくは特定地方独立行政法人の役員若しくは職員
二 沖縄振興開発金融公庫の役員又は職員(以下「公庫の役職員」という。)
2 前項各号に掲げる者が公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する目的をもつてする次の各号に掲げる行為又は公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)である同項各号に掲げる者が公職の候補者として推薦され、若しくは支持される目的をもつてする次の各号に掲げる行為は、同項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。
一 その地位を利用して、公職の候補者の推薦に関与し、若しくは関与することを援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること。
二 その地位を利用して、投票の周旋勧誘、演説会の開催その他の選挙運動の企画に関与し、その企画の実施について指示し、若しくは指導し、又は他人をしてこれらの行為をさせること。
三 その地位を利用して、第百九十九条の五第一項に規定する後援団体を結成し、その結成の準備に関与し、同項に規定する後援団体の構成員となることを勧誘し、若しくはこれらの行為を援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること。
四 その地位を利用して、新聞その他の刊行物を発行し、文書図画を掲示し、若しくは頒布し、若しくはこれらの行為を援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること。
五 公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)を推薦し、支持し、若しくはこれに反対することを申しいで、又は約束した者に対し、その代償として、その職務の執行に当たり、当該申しいで、又は約束した者に係る利益を供与し、又は供与することを約束すること。
公務員がたとえば部下や出入りの業者に、特定の政党や候補者の支持をよびかけたら、部下や業者は逆らいづらいのは当然です。結果として行政機構が特定の政党・政治家と一体化することになりかねない。それこそ、現在の中国や朝鮮、あるいは、民主化前のメキシコ(制度的革命党の事実上の独裁)のようになりかねません。
逆に戦前の日本では政権交代のたびに警察のトップが交代させられ、選挙で与党が野党を弾圧する(選挙干渉)ことも常態化していました。このことが政党政治への不信、さらには軍部の台頭につながった暗い歴史があります。
上記の規定はそうしたことを防ぎ、行政の民主的運営を確保するためのものです。また、公務員が上司の圧力にさらされないためのものです。
筆者は広島県庁マンとして2011年まで勤務していました。広島県は、とくに最大都市の広島市の中心部に近づけば近づくほど岸田総理の影響が強い超保守王国です。ですが、広島県庁内では、少なくともこの上記の規定に違反するようなことは、筆者が見聞する限りではありませんでした。
◆衆院選2021契機に発覚した山口県庁の「組織犯罪」
ところが、お隣の山口県では、県庁が県庁ぐるみで自民党を応援することが少なくとも20年以上常態化していたのです。今回のことが発覚した発端は衆院選2021で副知事だった小松一彦被疑者が、部下に山口3区の林芳正外相の後援会入会を勧誘したことでした。小松被疑者は略式起訴され辞職に追い込まれました。
その後、小松元被告人は、部下に政治資金パーティーの会費1万円を振り込むようによびかけていました。呼びかけていたというふうに報道はされていますが、人事権を持っている副知事の言っていることを部長や課長が断れるでしょうか? 普通は断れません。そして、小松元被告人は県庁生え抜き。ご自身の課長や部長時代も同じように呼びかけられていたので、自分もそうした、というわけです。
しかし、選挙があるたびに、各都道府県には上記の公選法の条文を抜粋した文章が総務省から送られ、全職員に回覧される「はず」です。「はず」というのは、筆者が勤務していた広島県庁はそうだったということです。
◎[参考資料]衆議院議員総選挙における地方公務員の服務規律の確保について
https://www.soumu.go.jp/main_content/000510576.pdf
上記は衆院選2017のものですが、選挙があるたびに、県庁マン時代の筆者も目にしていました。
まさか、小松元被告も上記の文章をご存知ないとは言わせませんよ。周りがやっていたから、では済まされない。
ある意味、河井案里さんからお金をもらった人よりも言い逃れができない犯罪です。河井事件の「収賄」議員の場合は、「政治献金をもらった」という弁解も可能です(ただし、認められるかは別問題。)。だが、今回は「ど真ん中」の公選法136条の2違反です。
◆逃げ切りはかる村岡知事
さて、今回の事件は県庁ぐるみです。副知事がここまで大々的にやっていることを知事が知らないというのはあり得ない話です。知事は総務省ご出身。公務員の服務規律に関する文書を全都道府県に出す側で18年間やってこられた方です。筆者の同一大学同一学部の先輩にあたり、広島市では秋葉忠利市長の下で財政課長もされています。秋葉市長は、広島市役所の特定の議員と職員の結びつきなど、常態化していた役所内の規律の乱れを正していました。
https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a11100/profile/g-profile.html
そういう秋葉市長のもとでも要職を務めた村岡知事。今回のような不祥事はふせがないといけないお立場です。2014年以来、8年間も知事をされていて何をやっていたのか?
その村岡知事は、本年2月、再選されたばかりです。自民、公明の推薦を受けて、共産、社民、れいわが推す新人に「圧勝」しました。
山口市の60代女性有権者は、「知事は、コロナ対策と称してまったく選挙運動をしなかった。選挙を盛り上げないセコイ戦法をとった。盛り上がると県庁の不祥事がクローズアップされたと思う。県民も県民。知事を批判する声があまりあがってこない。」と悔しがりました。
山口県は市町村長全員が自民党員という異常な状態です。旧ソビエトや現在の中国や朝鮮とまではいかずとも、20数年前までのメキシコやインドネシアが「事実上の独裁」だった時代にほぼ近いように思えます。
ともあれ、村岡知事はただちに退陣し、公選法違反に関与していた幹部級職員も総入れ替え。本来ならそれくらいの荒療治が必要です。
◆問われる検察・警察の怠慢
しかし、これまで、検察や警察も何をやっていたのか?! 20年以上も県庁ぐるみでこういうことをやっていたのは気づかないはずはありません。公選法違反は親告罪でもなんでもない。事件化しようとおもえばいつでもできたはずです。検察・警察も説明責任をはたすべきでしょう。
自民党というより「安倍王国」山口で安倍晋三さんに忖度していたと批判されても仕方がないでしょう。
◆休日の野党のビラくばりは逮捕・有罪の不条理
いっぽうで、休日に野党のビラを配っていた国家公務員が逮捕・起訴されるという事件も日本ではおきています。
欧米諸国では、そもそも、休日に公務員が政治活動をすることは自由な場合が多いのです。これは、労働者の権利が欧米諸国では日本よりあるということです。筆者はノルウェーを訪問した際に公務員であるところの公立大学の教授が市議をやっている例に遭遇しました。(日本の国公立大学の教授は独立法人化によって現在は公務員ではありません。)。クロアチアでは格闘家で警官のミルコ・クロコップが現職のまま国会議員に当選。日本でも「ミルコ、社民党から立候補!」と東京スポーツ(広島では九州スポーツですが)が報道した例があります。
「職務上の地位を利用」ということが、日本ではとくに拡大解釈されて、とくに野党を弾圧することに悪用されています。
このうち、当時係長だった堀越さんという係長級の国家公務員労働者が日本共産党のビラのポスティングで逮捕された事件は逆転無罪になっています。
http://www.san-tama.com/topics/140
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-08/2012120801_01_1.html
他方で宇治橋さんという厚労省課長補佐級の方が起訴された事件では罰金10万円という不当な判決が確定しています。
両者への司法の判断の違いをうんだのはなにか? 「係長級だと職務権限がないが、課長補佐級だとある。」ということです。
ありがとうございます! まったく意味不明です。係長級であろうが、課長補佐級であろうが、休日のポスティングに職務権限など関係ありません。
なお、一方で連合系の労働組合で民主党(現立憲民主党)の議員を応援した場合では、ここまでの「弾圧」はありません。筆者が現役の県庁マン時代は、組合が強い自治体の場合は、組合による事実上の政党支持の強制も問題と感じていました。
そして、その広島でもそうですが、(立憲)民主党が組合とともに自公と同じ候補者を知事選や市長選で推薦している実態もあります。管理職は自民党の、非管理職は組合の、それぞれ「領分」という構図が見えます。
こうした構図をまた検察や警察、司法も温存してきたと言えるでしょう。連合さん、民主党→民進党→立憲民主党さんも積極的にはこの構図を変えようとはしていないように見えます。(このことについては、鹿砦社刊行の「労働貴族」に詳しいです。)
日本の検察・司法は、上記判決が確定してから10年。山口県のような「ど真ん中」の「違法」をスルーしておいて、「職務上の地位」などまったく無関係なことを処罰する法解釈を変えていないのです。あまりにも、不公平な(自民党有利)法解釈がまかり通っていたのです。山口県庁の事件を契機にこうした構造を変えていかなければなりません。
◆「維新」による「公務員バッシング」への利用にも警戒
他方で「維新」が今回の事件を利用してさらなる地方切り捨て、公務員バッシングに悪用してくることにも警戒したいものです。「維新」も大阪市役所の不祥事を利用して最初は勢力を拡大しました。そして、市長に提言した校長を処分するなど、全体主義的な政治を進めています。「山口県庁」が、「村社会」なら「大阪市役所」は「ポストモダンなファシズム」です。「村社会」でも「ポストモダンなファシズム」でもない、民主的な地方行政の運営があるべき姿です。
▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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