現代社会で最も普及している文明の利器は、スマートフォンである。電話会社は、スマートフォンの普及を押し進め、それに連動して通信基地局をアメーバ状に拡大している。総務省も全面的に電話会社の事業を支援し,マスコミは広告主である電話会社に配慮して、電磁波問題の報道を控えている。大学の研究者も、企業や国策をさかなでする電磁波による人体影響を研究テーマに選ぼうとはしない。巨大な相手を敵に回したくないからだ。電磁波問題はタブーなのである。
こうした風潮に逆行するかのように、『携帯電話と脳腫瘍の関係』(マーティン・ブランク、飛鳥新社)は、電磁波による人体影響を容赦なく指摘している。電磁波に関する欧米での研究成果を分かりやすく紹介している。
著者のマーティン・ブランクが最も懸念しているのは、電磁波が原因と推測される癌の増加である。従来、レントゲンのX線や原発のガンマ線は発癌を促す原因として認識されてきたが、それ意外の電磁波は安全とする考えが定説となっていた。たとえば日本の総務省は、この考えに基づいて1990年に、現在の電波防護指針を定めた。それを根拠として電話会社の携帯ビジネスにお墨付きを与えてきたのである。
ところがその後、特に欧米で電磁波の毒性に関する研究が前進し、現在ではエネルギーが高いX線やガンマ線だけではなく、マイクロ波や超低周波電磁波(送電線や家電からもれる電磁波)にもDNAを傷つけて発癌を促すリスクがあることが明らかになってきたのだ。それに伴い、たとえば欧州評議会は、日本の電波防護指針よりも1万倍も厳しい勧告値を設けた。電磁波による人体影響に関する従来の認識を大幅に改めたのである。
たとえば本書では、次のように通信基地局と発癌の関係に警鐘を鳴らしている。
「ブラジルでの研究でも同様の結果が報告されている。そこでがんの累積症例数がもっとも多かったのは、40.78μW/c㎡という高い電力密度の放射に曝露した人々だった。その発がん率は1000人当たり5.38件。より遠方に暮らし、曝露の電力密度が0.04μW/c㎡の人々は、がん発生率がもっと低く、1000当たり2.05人だった。こうした研究は、基地局が携帯電話に関連したリスクの大きな要素であることを示している」
この疫学調査は、通信基地局に近い住民ほど癌になるリスクが高いことを示している。同じような類型の疫学調査は、他にも複数ある。「予防原則」という観点からすれば、住居の近くには通信基地局を設置してはいけない。禁止すべきなのである。ところが日本の電話会社は、電磁波による人体影響を示す医学的根拠が解明されていないことを理由に、自宅の直近やマンションの屋上に通信基地局を設置している。大半の住民はそのリスクをまったく知らない。
本書は、他にも電磁波による人体影響として、アルツハイマー病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、パーキンソン病、男性不妊、うつ病なども指摘している。
スマートフォンの使用はなるべく控えるのが懸命だ。マンションの屋上や自宅直近に通信基地局がある場合は、電話会社に対して撤去を求めるのが懸命だ。Wi-Fiは使わないときは、「OFF」にすることが推奨される。国は、電話会社に対して携帯電話を販売する際、顧客にリスクを伝えるルールを制定すべきだろう。マスコミは、携帯電話の広告を自粛すべきではないか。
本書の冒頭で著者のマーティン・ブランクは言う。
「制限を課すことをめぐって議論がもちあがった際、企業の後ろ盾を得た人たちが発するお決まりの台詞がある。『危険であるという確証はない』だ。私はそうではないと示すためにこの本を書いた。このハイテク世界の副産物である電磁放射(EMF)が私たちの身体に多種多様な影響を与えることを示す、確かな科学の体系がある。そろそろきまり文句の『危険であるという確証はない』に代えて、『危険を認めて対処すべき時期だ』と言ったほうがいい」
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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