ベトナムと枯葉剤。知っているようで、よく理解していない。しかし、現在も被害は継続されており、被害者は救済されていない。戦争や環境破壊の問題も解決していない。坂田雅子監督の手がけたドキュメンタリー映画『失われた時の中で』の試写を観て、今だからこそのさまざまな思いを抱いた。
◆ベトナムの枯葉剤被害者の現在を多く映し出すドキュメンタリー
坂田監督は2003年、写真家だった夫、グレッグ・デイビスを失う。そして、彼の死の原因が、ベトナム戦争時の枯葉剤の可能性があることを聞かされる。ベトナム戦争は南北ベトナム統一の主導権をめぐって展開し、北ベトナム軍と南ベトナム解放勢力が、アメリカ軍と南ベトナム軍と戦った。グレッグがベトナムに派兵されたのは1967年で、除隊は70年だ。その後、彼は写真家となり、85年以降、ベトナムにも度々訪れた。直接的な死因は肝臓ガンと診断されている。2004年以降、坂田監督はベトナムを取材し続けてきた。
本作では、枯葉剤の影響で、重い障害をもって生まれてきた人々を多数とりあげている。父母は自分たちの死後、障害をもった子どもたちがどうなるのか心配している。アメリカで被害を伝える講演をおこなった女性は、どこに行っても人々から枯葉剤の被害について「知らなかった」と言われたと語る。いっぽう、被害者でありフランス国籍ももつジャーナリストの女性は、市民を擁護するフランスの法律を活用し、アメリカの化学薬品会社に対して裁判を起こす。
坂田監督は『花はどこへいった』(2008)を機に、被害者の子どもたちの教育を支援するため、「希望の種」という奨学金制度を設立。その後、『沈黙の春を生きて』(2011)、『わたしの、終わらない旅』(2014)、『モルゲン、明日』(2018)といった映画作品を手がけてきた。
◆戦争責任遂行と相手の深い理解による、「真の戦争終結」を!
わたしは冒頭に記したように、ベトナムの枯葉剤の被害に関し、知っているようで、よく理解していない。ベトちゃんドクちゃんのイメージが強いが、今回、調べてみたところ、ベトさんは2007年に亡くなっていた。
本作では、被害者の子どもたちの現在の様子を多く知ることができる。眼球を欠損して生まれたキエウ。目をあけられず、声は出せても「音」を発するのみのチュオイ。2つの頭をもつズエン。片腕と両脚が欠損しているロイ。両脚と片腕の先がないホアン。15歳の少女チャンは重い知的障害を抱える父と叔父、4人のために祖母とともに家事に従事。勉強したくとも時間がないと嘆く。
なかには自立して生活することがかなっている人もいるが、それが困難な重度の障害者を抱える家庭は往々にして貧しい。枯葉剤の影響がなかったなら、自由に動き、夢を追い、充実した生活を送っていたかもしれない。枯葉剤を製造・散布したアメリカ、そしてダウ・ケミカルやモンサントといった企業は責任を認めず、ベトナムの被害者は補償もなされていない。元ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)でジャーナリストのニャーのフランスでの訴えも、「フランスの裁判所はアメリカの軍事行動を裁く権利を持たない」という理由によって敗訴。ベトナムの枯葉剤被害者は救われぬまま、50年以上もの時が流れているのだ。
「過去から現在に出現させた環境破壊という犯罪」。これは本作に使用されている表現だ。人間も環境も破壊し、現在も影響を及ぼし続けている枯葉剤の問題を、わたしたちはこのまま風化させてよいのだろうか。ダウ・ケミカルはDBCPをドール社の南アメリカのバナナ農園に供給し続け、除草剤や遺伝子組み換えで知られるモンサント(現在はバイエルが買収)はラウンドアップによる健康被害の訴訟を多く抱えている。これは地方で環境保全活動や有機での農作業に携わるわたしにとっても、大きな問題だ。
今からでも、自らの責任を果たし、被害状況を理解して、できることをする。それが過去の戦争による悪影響を少しでも軽減し、現在の戦争を終結させて、よりよい未来を生み出すこととなるだろう。
【寄付について|坂田雅子監督より】
ベトナムで多くの枯葉剤被害者に出会う中で、私たちの小さな力が彼らを支援する事ができるのだと知りました。被害者の中には重度の障害を持ち普通の生活ができない人々も多くいますが、中には軽度の障害で少しの支援があれば教育を受け、自立できる子どもたちもいます。ベトナムは驚異的な経済発展を遂げたとはいえ、被害者たちはまだまだ取り残されています。細々とですが、この活動は今も続いています。支援していただける方は以下の口座にお振込ください。一口3000円からお願いします。
口座名:ベトナム枯葉剤被害者の会 代表坂田雅子
三菱UFJ銀行(0005)青山通り支店(084)普通:0006502
※お振込いただいた際は、masakosakata@gmail.comまでご一報ください。
◎坂田雅子監督『失われた時の中で』予告編/8月20日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
【公式サイト】http://www.masakosakata.com/longtimepassing.html
【公開情報】8月20日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター。戦争関連の映画評では、「歴史受け止め、アイデンティティ取り戻す営為『シアター・プノンペン』」、「植民地支配や戦争責任を問い返す『東アジア反日武装戦線』のドキュメンタリー『狼をさがして』」(neoneo)、「死を選ぶメンタリティと社会を再考する ── 近代史上最大の捕虜脱走ドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』」、「山谷夏祭りと慰安婦映画 ── 『現場」とそこにいる人に『触れる』」(デジタル鹿砦社通信)、「『台湾萬歳』などのドキュメンタリー映画を通じて 日本統治下の台湾、原住民の生活に触れる」(情況)ほか多数。