日本新聞協会は、10月18日、山梨県富士吉田市で第75回「新聞大会」を開催して、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う大会決議を採択した。議決は、「私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと述べている。(全文は文末)

新聞報道を見る限り、今年の新聞大会でも「押し紙」問題は議論されなかった。

「押し紙」問題がいかに深刻な問題であるかを認識するためには、旧統一教会による高額献金や霊感商法による被害額と「押し紙」による被害額を比較すれば明白になる。試算の詳細は省略するが、35年ペースで比較すると、旧統一教会がもたらした損害の総額は1237億円で、「押し紙」による黒い資金は、32兆6200億円になる。

32兆6200億円のグレーゾーンは尋常ではない。

(注:試算の根拠については、次のURLを参考にされたい。http://www.kokusyo.jp/oshigami/17238/

秘密裡に回収されている「押し紙」。新聞社は、「押し紙」により莫大な不正な販売収入を得てきたが、公権力機関は黙認を続けている

◆新聞ジャーナリズムの衰退を考える唯物論の視点

新聞社が公権力機関に対してジャーナリズム性を発揮できない原因を考えるとき、大別して2つの視点がある。まず第一は、記者個人の職能や記者意識の欠落に求める視点である。この視点に立って新聞を批判する人々にとっては、東京新聞の望月衣塑子記者や朝日新聞の本多勝一記者のような人物が次々と登場すれば、問題は解決するという論理になる。きわめて単純な論理である。従って、それを鵜のみにしてしまう層が意外に多い。実際、ネット上には「東京新聞望月衣塑子記者と歩む会」もある。

これに対してジャーナリズムが機能しない原因を、新聞社経営にかかわる客観的な制度の中に探る視点がある。具体的には次のような着目点である。

〈1〉再販制度により販売店相互の競争を防止して、新聞社経営を安定させている事実。

 

日本新聞協会が中心になってNIE運動(教育に新聞を)を推進している

〈2〉学習指導要領が学校の授業で新聞の使用を奨励している事実。これと連動して、「学校図書館図書整備5か年計画」の下で、新聞配備の予算が5年間で190億円講じられた事実。(『新聞情報』10月19日付け)

〈3〉新聞に対する軽減税率で、新聞社が莫大な額の税金を免除されている事実。

〈4〉「押し紙」を柱としたビジネスモデルで、莫大な利益を得ている事実。

〈1〉から〈4〉は、新聞社が高い利益を得て社員たちの高給を維持する上で欠くことができない制度である。このうち〈4〉の「押し紙」は、既に述べたように35年間で、少なくとも32兆6200億万円の黒い販売収入を生んでいる。諸悪の根源にほかならない。

◆新聞に対する消費税の軽減税率

本稿では、〈3〉についての試算を紹介しよう。軽減税率が8%の場合と10%の場合を、中央紙(朝日、読売、毎日、産経)をモデルとして比較した。

試算の前提は、次のような設定である。新聞の購読料は中央紙の場合、「朝刊・夕刊」のセット版がおおむね4000円で、「朝刊単独」が3000円である。新聞の公称部数を示すABC部数は、両者を区別せずに表示しているので、全紙が「朝刊単独」の3000円という前提で試算してみる。誇張を避けるための措置である。

消費税が10%に引き上げられた直後の2019年12月におけるABC部数は次の通りである。

朝日:5,284,173
毎日:2,304,726
読売:7,901,136
日経:2,236,437
産経:1,348,058

税率が8%の場合、次のような消費税額になる。いずれも月ぎめの数値である。

朝日:12億6820万円
毎日: 5億5313万円
読売:18億9627万円
日経: 5億3674万円
産経: 3億2353万円

これに対して税率が10%の下では次のようになる。

朝日:15億8525万円
毎日: 6億9142万円
読売:23億7034万円
日経: 6億7093万円
産経: 4億 442万円

8%と10%の違いにより生じる差額は次のようになる。()内は、年間の差異である。

朝日:3億1705万円(38億 460万円)
毎日:1億3829万円(16億5948万円)
読売:4億7407万円(56億8884万円)
日経:1億3419万円(16億1028万円)
産経:  8089万円( 9億7068万円)

これらの数字が示すように新聞社は、国会が承認した消費税率の軽減措置により、大きなメリットを得ている。しかも、消費税は(架空)読者から新聞購読料が徴収できない「押し紙」にも課せられるので、販売店にとっては軽減税率のメリットは大きい。

◆国会、公正取引委員会、裁判所

最大の問題は、新聞社経営に影響を及ぼす客観的な諸制度の殺生権を国会や公正取引委員会、それに裁判所(最高裁事務総局)などの公権力機関が握っている実態である。こうした条件の下で、日本新聞協会が、「ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと宣言しても、公権力を監視する役割を果たすことはできない。

考え方によっては、こうした「ジャーナリスト宣言」は逆に「新聞幻想」に世論を誘導する。世論誘導には、ジャーナリズムの看板を掲げながらも、肝心な問題には踏み込まない「役者」が必要なのだ。しかし、「空手の寸止め」では意味がない。

新聞衰退の問題を観念論の視点で議論しても、何の効果もない。客観的な制度上の事実の中に新聞衰退の原因を探る視点が必要なのである。

◎参考記事:http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

【大会議決の全文】

戦後の国際秩序を武力によって大きく揺るがす事態や、選挙期間中に元首相が銃撃されるという暴挙が発生した。平和と民主主義を破壊する行為を、私たちは決して容認できない。

感染症の流行による社会・経済活動への打撃は、物価の上昇と相まって、国民生活に多大な影響を及ぼしている。相次ぐ自然災害に備え、地域の防災、減災の力を高めることも急務である。

報道機関は、正確で信頼される報道と責任ある公正な論評で、課題解決に向けた多様で建設的な議論に寄与しなければならない。私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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