3月4日、学習シンポジウム 「市民の声が地域医療を守る」が広島市内で行われました。広島県知事の湯崎英彦さんは、広島県病院、JR病院、中電病院、舟入市民病院(小児救急)などを統廃合し、病床を大幅に削減した上で、広島駅北口に集約することを一方的に発表しています。

主催者で広島民医連会長の 佐々木俊哉代表は開会あいさつで、湯崎知事の病院再編について「男性の医療サイド関係者ばかりで議論した医療機関統廃合案で住民の声が反映されていない。」と指摘しました。

続いて、府中市立北市民病院の独立行政法人化に反対する裁判を闘われた、府中市上下町(じょうげちょう)の黒木整形外科リハビリテーションクリニック院長の黒木秀尚先生から「公立公的病院再編統廃合対策-草の根住民運動による住民自治・民主主義の獲得と「医療を受ける権利の基本法」の制定」と題してご講演いただきました。ご講演からは今の広島が抱えている課題がよく見えてきました、

◆強引に地域を引き裂いて府中市に編入された上下町

 

黒木秀尚=黒木整形外科リハビリテーションクリニック院長

以下は黒木先生のお話しの概要をもとに筆者が再構成したものです。

広島県の無医地区は59あり、北海道に次いで第2位。そうした中で、府中北市民病院はなくてはならない病院です。府中市上下町は2004年4月に府中市に編入されました。

(ちなみにこの直前まで筆者は、県庁職員として、広島県備北地域保健所に勤務し、このあたりの介護や福祉の行政を担当させていただいていました。この合併で、管轄区域から上下町だけ外れたのを鮮明に覚えています。)

上下町はもともと、甲奴町、総領町とともに「甲奴郡」でした。府中市中心部とは26kmもあります。府中市は都市部であり、医療資源も豊富で上下町は90センチも積雪したこともあるくらいの中山間地で医療過疎。まったく府中市とは特性が違います。

日本人の平均寿命が延びた大きな要因としては、昭和20年代の自治体病院の設立、そして、1961年に国民皆保険制度が確立したことが挙げられます。

◆赤字と人口減少理由に府中北市民病院の縮小計画

しかし、府中市は合併後の2007年に赤字と人口減少を理由に府中北市民病院の縮小計画を発表しました。

これは、病院規模を3-4割削減し、常勤医師も7→3名に減らす、直営だったのを独立行政法人化して給料を減らす。療養病床を減らしてなんとサ高住にしてしまう。急性医療をあきらめ、慢性期医療に特化する。

このような地域特性を考えない内容です。

当時は、新自由主義で有名な伊藤吉和市長だったことも影響しています。また、上記の病院リストラは、新自由主義色が濃い2007年12月の総務省の公立病院改革ガイドラインの「突撃隊」ともいえるものです。

そして、2009年には府中地域医療提供体制計画が発表され、旧上下町と旧府中市では距離があるにもかかわらず、府中市全体をひとつの地域とみなし、民間病院に急性期を任せ北市民病院は手術や救急患者の受け入れを止めるというものでした。

これに対して、府中北市民病院の現状維持を求める運動がおこり、2010年12月にシンポジウム、2011年1月には広島県知事に陳情、となります。

そもそも、同病院は全国の同規模の自治体病院の中でも経営は健全な方だったのに伊藤市政が「病院の再生は困難」と決めつけたのは事実と異なっていました。

◆独法化強行で目を覆わんばかりの惨状

そして、伊藤市政は2012年4月に独法化を強行。これにより、救急車の受け入れは困難になり、患者も早期退院を迫られる、マムシにかまれた人も世羅町に搬送せざるを得なくなるなど患者に大きな負担がかかりました。

一方で、医師や看護師の過重労働も深刻化。職員も将来に不安を感じ、退職者も相次ぎました。そして、経営自体も改善しませんでした。むしろ、町営時代よりも医業収支比率は低下してしまいました。

そひとたび独法になってしまうと、住民の声も通らない、市長が政権交代して指導しようにも指導できない、議会の関与も難しいという有様になってしまったのです。要は、独法化とは非民主的な法人になるということです。

黒木先生は、ふるさと上下を愛しておられます。現在も病院を守るための住民運動は続いています。

一貫した要求は
・85床、常勤医師6名
・府中市の直営に戻すこと、
・協議と合意の実現です。

◆独法化取り消し訴訟も棄却

そうした中で、独法化取り消し訴訟を住民は2012年4月30日提起。しかし、2016年、最終的に最高裁でも訴えは棄却されてしまいます。この理由は、日本の医療法・医師法は医療施設や医療従事者への「取締法規」に過ぎず、国の政策に奉仕するものにすぎないからです。だから裁判官も、医療を受ける権利を求める住民の訴えを棄却するのです。

憲法25条はありますが、日本の裁判官は憲法判断を避ける傾向にあります。したがって、やはり法律を作る方が問題解決には手っ取り早いのです。したがって、リスボン宣言のような患者を擁護する立場に立った内田博文全国人権擁護委員連合会会長が提案する「医療を受ける権利に関する医療基本法」を制定しないといけないのです。そして、医療は政治であり、新自由主義から民主主義へ変えていかなければならないのです。

実際、コロナ禍では、特に2020年4月~5月に医療は瀕死状態になりました。この背景には、最近の政府による社会保障費・医療費抑制政策があります。そして13万人もの医師不足が問題です。

◆「人口が減るから整理統廃合」の落とし穴

また、国は、「人口が減るから整理統廃合」という政策を病院でも学校(特に高校)でも進めてきました。

現在は「自治体戦略2040構想」という形で進められています。ところがそれにより、余計に人口が減るということが起きているのです。広島県は、自治体を86から23に減らし、県立高校の統廃合も強力に進めています。その広島県は、人口流出全国ワーストワンです。

広島県(湯崎知事)が進める病院の再編構想も結局は「人口が減るから整理統廃合」路線なのです。

しかし、その「2040構想」の方向で進めばどうなるか? 県内の平成の大合併であったような、市議も出せずに民意も通らないで衰退する周辺地域がさらに拡大・広域化します。そして、外部委託や独立行政法人化で民意を反映する首長や議会の関与も難しくなるのです。

そして、公務員が激減し、非正規ばかりになり、サービス低下、地方自治、住民自治、住民主権が崩壊します。そして、中央集権専制国家、さらなる人口減少、パンデミックや大災害に弱い国になってしまいます。

新自由主義政治から、民主主義への転換。患者を擁護する立場に立った「医療基本法」の制定、草の根住民運動継続による住民自治・地方分権の獲得。これをしっかりやることです。

黒木先生たちの活動は「『医療は政治』 地域医療を守る広島・府中市 草の根住民運動の全記録」として記録されています。

◆新自由主義卒業で人口流出を止めよう

これまでもご紹介しているように、人口流出と新自由主義のスパイラルが起きている広島県。新自由主義から民主主義へ転換することで止めていきたいものです。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士 1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。2023年広島県議選にも立候補。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)。
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