G7サミットで得られた内閣支持率を元手に、総選挙に打って出ようとした岸田政権は、マイナンバーカードの不備で失速。解散は先送りになった。解散自体が自民党総裁選挙を足固めであって、いわば党利以前の私欲にすぎなかったところに、現在の政権のもろさがある。

ここで付言しておけば、日本社会のデジタル化はほぼ不可能だと、われわれは以前から提言してきた。ネットおよびIT経験で、それなりに標準的な水準に居ると「自賛」している筆者ですら、マイナンバーの取得に大変苦労した。筆者の周辺にいる高齢者たちで、ITやSNSを満足に使えている人は極めて少ない。

国民総背番号制の試みは1970年に始まり、90年台の住民基本台帳の失敗を経て、今回が三度目の挑戦である。

なるほど理論的にはカードを一元化し、免許証や健康保険証を統合するのは一見簡単にみえる。しかしこの間の「他人のデータが出てきた」「医療現場では使えない」現象は、デジタル技術とセーフティシステムの難しさを物語っている。写真認証は本当にできるのか? 筆者の手元にあるマイナンバーカードの写真は、駅前の身分証写真用のポラロイドで撮った、じつに解像度の悪い代物である。こんな写真で登録していいのかと思うほどだ。

さりとて、スマホで撮った画素の低い写真を、これまた簡易プリンターにすぎないPC印刷で仕上げるくらいしか、いまや方法がない(かつて愛用した一眼レフを使うのに、2000円以上するバッテリー電池を買い、高額となったカラーフイルムを現像するのは、いかにも不経済だ)。デジタル技術は政治家が思っているほど利便性がなく、使う側の国民も途方に暮れる現実がある。

◆公明党と自民党の蜜月の終わりは、国土交通相ポストの帰趨だ

マイナンバーカードの愚痴に話は逸れたが、岸田政権が解散に踏み切れなかった理由はもうひとつある。東京都議会レベルでの公明党との与党提携の崩壊のきざしである。

国政選挙並みの試金石と言われた都議補選(大田区・改選数2)の結果については、『紙の爆弾』(8月号)の「小池百合子と維新の敗北」(横田一)に詳細が解説されているが、そこで指摘されているとおり「公明党支援なしの影響」が政治的な注目点だった。

都レベルでの自公提携の崩壊は、東京28区(練馬区東部)で自民党が公明党候補を認めない方針に始まった。この東京28区は10増10減によって新設された選挙区だが、足立区議選(自民大敗・公明躍進)など統一地方選の総括から、都レベルでは公明党が立候補を取り下げるかたちでの自公提携は、これ以上看過できないところまできているのだ。これが公明党側の理由だ。

いっぽう、自民党が公明党との提携をスポイルしたい背景にあるのは、もっぱら公明党が独占してきた国土交通相ポストだと言われている。公明党は第三次小泉内閣の北側一雄、第一次安倍政権の北芝鐵三いらい、国交相を自公政権の定番ポストにしてきた。とくに第二次安倍政権以降は、太田昭宏、石井啓一、赤羽一嘉、斎藤鉄夫と、4期連続で独占してきた。この権益が、自民党政治家たちの不満を買っているのだ。

国の基本インフラをささえる公共事業の要が国交省であり、その決定権をにぎるのが国交大臣だからだ。国家予算の大半でもある公共事業はしかし、同じく大きな比重をしめる社会保障費(全国一律の医療費・保険費・福祉費など)とは異なり、個別の事業者が参入するいわば利権が発生する事業である。参入企業はそれぞれに後援会組織を社内につくり、政治的代理人(多くは自民党議員)を支援している。つまり国交省をめぐる基本構造が自民党政治なのである。

いっぽうの公明党も、地域政治を実現するには道路や下水道といった、住民生活に結びついた基本インフラをみずから采配することが不可欠なのだ。ここに自公政権のアキレス腱がある。秋の解散も内閣改造も、この国交相ポストがキーワードになると指摘しておこう。

◆互いに心中したくない維新と小池

もうひとつ、注目しておきたい政局がある。

「小池百合子と維新の敗北」は大田区都議補選の政治的焦点が、神宮外苑再開発問題であったことを指摘する。再開発の背後に、いまや国民的な嫌悪感をもって語られる森喜朗の暗躍があったことに、有権者は敏感に反応したと言っていいだろう。トップ当選の無所属候補は、都民ファーストを脱党した森喜朗の利権告発者だった。

さて、小池党と維新の会の蜜月が噂されて久しいが、今回の選挙で都民(大田区民)は維新に拒否反応をしめした。この結果を見て、政治判断に長けている小池百合子は維新との距離をとりはじめるであろう。小池百合子の狙いは、維新や国民との野合ではなく、自民党政治への軟着陸だと言われてきた(各社政治部記者)。このラインは間違いのないところだが、政変に近い局面が顕われたときに、その判断力がふたたび問われると予告しておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年8月号 岸田政権の対米隷属と“疑惑の銃弾”の真相/神宮外苑再開発「伐採女帝」小池百合子と維新の敗北/LGBT理解増進法の内実/ジャニーズ「再発防止チーム」が期待できない理由他