◆蹴って驚き!

「オイ、蹴ってるぞ!」

日本で初めてキックボクシング興行が行われた昭和41年当時に試合を観た観客が、そんな野次を飛ばしたというエピソードは有名です。当然反則ではありませんが、仮にボクシングの試合で本当に蹴っていたら即失格でしょう。

創生期のキックボクシングの有効技はパンチ、ヒジ打ち、廻し蹴り、ヒザ蹴りの他、頭突きと投げ技もありました。昭和の日本系、全日本系で若干のルールの違いはあったものの、日本系の頭突きは禁止に移り、投げ技は分裂後、昭和の業界低迷期を経て禁止となっていきました。その当時、投げ技有りとして誕生したのが現在も続くシュートボクシングです。

反則技はサミング、噛み付き、股間ローブロー、倒れている相手への攻撃、首を絞める、関節技、ロープを使っての攻撃など、基本形としては当たり前の範疇として現在と変わりません。

倒れた相手に襲いかかりを脚で阻止。レフェリーが蹴ろうとしているのではありません

タイミングがズレて圧し掛かり、セコさバレバレで苦笑いする内藤武

◆本能的戦略?

試合前にレフェリーから「スポーツマンシップに則り正々堂々と戦うこと」を促されても、昭和時代はそんな悠長な試合ばかりではありませんでした。

昔からよく見られる、スリップやノックダウンにおいても、倒れた相手への蹴り込みは、相手の顔が足下にあり、絶対優勢な体勢であることから、性格良い選手でも本能的に蹴ってしまう選手は多かったでしょう。

“流れの中” と判断されて蹴られた側がそのままノックダウン扱いや、KO負けに繋がることは多く、昭和の新格闘術で活躍した内藤武さんも“流れの中”を拡大解釈しているかのように、倒れた相手に襲い掛かろうとすること多く、ある試合では、あまりにもタイミングがズレて乗っ掛かり、そのセコさに苦笑いも起こりました。

内藤武さんと対戦ある翼五郎さんは、プロレス好きの変則タイプ。縺れて倒れた際、相手に足四の字固めを掛けようとしたり、プロレス的投げ技を使った確信犯。その翼五郎さんは、伝説のチャンピオン藤原敏男さんとの対戦で、クリンチの際、藤原さんの両足の甲を思いっ切り踏みつけましたが、藤原さんは呆れた苦笑い。さすがに殿堂チャンピオンにはプロレス殺法も遠慮がちで敵わず、翼五郎さんのKO負けでした。

平成初期頃の全日本キックボクシング連盟興行でのある試合のこと、一方(岩本道場の選手)がバランス崩して倒れた際、もう一方の選手(小国ジムの選手)のセコンドが、すかさず「蹴れ!」と言った途端、倒れている選手の顔面を蹴り込みました。喰らった側はダメージ深く立ち上がれず、結果は蹴った側の失格負け(蹴られた側の反則勝ち)。「蹴れ!」と言ったセコンドと、そのセコンドに後押しされた選手の蹴り。「あー、やっちゃった!」といった気まずい雰囲気の当事者達。反射的、本能的に出た言葉と動作。流れの中とは言い難い、間の空いた蹴りは明らかな反則でした。

偶然を装うヘッドバッティングは、プロボクシングでもキックボクシングでも起こり得る戦略でしょう。プロボクシングでは偶然を装うと言うよりは、死角でヒジ打ちも紛れさせることもタイ選手は上手くやる場合があります。また顔面とボディーの打ち分けの中で、一発だけローブローも打ってボディーブローに戻す、何も無かったフリ戦略も聞いたことありますが、それがキックボクシングでの似た展開で、まだ昭和の話でしたが、股間蹴りローブローからアゴへ右ストレート、ノックダウンとなった選手はKO負け。試合進行をスムーズに優先させ、陣営の抗議は覆らない展開もありました。

倒れた相手に襲いかかるのを阻止するレフェリー

縺れた両者に割って入るところが一緒に崩れ乗っ掛かってしまうレフェリー

◆現在の傾向は

上記のローブロー後の右ストレートでのノックダウンは、現在なら概ねノックダウンとは認められないでしょう。

倒れた相手への蹴り込みは、蹴られた側がダメージ深い為の、蹴った側の失格負けとなる場合が多いかと思います。

いずれも全ての団体や興行を観ていないので一概には言えませんが、現在はマナー的要素が考慮され、相手を侮辱する舌(ベロ)出し挑発、ラウンドが開始されてもマウスピース装着遅れでの遅延行為も反則と解釈される傾向が強くなりました。

反則とは規則に反する行為を指しますが、悪意ある行為だけを指すとは限らず、悪意の無い行為も起こります。偶然当たってしまう股間ローブローやバッティングもそんな流れでしょう。プロボクシングでは、ラウンド終了後のゴングに気付かず打ち込んでしまうパンチも、故意でなければ「偶然の反則」と裁定される場合もある模様。

昭和のレフェリーはボクシング式に倣った傾向があり、選手に触れること少なかったですが、現在のレフェリーは両選手に割って入るのが速い。倒れた相手を蹴り込む前に、割って入るか、蹴ろうとする選手を抑え込んでしまう素早さがあります。
その先駆けは創生期からレフェリングする、タイのウクリット・サラサスさんでしょう。昭和60年代にはプロボクシングのレフェリーへ転身しましたが、割って入る素早さで被弾する晩年ではありましたが、キックボクシング界では評判良いレフェリーでした。

選手の動きを厳しく見守るレフェリーの目

◆反則がもたらす影響

反則は格闘技には付き纏う問題で、感情的に熱くなり易いでしょう。些細な反則で注意の上、すぐの再開なら問題無いところ、故意による悪質さやダメージが深い場合、審議に入り、試合が長時間中断されることになれば、試合展開を狂わせてしまう恐れや、テレビ生中継では放送時間に間に合わない事態も起こり得ます。注目のカードが試合続行不可能による失格負けや無効試合となったらファンの失望や興行的損失は大きいでしょう。

近年の幼少期から始めたキックボクシングやムエタイで、大半は礼儀作法も行き届いている現在で、テクニックあるクリーンファイトが多い時代ですが、故意の反則でも偶然のアクシデントでも稀にでも起こるとすれば、その影響が後々に引き摺ることも有り得るので、今後もキックボクシングが公正健全な競技であるよう、スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦う展開が続いて欲しいものです。

試合前の注意を促すミスター椎名レフェリー(2023年7月16日)

※上記モノクロ画像のレフェリーはウクリット・サラサスさん。キックボクシングレフェリー時代、いずれも1983年当時

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」