この間、貴誌には日米統合問題について何回か寄稿させて頂いた。この11月にも見逃せない問題が起きている。すなわちNTT法廃止問題である。今回はこの問題を考えてみたい。
◆NTT法廃止問題
11月8日の読売新聞に「NTT法見直し 白熱」の記事があった。今、自民党内でNTT法廃止議論が白熱しているという。
この論議は、6月頃、前幹事長の甘利氏が増大する防衛費をどう解決するかの問題で、NTT株を売却して、これに当てるという案を提起したことに端を発する。
甘利氏は、自民党内にこれを討議するプロジェクトチーム(PT)を作り、議論を牽引している。その案では、時価評価で5兆円になるNTT株を20年間、毎年2500億円で売却して、それを軍事費に当てるとしている。これに軍事費倍増のための増税で不評を買う、岸田首相が飛びついた。
しかしNTT法では「NTT株の3分の1以上を国が保有する」となっており、この条項をなくさなければ売却できない。だからNTT法を廃止するということである。
NTT法廃止論者の狙いは、それに止まらない。読売新聞は、甘利PTが重要なポイントと見ているのが、NTTに対する「総務省の関与度合いの縮小」だと指摘する。
甘利氏は「監督官庁による規制は日本の競争力への規制に他ならない」と述べ、荻生田政調会長も「NTTが海外と勝負できる会社に成長する可能性を阻害したのがNTT法だ」とし、その旨、衆院予算委員会で質問し、岸田首相は「規制を抜本的に見直す必要がある」と答弁している。
NTT法は、84年に「日本電信電話公社」が民営化され「日本電信電話株式会社」(NTTはその略称)になった時、その公共性を保障するための規制を定めたものである。
そのために3条で、会社の使命として、①固定電話をユニバーサルサービスとして全国一律に提供する。②電話通信技術の普及を通じて公共の福祉に資する研究開発を行い、その成果を公表する、としており、NTTが公共性を守り、営業本位に走らないように、「取り締まり役の選任」や「事業計画」で総務相の認可を義務付けるなどの規定が明記されており、その中には「外資規制」もある。
NTT法廃止については情報誌『選択』(11月号)が「NTT法廃止という亡国」という記事を出している。それは「杜撰なロジック、大義のない議論」だとして、その亡国性を突いたものである。
また、この議論の過程で、甘利PTがNTTや携帯電話業者のKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの4社の意見を聞く場を設けたが、廃止を主張するNTTに対し、他の3社が廃止はNTTの巨大化許し「公正な競争」を阻害すると反対し、議論が「公正な競争」を論議になったことも「巧妙な『論点外し』」と指摘する。
ただ、『選択』誌は、「NTT法廃止には外資規制の重要問題もあるが、紙幅も尽きた」として、これが米国外資への売却という点を述べようとせず、結論も「将来、ユニバーサルサービスが失われ、しかも通信インフラが中国資本に握られる・・・」などとと、中国が日本の情報インフラを握る危険性があるかのようになっている。
「米国隠し」は、日本マスコミの宿命とは言え、残念なことである。
◆米国への日本の統合を見てこそ浮き彫りになる問題の本質
『選択』誌が指摘するように、NTT法廃止議論は、「杜撰なロジック」「巧妙な『論点外し』で、物事の本質が見えにくい。しかし、この問題も米国が米中新冷戦での最前線に日本を立てるために、日本の全てを米国に統合するという政策との関係で見れば、その狙いと問題の重要性が浮き彫りになる。
それは米国が日本統合のために通信インフラまで掌握しようとしているということであり、甘利やそのPTメンバー、荻生田政調会長、岸田首相など自民党中枢は、それに応じてNTT法を廃止して、その株式を米国外資に売却しようとしているということである。
元々、甘利は、TPP(環太平洋貿易協定)交渉でデータ主権放棄を米国に約束した人物であり、TPP交渉の過程で「国境をまたぐデータの自由な流通の確保、国内でのデータ保存要求の禁止という原則」を受け入れている。そして2020年1月に、安倍政権は、それを「日米デジタル貿易協定」として締結し、自らデータ主権を放棄している。当時、トランプ大統領は、この締結について「4兆ドル相当の日本のデジタル市場を開放させた」と自身の成果を誇っている。
NTT法廃止問題は、データ主権放棄の更なる深化である。
今、データに関しては、これを集約利用するクラウドが重要になっている。それ故、岸田政権は6月の骨太方針で「国産クラウド」育成の方針を打ち出した。それはデータを米国に握られる危険性を承知している日本経済界の要望を入れたものだろう。今、日本のクラウド市場では米国3社が60-70%のシェアを占める。その危険性は日本の大企業も充分承知しており、日本製のプラットフォームやシステムを採用している企業や地方自治体も多い。
「国産クラウド」が言われた時点では、マスコミなども、「日本勢の健闘が期待される」などと言っていた。そこで期待されたのは、NEC、富士通、そしてNTTであった。その中でも、かつて公社であり、NTTドコモなど高い技術力を持つNTTであった。
まさにNTT法廃止は、このNTTの経営権を米国に売ることで、「国産クラウド」の芽を潰し、日本のデータを日本勢が管理する道を阻害するものになるということである。
それだけに止まらない、NTTは日本の通信インフラ(固定電話回線、光ファイバー回線、電柱、管轄、局庁舎など)を握っており、米国は、それまで掌握しようとしているということなのだ。通信インフラ自体を握れば、徹底して日本の情報(データ)を握ることができるし、今後起こりうる「反逆」も潰すことができる。
今、米国覇権は崩壊の度を増している。ガザでのイスラエルの虐殺蛮行を容認する米国への非難の声が世界的に高まり、日本が米中新冷戦の最前線に立たされ「新たな戦前」が言われる中で、米国一辺倒、米国覇権をあてにした生き方が本当に日本のためになるのか、それで日本はやっていけるのかという声が高まっている。
「これを何としても阻止し、反逆は許さない」、NTT法を廃止して、社会のデジタル化の基礎である通信インフラを掌握しようとする米国の意図はそこにある。
NTT法を廃止して、NTT株を米国外資に売るということは、それだけの重大性を持っている。そこに「亡国」の本質がある。
◆「公共性」を守り、国民の財産を守る
NTT法廃止問題は、公共性を維持保障するための規制を廃止するかどうかの問題である。
84年制定のNTT法は公共性に基づいている。電信電話という情報インフラは公共のものであり、それは国民の財産であり、国として守らなければならないという考え方である。
NTT法が、「固定電話によるユニバーサルサービス」や「研究開発」を義務づけたのもそのためである。
これに対し、NTTの現経営陣は、固定電話によるユニバーサルサービスが加入者の減少によって赤字になっていることや研究開発義務が外国企業との共同研究の足かせになっていると主張する。
それは、まさに日本の通信をGAFAMに委ね、日本独自の研究を止めて米国との共同開発を進めるという米国の下への日本の通信の統合のためのものだ。
彼らは、それを「NTT法は40年前の時代遅れの規定」として正当化する。
40年前、「JAPAN AS NO.1」と言われた日本の競争力を削ぐため、米国は、日本の国営企業を問題視し、3公社(日本国有鉄道、日本専売公社、日本電信電話公社)の民営化を要求してきた。
日本政府はその要求に応じて、日本電信電話公社を民営化したが、民営化されたNTTが営業本位に走り、公共性を放棄しないように、NTT法を制定したのであり、当時は、そうした考え方が健在であったのであり、「外資規制」も米国外資がNTTを買収する危険性を防止するためのものであったと見ることができよう。
NTTが所有管理している電柱、管轄、局舎などは加入者の使用料や国民の税金で作られたものであり、国民の財産である。
KDDI幹部の「民営化前に15兆円、現時価で40兆円の国民の資産を継承している責任は重い」、「許せば、NTTは過疎地や離島での固定電話サービスを止める」の指摘はもっともなことである。
これと関連して、イーロン・マスクが進めているグローバルな衛星通信網「スターリンク」との関係で、固定電話によるユニバーサルサービスなど時代遅れだとの論説が流れた際、総務省幹部が「馬鹿な わが国の緊急通報をイーロンマスクに委ねろというのか、スターリンクに低廉な料金やサービス維持の仕組みはない。明日やめるとマスクが言えば万事休すだ」と反論しているが、まったくその通りであろう。
公共とは皆のものということであり、NTTは国民皆のものである。それを米国外資に売却するなど許してはならないと思う。
岸田政権は、甘利PTの提案を受け、来年8月の国会に法案を提出したいとしている。
事は国民の財産を守るのか、米国に売り渡すのかの問題であり、甘利PTのような自民党内の狭い議論ではなく、国民的な議論にしなければならない。こうした議論の中で、「亡国」のNTT法廃止の法案を廃案にさせなければならないと切に思う。
◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105
▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。