◆試合前の重要事項
キックボクサー達の過酷な減量とトレーニングを経て、試合に臨む前に立ちはだかる計量。それともう一つ立ちはだかるのはドクターによる検診があります。健康診断的にキツイ、辛いものではないので不安材料が無い限り心配する選手は少ないでしょう。
プロボクシングでは前日計量時において、計量の前に検診が義務付けられています。検診をパスしないと計量器に乗れないのが規定です。キックボクシングでは主催者・団体によりますが、プロボクシングと同様か、計量は前日、検診は当日会場入り後と別々が多いと見受けられます。
主な診断は、心拍数、体温、血圧、瞳孔検査、問診など簡易的診察といった範疇でしょう。コロナ禍では簡易PCR検査も行われていましたが、現在はおそらく行なうところは少なく、平常に戻ったようです。
昭和や平成初期頃までのキックボクサーは、現在の一般人が熱中症に罹り易い暑さの中でもジムワークと減量をしていて、今でも一般人が入院するような環境でも体調を崩さず、あるジム会長は「現在でも普通の人が熱中症に掛かるほどの、ちょっと無理しても俺らの時代の者は問題無いよ!」と言うほど免疫ある頑丈な肉体が多いようです。
◆検診の幅
その昭和時代は、検診という時点でも試合出場可能とする許容範囲は広かったと考えられます。実際には高熱でドクターストップが掛かった選手もいましたが、例え高い数値が計測されても選手は上手く言い包め、「38度以上熱があっても、試合前に嘔吐するような状態でも試合をしたこともありました。」という例や、骨折していてもドクターに悟られないよう、無理して出場といった場合も多かったと言われます。
タイでは現在、ラジャダムナンスタジアムなど、法的に標準規定を満たしている厳格なスタジアムは朝計量前に検診があり、基本の身体測定の他、足の爪が伸びていれば、日本でも同様ながら注意されるようです。また夕方のスタジアム入りした際にも簡易的に検診があるようで朝夕の二重検診になっているようです。
これは計量後にも体調を崩してないかの検診で、薬物を盛られてないかの確認があるようです。計量後に何者かに薬を盛られて尿が止まらないといった事態や、意識朦朧となって倒れてしまう例もあるようです。
アメリカでは各州が義務付けるアスレチックコミッションの厳格な検診があり、身体測定の他、通常の検診に加え、眼科医による眼の精密検査、歯医者による歯の状態まで診られる様子で、これは他の原因で失った歯を試合のせいにして保険金を騙し取る手口があった為と言われます。アメリカでは訴訟の国と言われるほど弁護費用が安く、些細なことでも訴えると言われているだけのことはあるという感じです。
◆ドーピング検査は進まない
オリンピックでは必要不可欠となっているドーピング検査は、プロ競技ではなかなか難しい問題のようです。日本ではプロボクシング世界戦のみドーピング検査が行われていますが、以前は簡易的な検査で、日本においては2020年大晦日の井岡一翔選手の故意ではないながらも物議を醸す事態が発生したことは記憶に残るところでしょう。
まずキックボクシングにおいてドーピング検査実現に至らないのは、公的な分析機関に依頼するとなると費用が高額という点に尽きるでしょう。更には疑念を持たれる結果が出易い点。風邪薬などの市販薬でも陽性となる点は仕方無いとしても、種類によっては食品やサプリメントからも陽性が出るものがあるとなると、詳細に禁止薬物、食品を区分けしなくてはならない難しい問題となってしまいます。この基準が決定し難いと、故意ではなくても違反者が続出し、出場停止となったら小規模で運営される団体は、コロナ禍より興行数減少が起こり得るでしょう。
現状はダメージを軽減するとか、疲れない体質を保つなどの、覚せい剤などのよほど強い薬を使わなければ試合を優位に導く効果は薄く、反面、副作用も現れる身体への負担があります。これがどうしても勝たねばならない、多くの群衆に注目されるレベルの世界戦などの最高峰の戦いになれば「どんな手を使ってでも勝つ!」という発言も意味深になってきますが、勝ってもすぐビッグマッチへ繋がり難い細分化した団体の、ランカー以下の戦いでは、ドーピングする意味が無いと考えられ、「ドーピングしたとしても顎でも打たれたら倒れるだろうし、効き目が薄くてリスクが高いから現状では殆どやらないでしょう。」という意見は多いようです。
◆疾病と検査
1990年代前半から問われ始めたのがエイズ検査でした。更にB型肝炎の検査も注目され始め、近年ではこれらも検査が進んでいるようで、頭部のCTスキャンを含めた一つの例としては、ジャパンキックボクシング協会では年一度のライセンス更新時に検査を義務付けて、試合出場認可という診断書を受けている様子です。他団体等でも検査項目や手順は違っていても実施は進んでいる様子です(選手負担が一般的)。
一般的に報道されることが少なくなると感染者は減少したかに錯覚し易い、これらの疾病は幾らか感染報告はあるようで、今後も検査の重要性も増していくでしょう。
スポーツマンシップに反する薬物使用はやる奴はやるのでしょうが、違法薬物は長期に渡って精神をも蝕む恐れがあるので、最初から手を出さない方が賢明です。
禁止薬物と食品に及ぶ複雑さや検査すべき疾病も増えて来た現在、今何をすべきかは解らないにしても、他のメジャー競技の動向を参考としながらも、今後も新たな展開を注視したいものです。
▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」