◆呉市議会、共社両党以外は期待の声強く
防衛省は3月4日、2023年秋に閉鎖された日本製鉄所瀬戸内製鉄所呉地区=旧呉製鉄所の跡地を会社側から一括購入し、「複合防衛拠点」を整備する案を広島県と呉市に説明しました。3月11日には呉市議会全員協議会でその案を説明しました。
防衛省は、
▼装備品(=武器など=)の維持整備、製造基盤
▼防災拠点と陸海部隊の活動基盤
▼港湾機能
の3つを整備する方針を説明。
広島瀬戸内新聞のA記者によると、「協議会は約1時間で会派順に質疑がありました。共産党2名と社民1名は防衛拠点に反対、あとの全会派の議員は賛成でした。「明るいニュース」、「率直に好意的」、「人や物が増える」、「経済プラス」、「経済波及」など、聞こえの良い言葉ばかりを並べておられました。(軍事施設を受け入れることへの)危機意識を全く持ち合わせてないことに衝撃でした」とのことです。
確かに、旧呉製鉄所の跡地は、何かに再利用しようとすれば、建物の解体などに10年はかかると言われています。地元でも、正直、利用方法に苦慮していたところです。それを、防衛省が一括購入してくれれば少なくとも面倒なことは考えなくていい。
しかし、それで本当に良いのでしょうか? 歴史を踏まえて、考える必要があるのではないでしょうか?
◆軍港として栄えた明治から敗戦まで
呉は、空軍がない時代に、敵の船が入りにくい守りやすい場所にありなおかつ大陸に近いということで若き日の東郷平八郎元帥が調査。軍港として選ばれ、鎮守府がおかれました。その後、呉は日清戦争、日露戦争と海軍の出撃拠点になりました。戦争のたびに街は拡大。その後、大正のワシントン軍縮会議や昭和初期のロンドン軍縮会議には軍縮により職工がリストラされるということも起きています。
しかし、1931年の満州事変で一挙に賑わいを呉は取り戻し、第二次世界大戦敗戦直前には人口が40万人に達し、広島市に肉薄したこともありました。
◆焼け野原になった「軍港・呉」、住民投票で「平和産業港湾都市」へ
しかし、第二次世界大戦末期の1945年6月から7月、数度の呉空襲で呉市は海軍工廠も市街地も焼け野原になりました。筆者ら広島瀬戸内新聞取材班が2023年10月16日に取材にうかがった佐藤康則さんは当時中3で動員されていた海軍工廠への空襲、2月25日に取材に伺った堀隆治さんは当時5歳で市街地の自宅で空襲に遭われています。
その後、建前はいわゆる旧軍港市転換法により、舞鶴、横須賀、佐世保とともに平和産業港湾都市として再出発することになります。後に高度成長を実現した総理となる池田勇人代議士の尽力も大きかった。軽武装で、経済成長優先。その路線を形作った法律でした。
同法は国有財産の市への移譲など、現代の特区に似た仕組みです。ただ、加計学園問題などで時の権力に恣意的に悪用された現代の特区とは違うのは住民投票を経たことです。憲法95条の規定により住民投票を各市で経て成立しました。呉市では以下の結果でした。
◆74年前の圧倒的民意を覆し、軍港都市に逆戻り
74年前に住民投票で呉市民の有権者の絶対多数の同意で、平和港湾都市に転換した呉。だが、防衛省の案は、いわば、旧海軍呉工廠を復活させるものです。軍港都市に呉を戻すということです。
「昭和~平成期」にも呉には海上自衛隊がありました。しかし、その自衛隊はあくまで、「専守防衛」の自衛隊です。それに付け加えて国際貢献とか、復興支援と称して、アフガニスタン戦争への後方支援での派兵などはありましたが、あくまで主たる任務は「専守防衛」です。
ところが、岸田総理のいわゆる「安保三文書」により、「敵基地攻撃も辞さない令和の自衛隊」になってしまいました。その大型拠点が来るとなれば、旧軍港市転換法の廃止が必要ではないでしょうか?それに伴う、住民投票が必要です。きわめてそれだけ大きな転換を市議会で説明しただけで通してよいのでしょうか?
◆メリット=経済効果の過大評価、リスク=台湾有事時の被害の過小評価は禁物
そもそも、戦前の海軍工廠ほどの雇用は現代の複合防衛拠点では望めないでしょう。戦前の海軍工廠は、それこそありとあらゆる工業製品を作っていてそこでの雇用もすごかった。しかし、現代の産業構造ではそういう効果は望めない。メリットを過大評価すべきではない。
その上で、この複合防衛拠点は、いわゆる台湾有事を口実とした岸田政権の大軍拡の一環であるということを押さえておく必要があります。従って、呉が「複合防衛拠点」となった場合のリスクを考えるべきです。例えば、「台湾有事」の際、「日本にも中華人民共和国がミサイル攻撃をしてくるかもしれない。」ということを理由に日本政府が中華人民共和国に敵基地攻撃をしてしまった場合どうなるか?
中華人民共和国は「日本による侵略」とこれをみなし、日本攻撃の口実とするでしょう。その場合には、呉も報復攻撃の対象になります。1945年の呉空襲の悲劇を繰り返すのは明らかです。
◆日台両者への米の援軍怪しく、選択肢は衝突回避のみ
その場合に、米軍が日本や台湾=中華民国に加勢してくれるかどうかは怪しいものがあります。そもそも、台湾有事とは、中国における国民党(蒋介石)軍vs共産党(毛沢東)軍のいわゆる国共内戦の延長です。あくまで中国の国内で平和的に解決すべき問題です。米国政府でさえも、法的には中華人民共和国(中国共産党)が中国を代表する唯一の政府である、としています。米国も中華民国(台湾)に対してはせいぜい、いわゆる台湾関係法により、武器を援助する程度のかかわり方しかしないのは明らかです。
白人国家のウクライナに対しても武器を支援するだけ、それも最近は尻込み気味なのに、アジア人のそれもアメリカが認めた国家ですらない台湾に対して軍隊を送ってまで防衛するなど現実にはない。ちょっと冷静に考えればわかることです。アメリカ軍はどうするかといえばヤバいと思ったら「避難」するのです。中華人民共和国としてもアメリカとは直接対決を避けるため、自衛隊基地に攻撃を絞るという手を取る可能性も高い。
日本の米軍基地を中国が攻撃するというのも、一部の台湾有事介入ノリノリの右派の方々のある種の「希望的観測」ではないのか?
実際に、沖縄の米軍基地にある米軍機は今や常駐ではなくローテーションで世界を回る方式になっており、いつでも逃げられる体制なのです。辺野古の問題はもちろん大事ですが、今、沖縄ではそれよりも、対中国戦争の自衛隊の攻撃能力の基地になる方が平和運動的にも大きな課題になっているそうです。
もちろん、中華人民共和国の経済も台湾(中華民国)産の半導体に大きく依存しており軍事的に勝っても大損害であり、戦争をわざわざ仕掛ける動機に乏しい。当の台湾の与党・民進党ですら露骨な独立を主張することは努めて抑制しています。怖いのは、行き違いからの偶発的衝突でしょう。
大体、台湾=中華民国だって、尖閣諸島の領有権を主張しています。日本が援軍を出したからと言って、台湾=中華民国が尖閣諸島領有権をあきらめてくれるとも思えません。その面でも、台湾有事で日本が中華人民共和国と闘うメリットはどこにもないのです。
とりあえず、日本としては、外交努力により衝突が起きないよう努力していくしかないのです。日本が戦闘に直接巻き込まれなくても、食料や半導体が止まればその時点で日本経済はアウトなのですから。
◆軍港復活よりは国営食料生産工場を!
呉の製鉄所跡地の活用策は、そもそも、民間企業は21世紀の産業構造では望めない。国の事業しかほぼ選択肢がないのは事実です。しかし、それが、旧軍港の復活であっていいのか? よくよく議論すべきです。
なお、もちろん、現実問題として、経済効果に期待する人々に対して、製鉄所の跡地利用の対案をお示しすることも、平和港湾都市である現状を維持したい市民にとり必要ではあります。
筆者個人としてはAI・ICTなど最新鋭の技術を活かした国営の食料生産工場はどうか?と思っています。すなわち、防衛省ではなく、農林水産省に買い取ってもらうのです。野菜工場や魚の養殖などを軸とすればどうでしょうか?
戦後、日本は、工業を増強しつつ農業を潰してきた。今、食料が、一時期よりは庶民にとっても手に入りにくくなっています。そもそも、戦争になったら戦闘に直接巻き込まれなくても食料不足で日本は詰みです。食料生産を復活させるというのも手ではないでしょうか?
▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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