どんなに社会の注目を集めた重大事件でも年月が経てば、人々の記憶から消えていく。1月9日に発生から11年を迎えた兵庫2女性殺害事件も例外ではない。

2005年1月、兵庫県相生市の無職・高柳和也(当時39)は自宅で交際していた女性A子さん(同23)とその友人・B子さん(同23)を相次いでハンマーで殴って殺害した。その挙句、被害者2人の死体をバラバラに解体し、海や山に遺棄。そんな凶悪事件は、被害者の家族の訴えをないがしろにした警察の怠慢な対応などもあり、当時、社会の耳目を集めた。

今も高柳が収容されている大阪拘置所

だが、2013年11月に高柳が最高裁に上告を棄却され、死刑判決が確定すると、この重大事件もマスコミで取り上げられることはほとんどなくなった。そのため、関係者や地元の人以外で、今もこの事件を記憶している人はそう多くないだろう。

しかし実を言うと、この事件には、ある重大な謎が残されている。それは、殺害現場となった高柳の自宅の「便所」をめぐる謎である。

◆“くみとり便所”を強調した弁護側

「高柳さんの自宅は、“くみ取り便所”でした。高価な装飾品を置いていたわけでもありません。しかも、高柳さんはどもりがありました。A子さんは風俗嬢で、世の中の裏を知る人なのに、そんな高柳さんのことを会社を経営する資産家だと信じ続けたわけがありません」

2013年10月、最高裁第一小法廷で開かれた上告審の公判で、高柳の弁護人は書面の主張をそう読み上げた。“くみとり便所”という単語を読む時、声に力が込められたように感じた。では、なぜ裁判で便所が問題になったのかというと、こういうことだ。

一、二審判決によると、高柳は自分のことを資産家と偽ってA子さんと交際したため、金品を貢ぐ羽目になり、その挙句に金銭トラブルに陥ってA子さんを殺害。さらに居合わせたB子さんまで口封じのために殺害したとされた。

弁護側はこれに対し、実際にはA子さんは、自分を資産家だと称する高柳のウソを見抜いており、逆に暴力団の叔父の存在も利用して気弱な高柳に金品を貢がせていたのが真相だと主張した。それを裏付ける根拠として、高柳の家が「くみとり便所」だったとアピールしたのだ。

結果、最高裁は弁護側の主張を退け、「犯行の態様等につき不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の情をうかがうことはできない」(判決)と高柳の死刑を確定させたのだが――。

取材してみると、実は弁護側の主張は案外切り捨てがたいのだ。

◆どもりながら必死に訴えかけてきた被告人

自分なりに事件の真相を見極めるべく、筆者が大阪拘置所まで高柳の面会に訪ねたのは、最高裁の判決が出てからしばらくした時期だった。面会室に現れた高柳は、透明なアクリル板越しに必死に訴えかけてきた。

「家・・・・・・く、くみとり便所・・・・・・金持ち、思うはずない・・・・・・」

高柳は鑑定でIQが69しかないと判定されていた。どもりは予想以上にひどく、確かに資産家には見えがたい人物だった。仮に最高裁の判断が正しく、被害女性が高柳のことを資産家だと信じ続けていたという一、二審判決の認定が真実だとすれば、被害女性は一体、高柳の自宅が「くみとり便所」だったことや高柳のどもりをどう理解していたのだろうか。

判決確定から2年経った今も筆者は時折、この事件の真相に思いをめぐらせることがある。だが、被害女性たちはこの世になく、高柳も今は確定死刑囚ゆえに一般面会はできない。今さら真相に迫るのは現実的に難しく、謎は永遠に謎のままかもしれない。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

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