3ノックダウンルールがごく当たり前のキックボクシング。なぜこのルールが定着してしまったのでしょうね。このルールに於いて、1ラウンド中に青コーナー選手が2度ダウンし、その後ダブルノックダウンが起こりました。さてそこで、レフェリーはどういう対処をすべきと思いますか?
ちょっと前の3月9日に行われたREBELS興行での山口裕人(山口)vs中村広輝(赤雲會)戦で、第1ラウンドに中村広輝選手が2度ダウン後、ダブルノックダウン(両者ともダウン)が起きました。この試合は3ノックダウン制(1つのラウンド中に3度ダウンで自動的KO負け)でした。担当した山根正美レフェリーによると「以前から想定していた事態が起こりましたが、その対処を冷静に行ないました」という回答でした。
ダブルノックダウンというのは、プロボクシングに於いてもごく稀に起こる現象です。滅多に無いにしても、いつ起きてもおかしくない“打ち合い”は常にあります。
◆1988年9月、須田康徳(市原)vs長浜勇(市原)戦の場合
キックボクシングで過去実際に、一方が2度ダウンの後、ダブルノックダウンという稀な事態が起きたのは1988年(昭和63年)9月の須田康徳(市原)vs長浜勇(市原)戦でした。1ラウンドに長浜選手が2度ダウンし、その後ダブルノックダウンが起こりました。レフェリーのリー・チャンゴン(李昌坤)氏はそこで3ノックダウン目となる長浜選手をストップ。須田選手のKO勝ちを宣告しました。後にこの裁定についてリー・チャンゴン氏に聞いてみましたが、3ノックダウンを優先するルールだったという当時のMA日本キック連盟でした。
そして更なる後に全日本キック連盟で当時審判部のサミー中村レフェリーにも、こんな場合の処置を聞きましたが、やはり3ノックダウンを優先するというものでした。
◆10カウントは“完全”アウト、3ノックダウンは“自動的”アウト
そこで違和感を覚えるのは、3度ダウンした側がすぐ立ち上がり、1度のみのダウンとなる側が失神し倒れたままでも、その倒れた側が勝者になるのか? という複雑な状態。
こうなると参考資料となるのが伝統あるJBCルールでした。まず、ルールブック同項目冒頭は「双方または一方が『3ノックダウン』に該当する場合もカウントする」という文言があり、「双方が立ち上がった場合、双方が3ノックダウンに該当する場合は引分け。一方が該当する場合はこの選手をKO負けとする」とあります(双方が倒れたままの場合、カウントアウトされ引分け)。補足説明の記載は無い為、1996年に更に煮詰めに当時のJBC役員に聞いたことがあります。
そして「一方だけが立ち上がる場合はどうするのか」という質問に、「3度目のダウンとなる側が立ち上がり、1度目のダウンになる側が倒れたままの場合、3度目のダウンになる側でもKO勝ちになる」という回答でした。
ここで見えてくるのが、「10カウントは“完全”アウト、3ノックダウンは“自動的”アウト」という重みの差。それでカウントが優先される意味になってきます。
ここ最近もJBCのある役員に再度質問しましたが、JBCルールは今年からフリーノックダウン制に変更されているので、旧ルールでのあくまで稀な例ですが、回答は同じで「こんな想定も試合役員会では何度も確認していました」というアクシデントに対処できるシミュレーションはされているというものでした。
あくまでプロボクシングの基本ルールで、実際にこんなパターンが起きても、レフェリーの権限で危険な状態にある方を止めることも考えられます。
◆何度ダウンしても試合を続行するフリーノックダウン制
前述の山口裕人vs中村広輝戦はここに挙げた例とは若干違いますが、山根正美レフェリーはダブルノックダウン後、カウントを取り、1度ダウンの山口選手が立ち上がりましたが、3度ダウンの中村選手が立ち上がれない状況で、カウント途中で試合を止めた形でした。山口選手が立ち上がった続行可能の時点で、中村選手の3ノックダウンのみが成立するので、その裁定になりますが、この場合の止め方を見た場合、厳密にはレフェリーストップになります。周囲は「3度ダウンだろ止めろ!」と叫ぶ声が多かったようです。
REBELSルールでしたが、立会人のWPMF日本支局長のウィラサクレック氏が、その裁定に異議はなく擁護されたようでした。
この以前からこういう場合の質問を、いろいろな関係者に聞いても、誰もが「3ノックダウン側の負け」と答えられました。それでも各団体のキックボクシング(ムエタイ)ルールではそう明確に決められているのであれば問題ないのですが、実際こんな細部まで決められたルールブックが無いのが現状でしょう。また、WBCムエタイルールの「試合5ラウンド全体を通じて5度のダウンでKO負け」ではより複雑な結果を残す可能性もあるので想定外の結末にならないよう注意して欲しいところです。
昔の日本キックボクシング協会系(TBS系)ではフリーノックダウン制で、何度ダウンしても続行していました。現在ではちょっと考えられない危険なKOもありましたが、幸い大きな事故は無く、対抗した当時の全日本キックボクシング協会では3ノックダウン制でした。後の低迷期に起こった分裂後、統合団体となった日本キックボクシング連盟で、旧日本系・旧全日本系のルール各項目の適切な部分を取り上げて作られたルールが完成し、3ノックダウン制が採用されました。
その後、分裂したどの団体でも新たにルール改革することはなく、元居た団体のルールをそのまま使い、3ノックダウン制を躊躇いなく起用するようになってしまったようです。
唯一フリーノックダウン制だったのは1987年(昭和62年)に短期間存在した日本ムエタイ連盟でしたが、真剣勝負ながら笑えるほど何度もダウンがあって、レフェリーに続いて観客も一斉にカウントに声を出していた試合もありましたが、当時では仕方ないながら、早めのストップを考慮しなければならない団体だったと思われます。
現在はキックでも最終権限はレフェリーにあるはずなので、危険な状態であればいつ止めても問題ないのですから、ややこしい事態が発生する前に、現在のJBCルールのように“フリーノックダウン制”でいいのではないかと思います。
◆最終権限はレフェリーにある
本場ムエタイでも明確な裁定があり、ここでも「最終権限はレフェリーにある」という解釈があり、JBCルールと同様に、どんな事態が発生しても対処できる解釈は存在し、確立したルールが出来上がっている競技であるということです。
日本でのキックルールは、裁く視点については試行錯誤を繰り返し改善されてきましたが、「こういう場合はどうなるの?」といった事態には細部まで明文化していない項目はまだまだあります。いざリング上で惑わない為にもそこまでこだわってルールブックを作り上げて欲しいものです。
仮に、効いて倒れるタイミングがズレた、“時間差ダブルノックダウン”が起きたら? ・・・想定外だと解答は難しいものです・・・!
[撮影・文]堀田春樹
※本稿で使われている画像はすべて、ダブルノックダウンが起きた試合とは無関係です。
▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」