イメージ画像。認定者と新チャンピオンが並ぶ認定式。一人では獲れない王座の重みを感じる瞬間

「チャンピオンベルトは誰のものか?」というテーマではすでに一度、本ブログ記事で掲載されていますが、今回のテーマは“王座”そのものです。

「またアヤラとやります!」
1998年8月、WBC世界バンタム級タイトルマッチ、辰吉丈一郎の2度目の防衛戦で、ポーリー・アヤラ(米国)との探り合いの序盤を優勢に進めつつ、アヤラがやや調子を上げた中盤、偶然のバッティングで辰吉が試合続行不可能となり、負傷判定勝利となった不完全燃焼での終了の不甲斐なさに号泣し、マイクでアピール。次戦にアヤラとの再戦を希望したことにちょっとの疑問符が付きました。テレビで観たファンも「次もアヤラとやるんだってね、やっぱりはっきり決着つけないとね」と、辰吉のアピールを信じているかのような声もありました。

T-98(=今村卓也)WBCムエタイ日本ウェルター級タイトルを獲得、苦難もあったが、ここから始まったムエタイ王座ロード(2014.2.16)

今やプロボクシングの世界戦の常識的ルールも、お金の絡む交渉次第で指名試合を回避できたり、WBAではスーパーチャンピオンも暫定チャンピオンも同時に存在する、チャンピオンの定義も崩れた状況にありますが、当時の主要4団体はまだその権威が保たれていた時代でした。タイトルマッチに勝利して得たチャンピオンベルト(一時的借り物とはいえ)と認定証はリング上で物理的に受け取れますが、王座も認定されている間は紛れもなく、その勝者のものです。

◆王座防衛戦はチャンピオン一人で決められるものではない

では、「チャンピオンが自由に防衛戦ができるか」と言ったら、それはチャンピオン一人で決められるものではありません。

チャンピオンの座はその選手本人が勝ち獲ったのものですが、その舞台を整えたのは認定組織やビジネス的にプロモーターのお仕事となってきます。

世界戦ではタイトルマッチのオプション契約上、興行権が前チャンピオン側にあるうちは、新チャンピオン側プロモーターは自由には扱えませんが、それを解消すれば(通常2試合分)ようやく興行権が渡ってきて、プロモーターの思惑で、挑戦権有資格者となるランカーの中から自由に挑戦者を選びつつ、またファンの期待を裏切らない好カードにもしなければならない冒険も必要になり、また定期的にやってくる最強の挑戦者(1位)との指名試合もクリアーしつつ、そういう制約された中で防衛を重ねていくことが実績を積み上げていくことになります。チャンピオン本人の意向も考慮されるでしょうが、勝つ限り(ドロー防衛も含め)終り無き防衛ロードは常にプロモーターの支配下にあることは否めません。

高野人母美も置かれる立場も理解して目が覚めたような記者会見(2016.5.27)撮影=小林俊之

1998年の辰吉丈一郎氏の場合は、次に控えていた指名試合が予定通り進められ、同年12月に指名挑戦者・ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)と3度目の防衛戦へ繋がります。もしポーリー・アヤラと再戦する場合は、このウィラポン戦を防衛しなければならず、リング上で「次もアヤラと」と言っても辰吉氏個人で決められるものではありませんでした。

◆高野人母美の引退撤回騒動

先日、プロボクシング女子の東洋太平洋スーパーバンタム級チャンピオン.高野人母美(協栄)が、所属する協栄ジムの金平会長が海外出張で不在中、無断で引退宣言しながら約1週間後に引退を撤回する騒動がありました。

「会長の居ぬ間に、新興格闘技で起こるような低次元な騒動をプロボクシングの伝統ある協栄ジムで起こすなよ」と思いましたが、仮にジム側に対し不服とする事情があっても、この場合も選手は会長を通さず引退宣言とか王座返上とか、対戦相手を決めるとか、何事も一人で決められる立場ではありません。

かつてキックボクシングで起こった例で、ある世界機構のチャンピオンがジムを脱会し、フリーとなって他の興行で防衛戦を計画しましたが、元所属のジムからクレームが入って王座は返上せざるを得なくなったという例がありました。事態が発生して初めて「王座は誰のもの?」と思ったファンや関係者がいましたが、この辺りはルールや常識が浸透していないキック業界の曖昧さがありました。

◆タイでの防衛戦を熱望するT-98(タクヤ)の想い

T-98(=今村卓也)vs アーウナーン・ギャットペーペー(タイ)、岡山で行われたWPMF世界ミドル級王座決定戦で判定勝利で王座奪取

また先日、6月1日の後楽園ホールで行われたREBELS興行でのムエタイ試合、タイ国ラジャダムナンスタジアム認定スーパーウェルター級タイトルマッチで、チャンピオン.ナーヴィー・イーグルムエタイ(タイ)に3-0の判定勝利で日本人5人目の殿堂ラジャダムナン王座を奪取したT-98(“タクヤ”と読む=本名.今村卓也/クロスポイント吉祥寺)も、「現地ラジャダムナンスタジアムで防衛してこそ本物」と宣言したようにタイでの防衛戦を希望していますが、確かに現地で防衛してこそ“快挙”と言えるでしょう。

新チャンピオンを抱えるクロスポイント吉祥寺ジムですが、ラジャダムナンスタジアムプロモートライセンスを持たなければ、同スタジアムでは興行を打てない現地のタイトルだけに、興行権は絶対的にタイ側プロモーターにあり、日本で防衛戦を行なう場合はタイ側プロモーターから興行権を譲り受ける形(売り興行)で、REBELSプロモーションと今村卓也選手と所属ジム陣営の意向も含めて検討されるでしょう。拘束が厳しくタイでやっても日本でやっても険しい防衛ロードですが、外国人(タイ側から見て)として新たな快挙を成し遂げてもらいたいものです。

ラジャダムナンスタジアムでチャンピオン獲得、防衛も果たしたのは初の外国人チャンピオン.ジョイシー・イングラムジム(ブラジル)、こんなチームワークで今村卓也(T-98)もジョイシーに続く快挙を成し遂げリング上で写真に収まることができるか(2015.6.28)(C)THAI TANIGUCHI SPORTS LIFE CO. LTD. 

◆チャンピオンの権利は自分だけではないことを自然と自覚する

「この重たいチャンピオンベルトは、自分ひとりの力で獲れたとは決して思っておりません・・・。」かつて1985年に、日本フェザー級チャンピオンとなった鹿島龍(目黒)がマイクで語った言葉の一部ですが、この後、連盟代表、ジム会長、コーチ各関係者へ感謝を述べ、すべてのチャンピオンは同じように心から思うことでしょう。チームワークで王座奪取し防衛を目指すもので、そのチャンピオンの権利は自分だけではないことを自然と自覚するものです。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」