2002年に大阪市平野区で起きた母子殺害事件で、1度は死刑判決を受けながら逆転無罪を勝ち取った大阪刑務所の刑務官、森健充被告(59、現在は休職中)に対する大阪高裁の第2次控訴審が9月13日、結審した。判決は来年3月2日に宣告されるが、無罪判決が維持されるだろうというのが大方の見方だ。もっとも、そうなっても森被告は手放しで喜べないかもしれない。森被告はこの事件のこと以外でもう1つ、冤罪を訴えているからだ。
◆逆転無罪の経緯
事件の経緯は次のようなものである。
大阪市平野区でマンションの一室が全焼し、焼け跡から住人で主婦の森まゆみさん(当時28)と長男の瞳真(とうま)くん(同1)の遺体が見つかったのは2002年4月のこと。まゆみさんの首には、犬のリードが巻きつけられており、瞳真くんは浴槽の水に服を着たままの姿で浮かんでいたという。そして事件の7カ月後、大阪府警が殺人の容疑で逮捕したのが、まゆみさんの義父である森被告だった
森被告は一貫して無実を主張。裁判は第1審が無期懲役、第2審が死刑という結果になりながら、最高裁が審理を差し戻した大阪地裁の第2次第1審で逆転無罪判決が宣告されるという劇的な展開を辿った。これを検察が不服として控訴し、現在は第2次控訴審が行われているわけである。
もっとも、元々物証が乏しかったうえ、第2次控訴審で検察側が「最後の抵抗」として行ったDNA鑑定では、むしろ森被告の無実を裏づけるような結果が示された。凶器である犬のリードや、2人の被害者の着衣が徹底的に調べられたにも関わらず、森被告のDNA型が一切検出されなかったのである。
それゆえに、第2次控訴審では無罪判決が維持される公算が高いとみられているのだが、では、森被告が訴えている「もう1つの冤罪」とは何なのか。それは、事件前に被害者のまゆみさんに行っていたとされる「求愛」や「性的な接触」に関することである。
◆「求愛」や「性的な接触」は本当にあったのか
そもそも、この事件で森被告が警察に疑われた理由は、事件前にまゆみさん夫婦との間で人間関係の問題が生じていたことだった。
まず、森被告は事件当時、妻の連れ子である「まゆみさんの夫」と非常に仲が悪かった。森被告がまゆみさんの夫の金銭問題の尻拭いで大変な目に遭っていたにも関わらず、まゆみさんの夫が不義理な態度をとり続けていたことなどが原因だ。それに加え、まゆみさんは事件前、義理の母である森被告の妻に対し、次のようなことを訴えていたのである。
「一緒に古新聞を運んでいる際に、エレベーターの中でお義父さんに抱きつかれた」
「キッチンでいきなり、お義父さんに首にキスされた」
「お義父さんに『まゆみのことが好きや』と言われたり、無理やり手を引っ張られて、勃起した部分を触らせられたりした。また、自分はセックスが上手であるという話をされ、『一回試してみよう』と手を引っ張られたので、流し台のワゴンをつかんで抵抗した」
「お義父さんから、愛を告白する『あいこくめーる』が送られてきた」
まゆみさんのこうした訴えは第1審判決、控訴審判決共に事実と認めているのだが、審理を差し戻した最高裁判決や差し戻し審の無罪判決でも、これらの事実関係はとくに否定されていない。しかし、実を言うと森被告は、まゆみさんに対するこれらの行為についても事実関係を否定しているのである。
実際問題、森被告がこれらの行為をまゆみさんに行っていたと示す証拠は、亡くなったまゆみさんの証言以外には存在しない。そういう意味では、「もう1つの冤罪」である可能性も否定し難いところなのである。来年3月2日に宣告される第2次控訴審の判決では、この部分についても何らかの判断が示されて欲しいものである。
なお、私は現在発売中の「冤罪File」第26号で、検察側の「真犯人放置疑惑」についてもレポートしている。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。