今回からこちらのデジ鹿通信で主に原発とメディア、広告代理店とメディアの関係について記事を書かせて頂くことになった。本来なら一回目は原発広告の現状について書こうと思っていたのだが、原発プロパガンダと非常に密接な繋がりを持っている広告代理店、電通の不祥事が発覚したので、今回はそちらについて書いてみたい。
9月23日、電通は記者会見を開き、デジタル関係業務で不正請求が発覚し、対象企業は110社、不正に請求した金額は2億3千万円に上ることを明らかにした。
実はこの事件は先週あたりから海外のメディア(ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズ)などがWEBページに掲載し、業界関係者の間では話題になっていた。電通に頭が上がらない国内メディアはこれを黙殺していたが、遂に日経が書くに及んで(日経はFTを買収している)、急遽金曜の夕方に記者会見を開いたのだった。
さすがに会見の内容は大手メディアが報じているからそちらをご覧頂きたいが、驚くべきは、各社のタイトルであった。「電通、不適切請求(NHK)」「電通が不適切取引(朝日)」「不適切業務(産経)」「業界トップでなぜ不適切請求(毎日)」「電通、ネット広告対応で不備 不適切請求2.3億円(日経)」など、揃いも揃って「不正」という表現ではなく「不適切」という曖昧な表現に終始していたのだ。
◆「不正」と「不適切」では印象が全く違う
当然のことだが、不正と不適切では読者に与える印象が全く違う。不正は明らかに悪事だが、不適切ではまるでミスか何かのような印象を読者に与えてしまう。電通に広告費を握られている大手メディアの腰の引けっぷりには毎度のことだから驚かないが、実は記者会見場では記者たちが厳しく追及しており、電通の副社長が今回の事案を「発表では不適切としているが、不正といえば不正ですね」と自ら認めているのである。
ここで問題なのは、例えば毎日新聞は、金曜夜の配信では「電通、ネット広告不正 2.3億過大請求」としていたのに、翌日の朝刊紙面では「不適切請求」とトーンが落ちていた。
速報では正しいタイトルをつけるのに、一晩置くとほとんどが「不適切」とトーンを下げて表現してしまうところに、日本のメディアが抱える大きな問題が潜んでいる。つまり、速報は上層部のチェックが少ないのでそのものズバリで書けるが、翌日の朝刊紙面となると様々な角度(役員や部署)のチェックが入り、表現が弱くなってしまうということだ。
◆東芝巨額粉飾事件報道との類似点
そういえばこれによく似たことが、昨年大騒ぎとなった東芝の巨額粉飾事件でも起きた。明らかに売り上げをごまかし、株主に損害を与えていた粉飾事件を、大手メディアは「不適切会計」などと報じたのだ。その頃、朝日・毎日が「不正会計(決算)」、読売・日経が「不適切会計」、産経が「利益水増し問題」などと報じていたのはいまだ記憶に新しい。それぞれの社が色々と言い訳をしていたが、これなどは東芝の莫大な広告費欲しさに記事の表現を自粛しているとしか思えない事例だった。
さすがに殺人や大規模事故クラスのアクシデントでは手加減出来ないが、一般消費者に直接的な被害をもたらさないレベルのものなら、広告費の多寡がメディアの追及の尺度を決めるのは事実だ。東芝は年間で数百億円を広告に使う大スポンサーであり、この粉飾事件で痛手を被って一時的に広告が減っても、必ず立ち直れる。
メディア各社はそう考え、東芝追及の表現を弱めた。そしてそのようにメディアに入れ知恵したのが、電通や博報堂の巨大広告代理店だったのだ。通常はそうやって企業不祥事の火消しにまわる電通自身が謝罪会見を開く羽目になったのだから、強烈な皮肉である。
◆トヨタでなければ電通は無視か誤魔化していた
このデジ鹿通信を読まれている方は殆どご存知だと思うが、中でも電通のメディアに対する統制力は強大であり、今回の報道でもその力が遺憾なく発揮されている。海外メディアでは、事件の発覚はトヨタが電通の請求に対し疑念を持ち、過去5年分の取引を精査して不正請求を見破ったことにある、とはっきり書いているが、そのことまで記事で言及したのは朝日と日経だけであった。
しかも記者会見でそのことを糾された電通の副社長は、「確かにその通りだが、できればそのことは書いて欲しくない」などと各社に対し「配慮を要求」、結果的に多くの社がそれに従う形となった。そういう要望を口にする電通の傲慢さも許し難いが、それに「配慮」し結果的に言うことを聞いてしまうメディアも心底情けない。
トヨタは常に日本の広告費ナンバーワンを争う超巨大スポンサーであり、さすがに電通といえどもその指摘を無視できなかった。これがトヨタ以外、例えば日本の広告費ベスト20位くらいに入るような大スポンサーでなければ、電通は指摘を完全に無視か誤魔化していただろう。日本最大の広告代理店の不祥事と、それを巡るメディアの姿勢はこの国の情報のあり方を考える上で非常に重要な要素をはらんでいるので、次回もこの事件について意見を述べてみたい。
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)、『原発広告』(亜紀書房2013年)、『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。