国でも人でも「仲が良い」ことにこしたことはない。お近く同志であれば尚更のことだ。日本政府はかつての「仮想敵国」であったロシアと何故か最近やけに仲が良さそうだ。
12月15日に山口県長門市で行われる安倍とプーチンの首脳会談を前に10月7日「1兆円超の対露経済協力」が発表された。この首脳会談で、安倍は歴史的な「日ロ平和条約」締結を結実させ、一気に歴史を残す名宰相に上り詰めようとの目論見があるらしい。外務省ロシア課は大わらわで交渉準備にあたっているそうだ。
◆借金大国が気前よく他国に「経済協力」する理由
平和条約締結に異論はない。しかし素朴な疑問だが、借金大国日本は、気前よく他国に「経済協力」をばら撒いていられる場合なのだろうか。安倍は外遊に出ては行く先々で勝手に気前よく「経済支援」を約束して帰ってくる。9月23日にはキューバを訪れロシア支援に比較すれば少額ではあるが14億円の無償資金協力を約束している。
高度成長期、日本のアジアを中心とする国々へのODAは、一見当該国への純然たる資金援助に見せかけて、実は現地で日本の総合商社やゼネコンがプロジェクトを請け負い、資金は再び日本に還流してそれが与党政治家への献金に繋がるという、誠に汚い還流の構造があった。
ロシアへの経済協力にしても伊藤忠をはじめとする総合商社が石油の共同採掘にあたることが報じられており、単なる「援助」というわけではなく、それなりの先行投資的な読みがあるのだろう。しかし対ロシアでは経済と無関係に未解決の問題がある。ご存知「北方領土」問題だ。国後・歯舞・色丹・択捉の4島を占有するロシアに対して日本政府はロシア(ソ連時代)から返還交渉を呼びかけてきたが、全く進展を見ていない。
◆「4島一括返還」の可能性などありえない現状
領土問題に私が口を突っ込むのはあまり気が進まないのだけれども、こと北方領土に関しては、大日本帝国が第二次世界大戦の終結を誤り、いたずらに引き伸ばしたために、生じたことは間違いない。仮に1944年に降伏していればロシアの対日参戦はなかったのである。外交判断能力を完全に失っていた当時の日本は「日ソ不可侵条約」にすがりつき、連合国との講和の橋渡しを暗にソ連に依頼するが一蹴され、欧州でドイツを叩き終えたソ連軍が大挙して当時の満州国境に集結しているのを知りながら、本土決戦(米国を中心とする連合国に上陸されても迎撃する)を本気で敢行するつもりであり、そのために首都を長野県に移す準備に取り掛かり、各家庭には竹槍が2本以上準備されていたという。そこへのソ連参戦だった。
正気の沙汰ではないが、一度勢いがつくと、理性など吹っ飛んでしまうのがこの国の重ねていた歴史であり、その悪癖は今日も抜けることがない。ことさら対立せよなどというつもりは微塵もない。しかしいくらなんでも「1兆円」の経済支援とは破格すぎはしないだろうか。それが北方領土返還のために何らかの呼び水になるのではないか、との期待が政権や外務省にはあるのだろうが、帝政ロシア時代からソ連を経て現在のロシアに至る歴史と日本の関係を振り返れば、「4島一括返還」の可能性などほとんどありえないことは確実だ。
◆エリツィンの時代とは違うプーチンのロシア
過去それが可能だった時代はあった。ソ連崩壊後の混乱期、「独立国家共同体」と呼ばれていた時期であれば外交攻勢により返還交渉のハードルは現在よりはるかに低かっただろう。当時は経済マフィアが国内で利権の奪い合いにしのぎを削り、KGBの職を解かれた人間が民間企業に入り込み相当荒っぽい商売が目に見える形で横行していた。ボリス・エリツィンがかろうじて剛腕で群雄を抑えていたけれども、国内の混乱は極まり切っていた。あの頃日本が「1兆円援助」をちらつかせれば「4島一括返還」は可能だったかもいれない。
しかし、不思議なことに当時の外務省はそのようなアクションを起こしていない。やがてロシアとして復活する帝国はソ連時代に比すれば外交的な影響は低下したかもしれないが、驚くべき短期間で国内の新体制整備を終え、今ではかつてのボルシェビキなどなかったように装いを変えている。しかし、ロシアの国歌として一時新しい曲が使われたものの、歌詞が変更されてはいるがソ連時代の曲に戻っている通り、この国の伝統的な外交やものの考え方は再び落ち着きを取り戻し、マスメディアが報道する以上に力を蓄えてきている。
そのロシアに「1兆円」の経済支援をするから平和条約を締結して北方領土を返してくれ、と頼んでも「うん」とは言わないだろう。かつては禁句だった「2島返還」がオプションとして堂々と語られるようになったが、それすら可能性は非常に低いと私は考えている。平和条約締結は可能だろう。だがその内容は初期の前提から大幅に後退し、「北方領土」返還の前提は骨抜きにされるか、大幅な変更を余儀なくされるに違いない。
◆日露首脳の格差会談
自身もKGB出身で柔道の有段者であるプーチンと、成蹊学園の小学校から大学までエレベーター式に上がった安倍では残念ながら頭の中身も回転も、肉体的な強靭さも比較にならない。「私は行政府の長だ」と言って憚らない総理大臣安倍とは対照的に、プーチンは自らの手でかなり危うい仕事を現場で経験している。安倍は神戸製鋼から政界に進んでも、本質的に「修羅場」をくぐったことのない人間だ。格が違う。
今回の首脳会談が行われる山口県長門市には安倍の本籍が置かれている。故郷に錦を飾りたい安倍の思惑はどこまで通用するだろうか。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。