以前取材した冤罪事件で、再審請求がなされたというニュースが舞い込んできた。
再審請求したのは、和歌山刑務所で服役中の西山美香さん(32)。西山さんは2003年、看護助手として働いていた湖東記念病院という滋賀県の病院で、意識不明で寝たきりだった男性患者(当時72)に装着された人工呼吸器のチューブを外して殺害したとして翌2004年に殺人容疑で逮捕・起訴された。

逮捕当時24歳だった西山さんは、裁判では無罪を求めて最高裁まで争ったが、2007年に懲役12年の判決が確定。その後、2010年に大津地裁に再審請求したが、翌2011年に棄却されたのち、大阪高裁への即時抗告、最高裁への特別抗告も相次いで棄却された。このほど大津地裁に対して行った再審請求は、2度目の再審請求ということになる。

この事件は、典型的な自白偏重の捜査が招いた冤罪だった。
医療の現場では、患者の人工呼吸器のチューブが外れたり、その際に鳴るべきアラームが鳴らないトラブルは珍しくない。そして、こうしたトラブルは、たとえ人工呼吸器に異常がなく、人工呼吸器を取り扱う医療者たちに過失がなくても起こりうることである。だが、この事件では、人工呼吸器のチューブが外れて患者が亡くなる事態が発生したのち、警察は当初から、当日に夜勤をしていた西山さんや同僚の看護師に疑いの目を向けた。患者の人工呼吸器のチューブが外れていたにも関わらず、彼女たちにアラームを聞き流すなどの過失があったと決めつけたのだ。そして、警察から業務上過失致死の疑いで1年以上も断続的に厳しく追及されるうち、西山さんは患者の人工呼吸器のチューブを外して殺害したと自白し、逮捕された。その後、公判で自白を撤回したが、捜査段階の自白を事実上唯一の根拠に有罪とされたのだ。

このような「自白だけで有罪」というのは冤罪の定番パターンだが、西山さんの場合、虚偽自白に陥った経緯が少々変わっている。というのも、西山さんは取り調べ中、担当刑事に怒鳴られるなどして恐怖を抱いていた一方で、この男性刑事に対し、「好意」も抱いてしまった。そのことが虚偽の自白をしてしまう一因になったのだ。

西山さんの公判証言や、彼女が筆者にくれた手紙によれば、コトの顛末はこうである。
西山さんは小さいころから人づき合いが苦手で、相手に同情してもらえば親しくなれるという考えから嘘をついてしまうことがよくあった。たとえば、「今の両親は本当の親ではない」とか「本当の親は亡くなり、その遺産で育ててもらっている」などという「すぐにばれる嘘」をつく癖があったという。そしてこの事件でも、取調べを担当した男性刑事が優しい言葉をかけてくれたことなどから好意を抱いてしまい、この刑事の気を引くために嘘の自白をしてしまったのだ。

というと、何か西山さんにもいくばくかの責任があるような印象を受ける人もいるかもしれない。しかし、西山さんの自白は内容に不自然な点が多い上、変遷も激しく、いくらでも嘘だと見抜けそうなものだった。しかも、西山さんによれば、取調べ中に自白を撤回しようとする都度、この担当刑事に「逃げるな」ときつい口調で迫られ、時には突き飛ばされたりもした。それに加え、好意を抱いていたこの刑事から「殺人でも死刑から無罪まである。執行猶予がつくこともあるし、保釈がきくこともある」「ワシに全部任せておいたら大丈夫」などという甘い言葉で揺さぶられながら、自供書を何通も書かされた。そのうちに西山さんは「否認しても無駄だ」という心境に追い込まれたという。

以上のことは取調べ室という密室で起こった出来事で、西山さんの言い分が事実か否かというと、結局は水掛け論にしかならないことである。しかし、事実関係に争いのない範囲でもこの刑事はとんでもないことをやっていた。この刑事は、西山さんの第一審の初公判の3日前、西山さんが勾留された滋賀刑務所を訪問。公判では否認に転じようとしていた西山さんに対し、「罪状認否で否認しても、それは本当の私の気持ちではありません」という上申書まで書かせていたのだ。

この刑事の行為により、西山さんは精神状態が不安定になり、初公判では罪状認否ができる状態ではなくなったのだが、被告人に自白を維持させるためにここまでえげつないことをやる刑事というのもさすがに珍しいだろう(西山さんはその後、第2回公判に持ち越された罪状認否で、自白を撤回して否認した)。

この刑事、山本誠氏は西山さんの第一審で証人出廷し、自分の取調べには何も問題はなかったと主張する証言に終始した。しかし、そのわずか3日後に別の窃盗事件の捜査中に無実の男性の頭をたたき、胸ぐらをつかんだ上、右足を2回蹴るなどの暴力をふるって虚偽の自白に追い込み、誤認逮捕を招く不祥事を起こしていたことも判明している。この時、山本氏は特別公務員暴行陵虐容疑で書類送検されたのち、起訴猶予処分になったが、数多くの余罪があることが疑われてしかるべき問題刑事だったということである。

西山さんの2度目の再審請求で実現されなければならないのは、まず何より、一日も早く西山さんに無罪判決が言い渡されることである。願わくはそれに加え、この冤罪を生んだ主犯格である山本誠氏が一体どんなことをしたのかも世間に広く知れ渡って欲しい。

(片岡健)

★写真は、西山さんの第一審初公判の3日前に「事件」が起きた滋賀刑務所。