今月29日から始まる東電OL殺害事件の再審をめぐり、無実を訴え続けてきたゴビンダ・プラサド・マイナリ氏に有利な事実がまた1つ新たに明らかになったようだ。今月10日から11日にかけ、各マスコミが一斉に報じたところによれば、殺害された被害女性の手の爪からゴビンダ氏とは別の第三者のDNAが検出され、このDNAの型が被害女性の体内に残っていた体液のものと一致したという。これにより、再審でも有罪を主張する方針だった東京高検がついに方針を変え、無罪判決を求めることを検討し始めたそうだ。

この事件については、すでに事件現場のアパート室内や被害女性の体からゴビンダ氏とは別の第三者の体液や陰毛が色々見つかっていることが繰り返し報じられてきた。もはや日本全国でゴビンダ氏をクロだと考えているのは検察庁だけではないかと思える状況だったが、その検察もここまで決定的な無罪証拠が出てきたことにより、ついに白旗をあげざるをえなくなったということだろう。

このニュースを見て、おめでたいことだと思う一方で、先日裁判を取材したある事件を思い出し、少々暗い気持ちになった。
その事件はマスコミでもわりとよく報じられていたので、記憶にとどめている人も多いだろう。2010年11月に山口県の下関市で、3人の小さな子供が留守番をしていたアパートの一室で早朝、まだ6歳の保育園児の末娘が何者かに殺害され、部屋に火までつけられた。そして半年後、殺害された女児の母親と以前交際していた湖山(本名・許)忠志氏という男性が逮捕され、当初から一貫して無実を訴えながら今年7月25日、山口地裁で懲役30年の判決(求刑は無期懲役)を言い渡された。しかし今もなお、無実を訴えて広島高裁に控訴しているというのが、この事件の概略である。

マスコミはあまり報じていないので知らない人も多いだろうが、実はこの事件も東電OL殺害事件同様、事件現場に被告人とは別の第三者の痕跡が多数残されていたことが山口地裁の裁判で明らかになっていた。
たとえば、DNA。被害女児の遺体は、現場アパートの建物の敷地内にある側溝で半裸状態で見つかったが、そのそばに落ちていた彼女のトレーナーからは湖山氏とは別の第三者のDNAが検出されていた。また、被害女児は、アパート室内に敷かれていた布団の上で絞殺されたとみられる状況だったが、その布団からも第三者のDNAが検出されていた。

それだけではない。現場アパートの室内では、多数の指紋や毛髪が採取されていたが、その中に被告人の湖山氏の指紋や毛髪は一切含まれていなかった。一方で、どこの誰だかわからない身元不明の第三者の指紋は4つ、同じく身元不明の第三者の毛髪は9本も含まれていたのだ。さらに言えば、上記の被害女児のトレーナーからも1本、身元不明の第三者の毛髪が採取されていたのである。

では、被告人とは別の真犯人が存在することを窺わせる事実がここまで揃いながら、なぜ有罪判決が出たのか? ひらたく言えば、現場アパートの室内にあった玩具や遺体のそばに落ちていたタバコの吸い殻から湖山氏のDNAが検出されたことが有罪の決め手とされたのだ。

しかし、湖山氏は事件以前、被害女児の母親とは内縁関係にあり、現場アパートにも行ったことがあった。つまり、現場アパートの室内や付近で湖山氏のDNAが見つかったとしても、そのこと自体は本来、犯人ではなかったとしても充分に説明がつくことだ。それは東電OL殺害事件において、街娼をしていた被害女性の「客」だったゴビンダ氏の使用済みコンドームが、被害女性の「仕事場」だった現場アパート室内で見つかってもそれだけではまったく有罪の裏づけにならないのと同じことである。

東電OL殺害事件では昨年来、ゴビンダ氏の無実を示す事実が次々明るみになっても悪あがきを続けてきた検察が世間から嘲笑されてきた。しかし、一方ではつい最近も証拠が似たような事件で、無実を訴え続けた被告人が懲役30年の判決を受けているわけだ。それがよりによって、裁判員裁判で裁かれた結果の判決だということが、何より筆者を複雑な気持ちにさせるのだ。

もちろん、違う2つの事件について、単純比較することはできない。しかし、この下関の事件は、事件現場で被告人・湖山氏とは別の第三者の痕跡が多数見つかっていることのみならず、湖山氏を犯人と考えると辻褄が合わない事実が公判で色々示されている。
控訴審が始まるのはまだまだ先になりそうだが、この事件については今後も機会あるごとに当欄でレポートしたいと思っている。

(片岡健)

★写真は、被害女児の遺体が見つかった現場アパート敷地内にある側溝。