今回は、ネット上で今ホットな話題となっている、消臭・芳香剤「ファブリーズ」と伊豆諸島の特産品「くさや」を対決させたCMが制作され、地元民から怒りを買っている、という件について書いてみたい。
◆くさやの臭いを「阿鼻叫喚の地獄」と称する感覚
私は未見だが、このCMは昨年からP&Gのサイトにはアップされていたらしい(現在は削除)。日刊ゲンダイの記事に拠れば、「くさや」だけのボックスと「くさや」と「ファブリーズ」が入ったボックスが用意され、CM出演者がにおいを嗅ぎ分けるという内容。「くさや」の匂いを嗅ぐシーンでは、出演者たちが顔を背けながら「えっ、スゴイ臭い」「何コレ」「くっさいですね」とその強烈な匂いを強調し「あまりの臭さに阿鼻叫喚の地獄と化すラボ内」という強烈なナレーションが流れる。
一方、ファブリーズが置かれたボックスに場面が変わると、「全然臭わない」「こんなに消えるんだ、スゴイ」と今度は全く変わって次々と称賛の声が上がる。「かくしてファブリーズはくさやのにおいに打ち勝つことができた。検証成功。ファブリーズの勝利」と締めくくられるという内容。
◆コンプライアンスに抜かりないはずの多国籍企業P&Gがなぜ?
これだけでもトンデモな内容だと分かるのだが、まず私が驚いたのは、これが「P&G」の作品だったことだ。同社は180カ国を超える国々で事業を展開、売上高も8兆円を超える世界最大の日用品メーカー。ファブリーズだけでなく、「アリエール」「パンパース」など数多くのブランドを有し、そのマーケティング力はMBAの授業などでも高く評価されているという。
もちろんコンプライアンスやガバナンスに関しても抜かりのない企業だ。広く様々な国で稼ぐ外資は、特にヘイトや国別の文化伝統への中傷などに敏感であり、企画段階で厳しくチェックされるから通常はこのような作品は作らない。それが今回、評判が良いからと言ってテレビCMも流しはじめたところ人目に止まり、騒動になったようだ。
◆固有の食文化への無神経な演出に唖然
まず内容的に言えば、くさやという日本古来の食品文化にファブリーズを掛け合わせるというその無神経な演出に唖然とする。たしかにくさやは強烈な匂いを発するが、それはその食品独特のものであり、匂いがあってもそれを作りたい、食したいという人々によって受け継がれてきた。つまり、その伝統を守り続けている人々が存在するのであり、今までファブリーズがCMで訴求してきたタバコ臭や汗の匂いなどとは根本的に異なる物である。
しかもくさやの匂いは、それを食べようと思わない人の前には通常絶対に表れない。要するに、もしブルーチーズやシュールストレミングに掛け合わせたらどうなったか、と考えると分かり易い。当然ながらその産地の生産者や愛好家から猛烈な批判や抗議を受けただろう。くさやの産地である八丈島の八丈町議会議員、岩崎由美氏の発言が全てを物語っている。
「漁師や生産者はもちろん、くさやを好きな人が見たらどう感じるか、ショックで悲しむのが分からないのか、それを考えずに作っているようにしか思えません。(中略)300年以上にわたって守り継いできた伝統食を、こんなくだらない演出で侮辱するのは許せない。地元の貴重な産業にどれだけの影響力を及ぼすか、想像できないのでしょうか。意図はなくても結果としておとしめています」
良識のある人間なら誰でも同じように考えるだろうし、こんなことになるのを予測できないのでは、CM制作者として失格である。また、P&Gは直ちに関係者に謝罪すべきだ。
◎[参考動画]ファブリーズvsくさや CM (チャンネル2 ワクワク2016年11月27日公開)
◆博報堂はなぜ、事前に問題をチェックできなかったのか?
実はこのCMの制作は博報堂だった。正確に言うと、P&Gの日本での窓口であるTBWAが博報堂と組んで受注し、MONSTERという制作会社がCMを制作した。2つ目の驚愕は、博報堂がこんな内容をチェックできなかったという点だ。
通常、CM制作の最終責任者はCD(クリエイティブ・ディレクター)だが、内容に法律的な問題(虚偽、中傷、いわれなき批判等)がないかどうかをチェックするのは営業の仕事だ。時には法務室などにも絵コンテをまわし、法務的側面から内容チェックをすることもある。クリエイティブは自由な発想が命だから様々な突拍子もない案を出してくるのが仕事で、時には無意識に今回のような伝統や生産者を侮辱するような内容を書いてくることがある。それを見つけ、問題になる前に修正するのが営業職に科せられた非常に重要な役目なのだ。
それがこのCMでは、結果的にノーチェックでパスしてしまっている。法務チェックをすれば、生産者に対する中傷や妨害に繋がる微妙な内容だということがすぐ分かったはずなのに、それを省略したのか。いやいや、あのP&Gが相手なのにそれも有り得ない。だとすれば、リスキーな内容であることを承知でP&GがOKしていたということになる。
◆「うなぎ少女」CMも博報堂だった
そういえば、うなぎを少女に擬人化して気味が悪い、性差別だと騒ぎになった鹿児島県志布志市の「うなぎ少女」CMも博報堂だった。あれももし私が担当営業なら絶対に通さないような、ハイリスクな内容だった。どうも最近、同社(営業)のCMチェック能力が落ちていると感じるのは、私だけだろうか。でも、これに関係する画像を消しまくっているのは手が早い。
そしてさらにもう一点。大手メディア、特にテレビ局はこの問題を全く報道していない。それはもちろん、P&Gが超巨大広告スポンサーであるからだ。電通はかなり叩かれたが、大きなスポンサーは批判できない、という不文律はいまだに健在である。
◎[参考動画]鹿児島県志布志市PR動画 「養って」( Commercial Japan2016年9月26日公開)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。