刑務所を中心とした本格的な「プリズンコンサート」を2000年から継続してきたPaix2(ペペ)が12月10日、千葉刑務所で400回目の偉業を達成した。
かねてよりPaix2の活動に共感し彼女らの著作『逢えたらいいな』を出版していた鹿砦社は、関係各氏のご協力を得て、今回記念すべき400回目の「プリズンコンサート」に密着取材の許可を得た。
12月9日、片山マネージャーがハンドルを握るワゴンに都内から同乗させて頂き、翌日の音響設備設定とリハーサルを行うべく、千葉刑務所に向かう。助手席にMegumiさん、運転席後ろの後部座席にManamiさんが座るのが定位置だそうだ。
よほどのことがない限り、片山マネージャーがハンドルを握るが、どうしても眠い時は運転をManamiさんに変わることもあるという。これまで全国すべての刑務所を訪れ、総走行距離は120万キロを超えるそうだ。重い機材の積載と長距離の走行で車の消耗も激しく、現在のワゴンは4台目だ。
Paix2が千葉刑務所で「プリズンコンサート」を行うのは今回で5回目だ。千葉刑務所の壁面が見えてくるとManamiさんが「あ!ここ」と小さく呟いた。「やはり現場に着くと気持ちが変化しますか」と伺うと「そうですね。やっぱり気持ちが入りますね」と笑みを浮かべる。正面入口にワゴンが到着すると、明治40年に建てられた煉瓦造りの中央の柵が開き敷地内に通された。
刑務官の方々が左右から「お疲れ様です」「よろしくお願いいたします」と声を掛けて来る。
Paix2が刑務所、法務省関係者の間では既に「特別な存在」と認知されていることが、正門での応対からも伺えた。とは言え、刑務所内に通信機器(携帯電話やパソコンなど)は持ち込めないので、全員が携帯電話を門衛所に預ける。
会場となる体育館近くに駐車したワゴンに、刑務官の方々が台車を次々に押しながらやって来る。ワゴンは4人乗って快適な広さがあったけれども、その後ろにはアンプ、スピーカー、ミキサーなどコンサートで使われるすべての機材が搭載されていた。しかもそれらは寸分の隙間もなく空間を残さずに詰め込まれているので、一見するとそのような大量の荷物が載せられているようには全く見えない。
片山マネージャー、Paix2のお二人は刑務官の方々の手助けを部分的に得ながらも、三人で設営を進めてゆく。物理的かつ技術的にも目配りしなければならない緻密な重労働を限られた時間でこなしてゆく。私も何かお手伝いをしたいと思ったが、彼女らの驚嘆すべき手際の良さと、緊張感に圧倒され、ついに声をかけることができなかった。
設営後は音あわせとリハーサルも行わなければならない。Paix2の活動が単に400回という数字以上に、いかに激烈なものであったのかを設営の場面からも痛感し、そのパッションに圧倒された。会場最後部に設けられたミキサーや調整機材が置かれた机の複雑な配線を終えると、片山マネージャーの合図でリハーサルが始まった。翌日のコンサートで演奏される楽曲の順番にそって、ギターやマイク、音響のバランスをステージ上の二人は短時間で手際よく確認してこの日の作業は終了した。
翌12月10日はホテルを7時半に出発だ。事前にテレビ朝日とフジテレビから取材の要請があり、テレビのクルーがホテルの入り口に控えている。彼女たちがホテルを出てワゴンに乗り込むシーンから撮影を始める。私を含めた関係者はタクシーに乗りワゴンの後を追う。15分ほどで千葉刑務所正門に到着した。
既に取材許可は下りているので、この日は千葉刑務所に用意していただいた控室に通される。コンサート前の意気込みや、この日にかける気持ちをテレビ取材陣は質問するが、Paix2のお二人は、特に400回という数字に大きな思い入れはない様だ。というのも実は400回目のコンサートというのは、正確な数字ではない。過去に何度も同じ日に2回、3回のコンサートをこなした経験が彼女たちにはある。しかし、同日に複数回のステージをこなしたものも「1回」としかカウントしていないので、正確にはコンサート自体の数は400回を大きく上回る。
通常のコンサートは1時間から1時間半だが、彼女たちはその中に全精力を注ぎこむので、2回、3回のステージをこなしたあとは、気を失いそうになるほど心身のエネルギーを使い果たしたという。また刑務所の講堂や体育館には、ほとんど冷暖設備がない。そこに多い時には1000名以上の受刑者の皆さんがぎっしり席を埋めるので、夏期は当然猛烈な暑さとなる。だからPaix2は7月から9月の間には受刑者の方の体調も考慮してコンサートを行うことは控えているという。
コンサート開始午前10時が近づいて来たので、Paix2をはじめわれわれ取材陣も控室から会場の体育館に移動する。刑務所の中は建物の出入り口が必ず施錠されているので、いくつもの開錠、施錠を繰り返し、ようやく体育館に到着する。天気は快晴だ。会場後ろの入り口から入場すると、すでに受刑者の方々が着席している。この日取材陣が撮影を許可されたのは、会場最後部からだけだった。
午前10時になると、刑務官の方が注意事項を口頭で伝え、ステージに降りていた幕が上がり1曲目『いのちの理由』からコンサートが始まった。
通常、刑務所の慰問やコンサートで、受刑者の方は曲のはじめと終わりの拍手以外は一切の動きを禁じられている。横を向いてもいけないし、肩より上に手を上げることも禁止されている。もちろん私語は一切禁止だ。ちなみにこの日も受刑者の方はコンサート開始の直前まで、全員目を閉じるように指示を受けていた。
1曲目が終わるとManamiさんが「皆さん!おはようございます!」と観客席に声をかける。観客席からも「おはようございます」と控えめな声が上がる。本来「こんにちは」であっても私語に該当するので、厳密には許されないのだが、Paix2は前述の通り千葉刑務所だけで5回、トータル400回以上の活動実績があるので「特別」に挨拶や手拍子が許されるのだ。
ちなみに千葉刑務所は初犯で懲役10年以上の受刑者の方が収容されている施設だ。無期懲役の方も収容されている。だから受刑者の方の中にはPaix2を見るのが5回目という方も少なくない。
Manamiさんは「ちょっと元気ないですね。もう一回。皆さん! おはようございます!」と再度観客席に声をかける。先ほどよりかなり大きな「おはようございます!」の声が上がる。受刑者の方の中には初めてPaix2のコンサートを聴く方も当然いるので「私語」についての特別扱いが受刑者の皆さんに認識されると、徐々に拍手や手拍子も大きくなる。
この日のコンサートでは合計9曲をPaix2は歌い上げ、大拍手の中で成功裏に記念すべき第400回目、節目のコンサートは幕を下ろした。終了後控室に戻ったPaix2のお二人に朝日新聞、毎日新聞と私が20分ほどインタビューを行い、次いで、テレビ朝日、フジテレビの順でインタビューが続いた。
その間受刑者の方が退場した体育館では、あの膨大なPAやミキサーなどの後片付けを、片山マネージャーがお一人で完了していた。改めてその体力と手際の良さに驚かされた。
私は12月9日の東京出発から10日コンサート終了後東京帰着まで同行させていただいた。2日間で普段は見られないPaix2の活動のすさまじさと、人柄に接することができた。そして実はコンサートの最中にハプニングが起こっていたことを帰路知ることになる。詳細は次回報告しよう。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。