若い頃に読んだ本は、内容を忘れていることが多いので、たまに読み返す。
手に取ったのは、ジョージ・オーウェルの『1984年』。読み終わってから、新訳が出ているのを知る。読んだのは、手元にあった新庄哲夫訳のものだ。
スターリンが君臨するソ連をモデルにした近未来の話なので、管理社会のあり方は、北朝鮮を思わせる。

村上春樹はこれを土台にして、逆に近過去を舞台にした『1Q84』を書いたわけだが、特定の主義主張による「精神的な囲い込み」に対抗しようとした、と執筆の動機を語っている。
共産圏をモデルにして1948年に書かれた小説にもかかわらず、『1984年』には現代日本を思わせる部分もある。
舞台になっているオセアニアという超大国の3つのスローガン「戦争は平和である」「自由は屈従である」「無知は力である」からして、まるで日本を裏で支える隠れたスローガンのようだ。

忌野清志郎が『言論の自由』で歌ったように、「本当の事なんか言えない、言えばつぶされる」のは、『1984年』のオセアニアでも同じだ。
『1984年』では、つぶされ方が詳しく書かれている。
管理されている情報に抗って真実を語ろうとした者は、肉体的な苦痛で屈せられた後は、社会に戻されて、それまでと同じような給与を得られるが、閑職に就かされる。

これは、最近起きた、一つの事件を思わせる。
福島第一原発事故は、津波が来る前に、地震で壊れていた。
そのように検証したテレビ番組のアナウンサーが、電車の中で、向かい合った女性のブラジャーの中に手を入れて胸を触ったという、強制わいせつの容疑で逮捕された。
用意された原稿を読むだけでなく、番組の内容にも深く関わるタイプのアナウンサーであった。

アナウンサーは罪を認め、不起訴となり、釈放となった。
テレビ局は、「不起訴になったが、職員としてふさわしくない行為」だとして、停職3ヶ月の処分にしたと発表した。
停職後の業務は決まっていないが、番組に出演させることはない、とのことだ。
彼のアナウンサー人生は終わり、元アナウンサーとなったのだ。

元アナウンサーは「被害者の方には心から謝罪したい」と罪を認めるコメントを、テレビ局の広報を通じて発表している。
当初は、「やっていない」と容疑を全面否認していたにも関わらず。

証拠は、被害にあったという女性の証言しかない。
彼が本当に痴漢をしたのかどうか、私たちには分からない。
だが不思議なのは、強制わいせつを行ったと自分で認めた社員への処分が、なぜ懲戒解雇ではなく、停職3ヶ月なのだろうか、ということだ。

解雇して世に放ったら、「本当のことを言う」という心配があるのではないか。
そう疑わざるを得ない、奇妙な結末だ。

(FY)