人手が足りないと言っては社員達も社長の業務に付き合わされるようになる。通常業務で手一杯なので、終電近くまで残業したり、土日も出勤しないととても時間が足りない。毎朝、五反田まで出社するのが億劫になってくる。オフィスのあるビルの9階に上るエレベーター内でボーっとしてしまい、気が付いたら1階に戻ってしまっていたことも。
「これが一発当たれば、楽な生活出来ますよ」
社員の給料より高い家賃のマンションに1人で暮らしている社長は、こんなことを繰り返し言っていた。自分大好きな社長は、自分がやりたいことのために他の人を巻き込むことを意に介さない。会社名「イーダ」も、自分の名前から取っている。
「夢見る少年だよね、社長は」
同僚の尚坂はため息混じりにボヤいた。誰も期待はしていなかったが、
「生活できりゃいいッスよ、俺は」
なんていう営業の堀口は、社長の絵空事にもソッスね、ソッスね、なんて適当に答えている。堀口は仕事も適当で、毎月〆の売上の数字がいつも間違っている。指摘してもソッスね、気をつけるッス、なんて具合だ。
小部はつい先日、大手SNS会社のレッドリーフ社を辞めたばかりで、現在ヒット中のゲームのプランナーらしい。レッドリーフと喧嘩して退社したらしく、パイプにはならない。
「レッドリーフでは役員に不満をブチ撒けてから辞めたんで。レッドリーフとの打ち合わせに僕は参加できないですよ。それに、以降5年この業界には再就職しないって、誓約書も書かされたんで」
社長は無類のゲーム好きなので、小部とは仕事の話よりゲームの話ばかりしている。ある日、出社してメールをチェックしたら、前夜遅い時間に、社長からメールを受信していた。
「神のようなひらめきがありました! 小部さんと話をしていまして、新しいゲームの構想が生まれました。早速開発に取り掛かりましょう。アイデアは殆ど固まっています。システムのプログラムは私がやりますので、意見をどんどん出してください」
社員一同、猛反対する。今やっている社長のゲーム開発のサポートで皆毎日遅くまで働いているのに、どこにそんな余裕があるのか。
想像以上に反対され、社長は提案をしぶしぶ取り下げる。小部自身は、既に開発中のゲームには消極的で、自分のアイデアのゲームを出したかったようだ。2つも開発に取り組めない、と社員に反対された社長は、現在進めている自分のゲームが最優先と思っている。意見にズレが出て、徐々に社長と小部は関係が悪くなってくる。小部は急に他社員とベタベタするようになり、私のところにも用もなくやってきては、どうでもいい話をしてくる。
「レッドリーフではいたずらばかりしてたんで。会社のエントランスに巨大スクリーンがあって、アーティスチックな模様がいつも映っているんですけど、それを社長の顔写真に変えたりとか。いやー怒られましたよ」
「辞めた原因はそれですか?」
「いやゲームの開発があまり好きじゃないんです」
ゲーム開発が嫌いで、何故モバイルゲームの開発、展開をしているレッドリーフにいたんだろう。
1年近くかけてようやく完成した社長のモバイルゲームは、全く売れなかった。星の数ほどゲームアプリが乱立しているというのに、簡単に売れるなら世の中不況になんてならない。大金を投じた大量のサーバー群は、少数のユーザーのためだけに稼動し、雀の涙ほどの利益しか生み出せないものとなった。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義寛・べっきよしひろ)