数ヶ月の間低空飛行の売上を見ていたある日、小部は舞台があるから、と言って10日ほどの休みを取る。劇団をやっているとかで、先日社内でチラシを配っていた。社長は小部を雇う際、舞台がある時は休暇を認めると約束していた。年に4回の舞台、つまり年4回の休暇があって、さらに他の社員よりよほどいい給料を貰っている。随分好待遇だ。
しかし小部は舞台が終わっても会社には戻ってこなかった。そのままバックレたのだ。社長の言う「すごい人物」は半年でいなくなり、彼が配ったチラシだけが残された。「新感覚喜劇『サラリーマンなんかごめんだ!』脚本・構成 虎部拳児」という字が躍っている。
さて小部に逃げられ、赤字ばかりが増えた。会社存続の危機に陥った社長は、知り合いのツテを頼ってセントラル社を紹介され、援助を受けることでとりあえずは落ち着いた。
とはいえ、堀口のようないい加減な奴ならともかく、まともな人間ならもう社長に見切りをつけるところだ。
「もうさ、この歳で転職ってシンドイわけよ。転職市場も冷え切ってるしさ。でも戸次君、早く次の仕事探しなさい。俺も探すから。イーダに長くいちゃいけないぞ」
焼酎を片手にグイグイ飲みながら尚坂は言う。酒を飲むとすぐ顔に出るのだが、元々浅黒い顔は赤くならず、黒褐色のようになる。普段は同僚に誘われても飲みには行かないのだが、この日は上手く断れず付き合う羽目になった。尚坂は酒を飲むと説教し始めるので、あまり一緒に飲みたくない。尤も正論を言っているので、
「まあ、私はいざとなりゃ派遣でも何でもいいと思っているんで。どうにかなりますよ」
と話を合わせると、
「派遣なんてなっちゃいけないよ。人生棒に振るようなもんだ。まあ俺はもう40過ぎだし、派遣も厳しいよ」
「尚坂さんはJAVAもFLASHも出来るんだし、いい会社いけるでしょう」
「それがねえ、今時俺ぐらいの開発者なんていくらでもいるんだよ。辞めた小部って奴さ、あれレッドリーフの社員って嘘だったんじゃないかって思うよ。そう言っておけば仕事見つけやすいから」
今となっては、小部がレッドリーフの社員だったことを証明するものは何もない。大体、成長著しいレッドリーフを辞めて、こんな末端の会社に来る物好きがいるだろうか。在籍していたとして、それこそ派遣か契約社員だったのではないか。
「バブルの時は良かったよ。仕事選び放題で、給料ももっとよくて」
そのツケを後の世代が払ってるんだ、と言いたかったが止めた。今は同じような境遇なのだから。
その日は酒に酔いながら終電に駆け込み、先行き不安な身の上を鬱々と考えていた。丁度1年前の、秋の終わりが近づいてきた頃のことだ。
(続く)
※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。
(戸次義寛・べっきよしひろ)