岩見隆夫『昭和の妖怪 岸信介』(2012年中央公論新社)

◆大政翼賛会化した日本政治

小池百合子の新党『希望の党』に民進党が「合流」することが決まった。憲法改正を正面から掲げる保守(実際は極右)二大政党制がこの選挙から本格的に始動する。憲法改正まで秒読みの段階に入った。

今日の政治状況を招来したのは様々な原因があろうが、ひとつ大きな理由をあげるとすれば、90年代の小選挙区導入をはじめとした一連の「政治改革」だろう。

小沢一郎が自らの権力拡大をねらって主導してきた小選挙区導入は、実際に投じられた票以上に過大な議席を与え、死票を大量に生み出すことになった。新聞赤旗によると、2014年の衆議院選挙を絶対得票率(全有権者の中での得票割合を示す、つまり実際に投票していない人も含めた全体の数字)でみると、自民党は比例代表選挙で16.99%、小選挙区で24.49%しか獲得していない。しかし、実際に獲得した議席は76%にも及ぶ。

小沢一郎や山口二郎等小選挙区導入を主導した者たちの罪は重い。しかし、ここでは小沢や山口より以前に小選挙区導入を唱えていた著名な人物の発言の紹介をしたい。「昭和の妖怪」こと岸信介だ。

中公文庫『岸信介証言録』(原彬久編)から長い引用になるが、今日の政治状況について示唆的だと思うのでそのまま引用する。強調は筆者による。

原彬久編『岸信介証言録』(2014年中央公論新社)

◆岸信介の小選挙区論

 私が「小選挙区」論を唱える一番大きな理由は、前にも出ましたが、それが党内における派閥解消につながるということです。これはどうしてもやらなきゃいかんですよ。いまの中選挙区では、同じ選挙区から同じ党の人間が立候補するという場面が多く出てくる。同じ党から同じ選挙区で複数の立候補者がお互いに闘って当選するためには、やはり同じ派閥というわけにはいかない。弟と私の場合は特別な関係だから別としても、普通やはりAという人物がある派閥に属していれば、Bは違う派閥から出て闘わなければいけなくなる。勢い、派閥と派閥の対立ということになるわけだ。もう一つ、中選挙区よりも小選挙区が優れている最大の理由は、野党を強くするための小選挙区であるということだ。
──(筆者註:原彬久) 野党を強くする……。
 うん。小選挙区は野党を強くしますよ。
── 野党を1党に収斂するということですね。
 そうです。いまの中選挙区では小党分立のおそれが非常にあるということです。日本の現状からすれば、社会党もいまのままでは天下を取ることは難しい。社会党の天下は、見当がつかんですよ。小選挙区にすれば確かに、以後二回ないし三回ぐらいの選挙では、自民党が圧倒的な勝利を得るでしょう。しかしね、徐々に社会党は力を得てきますよ。その理由はだね、自民党の候補者は全選挙区から出るとしても、社会党は全選挙区に1人ずつ立てるのは最初は無理だ。全選挙区に当てる候補者を社会党は持ちあわせていないと思うんだ。ところが、選挙ごとに候補者は増えますよ。社会党からどういう人間が立候補するかというと、自民党で公認されない連中がそこに流れて行きますよ。政党はやはり現役優先でいくだろうから、公認から漏れた若い人たちは野党へ行くわけだ。そうすると、社会党もその本質が変わるんです。労働組合の代表者ばかりということはなくなるよ。社会党も本当の国民政党になってしまうさ。そうすると二大政党というものが本当にできあがって、平和的、民主的に政権の授受が行なわれるわけだ。これは、何年後か分かりませんがね。ともかくいまのままでは、百年経っても二大政党制はできませんよ。
── いまの中選挙区制では、二大政党制はますます遠のいていきますね。
 亡くなった片山哲さんは、この私の説については非常に賛成しとったですよ。ただ片山さんは、それには条件が1つあるといっていた。つまり小選挙区になると、一、二回は圧倒的に自民党が勝つだろう。そのときに憲法改正をやってくれちゃ困る、とね。仮に自民党が三分の二の多数を取っても、憲法改正をやらないという約束をするなら俺は岸君の「小選挙区制」に賛成する、片山君はそういっていました。私にしてみれば、憲法改正はやらなければいかんと思うが、小選挙区制実施後の何回かの選挙においては、憲法改正はこれをやらないということがあってもいいと思うんだ。こんな話をして片山君と別れたことがありますがね。社会党のなかでも、いまの社会党が伸びていくためには小選挙区制を推し進めるほうがよいのだと考えている人が、私の知っている限りでも何人かいますよ。一番反対なのは公明党などではないかな。
── そうでしょうね。共産党だってこれには反対するでしょう。
 私は是非この小選挙区制を実現したいと思うんだがね。議会制民主政治を完成するために小選挙区制が生まれ、二大政党制が実現するというのが一番だ。そして自民党内における派閥解消にも役立つんですよ

◆「絶望」 漂う岸の妖気

小選挙区制度導入により、政権与党自民党の派閥解消がおこなわれ強権的な政治指導が可能になった。安倍内閣の特定秘密保護法から共謀罪に至る強行採決が端的にそれを示している。一方野党に関して言うと、公明党は生き残りをかけて自民党と癒着し、その補完勢力となることで影響力を確保した。社会党はより広い支持層を確保し政権交代を目指して民主党から民進党へ行きついたが、今回壊滅した。小選挙区導入で起こったことは日本政治全体の右傾化なのだ。

こうしてみると岸の望んだことは改憲を除き現実化したことになる。岸を退陣させた数十万の民衆はもういない。あるのは有田芳生など自称「リベラル」のたわごとだけだ。そもそも有田芳生は拉致問題で拉致議連の極右議員と一緒に平気で登壇していた人物だ。下のような反応になって当然と言える。「希望」などどこにもない。

 

安倍晋三が一方の岸にいて、その対岸には小池百合子、前原誠司、小沢一郎がいる。両岸から噴き出す妖気の中を我々はなすすべなく流されていく。岸信介の亡霊がそこにいる。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/333 3「高姿勢の岸内閣」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/334 3「退陣迫る」(映画社中日2015年11月17日公開)


◎[参考動画][昭和35年6月]中日ニュースNo/336 2「激動する八日間 安保新条約自然承認」(映画社中日2015年11月17日公開)

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて