ギリギリだ。フー。ミサはいい子だけど政治センスはゼロ。俺の党活動なんか理解出来るはずもない。もっともミサじゃなくても俺たちの党活動は非公然だから党員にしかその存在すら知られていない。公安も気づいていないはずだ。

わざわざ古めかしい「党」なんていう呼び方を提起したのは、小林だった。「そりゃないぜ」と一斉の反対に「古臭くて誰も使わないからいいんだよ。俺たちだって公然活動をするわけじゃないだろ。万が一公安に踏み込まれても、日共か中核の分派くらいにしか思われないさ」。この言い草には妙な説得力があった。

仲間たちは「党」、「党員」と苦笑いしながら呼ぶようになった。それだけじゃない。符牒や備品も敢えて古いものを選りすぐって使うようにした。水溶紙は常時持ち歩いているし、仲間の電話番号はすべて特殊な飛ばし(転送)を使っている。もちろん電話は偽名で購入したプリペイド携帯。ミリ、キリには細心の注意を払う。

政治局はもう全員が集まっている。

伊藤 また最後にお偉方の到着だ。

ヤス 嫌味言うなよ。定刻前だぜ。

山崎 ミサと会ってたんだろ?

ヤス ああ、部屋に来てた。選挙ボランティアやるんだってさ。

山本 ミサは本当に大丈夫だろうな?

ヤス その手の話は一切しないから大丈夫だよ。ミサの関心は、所詮プチブルレベルだから俺はオルグしない。

本多 今のうちに関係を綺麗にしておいた方がミサのためにはいいんじゃないか。

ヤス もう少し考えさせてくれ。それより時間がない。今日が最終打ち合わせになるかもしれないから、山崎、要点をまとめて話してくれ。

山崎 ああ。これまでの方針に大きな変更点はない。行動は10月22日、19時丁度だ。ブツの調達は順調だと考えてくれ。ルートがルートだから慎重に進めている。

伊藤 防衛省のFが日和ることは絶対にないんだな。

山崎 奴が死なない限り絶対といっていい。防衛省がどうしてFを割り出さないか。それを心配してるんだろ。

ヤス ああ。

山崎 Fの姻戚関係は複雑だ。俺も戸籍を見たが、あれじゃあ親父が誰かわからないよ。

本多 どういうことだ。

山崎 Fは戸籍上養子縁組で帰化したことになってるんだ。

伊藤 帰化? Fは日本国籍じゃなかったのか?

山崎 日本国籍さ。だが父親が父親だろ。あそこまでの有名人はそうはいない。父親は弁護士にこっそり「Fを一旦外国籍にして、それから縁戚の養子にしてくれ」と頼んでたんだ。絞首刑される直前にな。Fはまだ小学校に入る前さ。

ヤス だから姓が違うのか。

山崎 そういうわけだ。Fは父親の血だけじゃなくて、俺たちとは異質なルサンチマンを抱え込んでいる。だからわざわざ防衛大学に進学し、制服組を選んだ。そして俺たちのような人間との接触を待っていた、というわけだ。

本多 Fについてはわかった。先を続けてくれ。

山崎 饅頭の配給先は予定通りだ。担当は伊藤が渋谷と六本木、俺がお台場と汐留、本多が赤坂と永田町、本多の補佐に山本が付いてもらう。小林はバイクでその他4件に回ってもらう。本部待機及びサイバー担当は岡本だ。

山本 饅頭の効果はちゃんと確かめてあるんだよな。

山崎 ああ、既に理化学研究所とペンタゴンで確実な効果が確認されている。

山本 「されている」じゃないだろ。させたんだろ。

山崎 悪かった。山本の言うとおりだ。それぞれに潜り込ませた細胞に何度も臨床実験をさせて、効果は100%確認済だ。

本多 実験結果の詳細なデータは見られるか。

山崎 いまここにはない。だが間違いない。

伊藤 山崎、本多は物理の研究者だろ。だから確実な裏付けを見たいんだよ。俺もその気持ちは分かる。だが、山崎の計画指揮にこれまでは一点の落ち度もない。本多、ここは山崎を信用したらどうだ。

本多 仕方ないだろう。先に進めてくれ。

山崎 饅頭を届けたら、半径1キロには確実に効果が現れる。半径2キロの効果も50%以上の数値が確認されている。これが都心の地図なんだが、見てくれ。饅頭の届け先によっては半径2キロが重なってるだろ。つまり50+50のエリアで大手メディアはすべてカバーできる。

伊藤 理論上はそうだろうけど、風向きに影響されないのかい。

山崎 それもFがすべて防衛省で解析済みだ。大げさに言えば23区の中心部はすべて饅頭の影響を多かれ少なかれ受ける。

ヤス 首尾よくいけば「完全制圧もありうる」だろ、山崎。

山崎 そうだ。だがそこまで俺も楽観はしていない。で、重要なのが本部機能さ。

ヤス わかってる。でも、何度も言うぞ。俺はデジタルテクノロジーをまったく分からない男だ。そんな俺が指揮を執っていいのか。

本多 山崎がお前を選んだのには合理性がある。俺もこの人選には賛成だ。岡本は奴が言う通り理系音痴さ。ニュートン物理学の基礎も知らない。ましてやインターネットやハッキングの知識は皆無だ。だから適任なんだよ。作業をするのはコマンドだ。本部に必要なのはテクノロジーの知識じゃない。戦略と戦術だ。岡本はコマンドの作業を微塵も理解しないだろうよ。だから余計な心配もしないし、できない。ひたすら秒単位の即断に没頭できる。それが山崎の読みとみた。

山崎 さすが東大の博士課程。本多の説明に付け加えることはない。

伊藤 饅頭の受け渡しはいつだ。

山崎 22日15時にここだ。まだ現物は見せていないからイメージだけ知っといてもらった方がいいだろう。これをみんな見てくれ。

山本 外見は「もみじ饅頭」か(笑)

山崎 ああ、しかも老舗の「錦堂」だ。

伊藤 作戦のあと「錦堂」に迷惑かかるんじゃないか。俺は広島出身だからそんなことになったら里帰りできないぜ。

ヤス 伊藤さ、広島出身ってほんとかよ。有名なのは「にしき堂」だろ。「にしき」はひらがなが商標登録だぜ。何があろうと作戦後お前は堂々と帰郷すりゃあいいんだよ。もっとも政治も「にしき堂」も関係なく。カープ優勝で広島は浮かれてるから誰も気にはしないだろうけど。

山崎 饅頭は丁寧に梱包されて、金色の紐で結わえられている。ここが重要だ。よく聞いてくれ。結びは蝶々結びが二重だ。ごく軽く結んである。配達人は饅頭を置く際に、結び目を一回ほどかなきゃならない。その瞬間にオルゴールの「Over The Rainbow」がかすかな音で流れ出す。作動の合図だ。

伊藤 その手順は練習しとく必要があるよ、絶対。イメージだけじゃうまくいかない。

山崎 その通りだ。きょうは一人5個つづ饅頭の模型を用意してある。そう難しく考えないで、紐の端を5センチばかり引っ張るだけで緩い蝶々結びは解けるから、みんな試してみてくれ。

小林 山崎の手際よさには毎度恐れ入るよ。大企業に入ってたら今頃役員でもおかしくないよな。

山崎 小林、お前には俺の仕事を教えていなかったな。俺はお前の言う「大企業」、しかも、あの「四菱商事」の総務部長さ。

小林 う、嘘だろ! 「四菱商事」ってよりによって……。

山崎 理由は聞かないでくれ。でも事実なんだ。名刺をやろう。間違いないだろう。

小林 あ、ああ。でも平気なのかい。作戦に加わって。

山崎 平気? 馬鹿言わないでくれ。俺は晩稲田を出て迷うことなく「四菱商事」に入ったよ。出世も早かったと思う。それもこれもこの作戦のためさ。

ヤス コマンド手配は山崎に一任する。みんな、いよいよ俺たちが「虹をかけなおす」ときが来る。狼やサソリ、大地の牙を継承したとはとても言えんだろうが、今度は本当に虹をかけるんだ。

一同 異議なし!

末期帝国主義はマルクスの教科書通りに資本の寡占、労働力の収奪から、意識の収奪までを完成させようとしている。日本の政治はこのありさまだ。はっきりしているのは、我々はごく少数の極めて不利な状況に追い込まれている事実だ。言論では勝てない。武力(暴力)でも勝てない。この現実を直視することから「第二次虹作戦」が生まれたことはみんな知る通りだ。俺たちは非公然活動を行うが、複数の弁護士に確認したが、この作戦が成功したら俺たちを裁く法はない。だが失敗すれば逮捕は免れないだろう。

俺たちが生きてきた時代には、それなりの抵抗があった。しかし正視しなければならない。その抵抗は局地戦では勝利を獲得することはあっても、人民がこの国の権力を奪取した歴史はない。我々の作戦が成功すれば、この国初めての「無血革命政権」が成立する。しかしみんなも知る通り、これから生まれる政権はAIとITテクノロジーで奴らを洗脳する、「禁じ手」の革命と呼ばれても仕方がないだろう。それでも奴らの政治生命は数年持つはずだ。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

反動の波を押し返す力がわれわれには残念ながらない。奴らが非道を平然と進めるのなら、圧倒的少数であるわれわれは、ブルジョワが新たな資本の蓄積、または、戦争の兵器として開発した技術を先行して革命に導入する。見ろ、山崎、山本、伊藤、本多、小林、そして俺。この6人がまだどの国も公にしていない、「遺伝子交換」を敢行したから、深刻な意見の相違もなくたった6人で再び「虹」をかける手前まで来ているじゃないか。

「毒を食らわば皿まで」と吐き捨てた野合議員がいたよな。俺たちはその先を行っている。いわば6人は「アンドロイド」でもある。しかし、われわれには滾る血があるだろう。誰が見たって「遺伝子交換」で結ばれているとは見破られない個性もある。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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