本を持つ二本松氏

駐車違反をめぐる警官とのささいな口論から、男性は公務執行妨害で逮捕され19日間の勾留。妻は真実を明らかにするために目撃者探しに奔走する――。突然、「犯罪者」にでっち上げられた夫と無念を晴らそうとする妻が、国家賠償請求訴訟で真実を明らかにするまでの9年1か月のドキュメント。それが、拙著『不当逮捕―築地警察交通取締りの罠』(同時代社)である。

同書が発売開始になったのを機に、当事者である二本松進氏を迎えての講演会を12月16日14時から、東京都豊島区の雑司が谷地域文化創造館第2会議室で開催する。

共謀罪が施行され、警察権限が強大化されるなかで、一般市民が警察相手の国賠訴訟で勝訴した稀な事件の当事者である二本松氏に語ってもらう。この事件を通して、一般市民対権力(国・地方自治体)の構図になる国賠訴訟の実態と問題点を世に問うのが講演会の目的だ。交通取締りをめぐるささいな口論で起きた事件だから、車に乗る人なら「明日は我が身」と思っていただきたい。

◆「女性警察官に暴行し公務執行妨害」という捏造ストーリー

2007年10月11日、新宿で寿司店を経営する二本松進氏は、妻の運転で築地市場に仕入に来て帰ろうとしていた。すると車の前に立っていた髙𣘺眞智子巡査が「法定禁止エリアだ」と一言発した。

ドライバーが運転席に座りエンジンをかけて出発しようとしているのに、警察官は発車をうながすどころか、妨害したのである。築地市場周辺の路上には、仕入関係の車が多数駐車されており、運転手不在で長時間駐車されているのが日常である。いちいち取締をしていたら市場が機能を果たさなくなる。

実は、「法定禁止エリアだから早く移動してください」とか「違反だから切符告知します」と具体的に警察官が取り締まろうとしてのではなく、ただ一言「法定(駐車)禁止エリアだ!」と言っただけなのだ。
 
二本松氏は交通取締だと思い、「運転手も不在で長時間放置されている何台もの車をそのままにして、運転手が座ってエンジンをかけ出発しようとしている車を取り締まるなんておかしくない!?」と口論が始まったのである。

興奮状態に陥った髙𣘺巡査は「暴行を受けています!」と緊急通報してしまった。4~5分には、何台もの警察車両に乗った警察官が現場に駆けつけ、有無を言わさず二本松氏を逮捕。築地警察署に連行して19日間勾留し、起訴猶予処分となって釈放された。

起訴猶予とは、有罪だが起訴して裁判にかける必要はないという意味であり、前科はつかないが「前歴」はつく。

◆嘘のオンパレードのポリス・ストーリー

理不尽な警察官の対応に抗議して口論になっただけで、暴行も公務執行妨害も何も起きていない。しかし築地警察が急遽作成した供述調書はじめとする各種の文書では、二本松氏が車に乗って逃亡を図った、女性警官の胸を7~8回突いて暴行した、ドアで髙𣘺巡査の手を挟み負傷させたなど、完全に虚偽の内容だった。

現行犯人逮捕手続書などを見ると、二本松氏は暴行しただけでなく「あの程度の暴行で大騒ぎして警察は横暴だ! 逮捕できるならやってみろ! ふざけんじゃねえ!」と怒号したことになっている。まるでならず者だ

さらに、車と半開きのドアの間に入った髙𣘺巡査に対し、ドアの外側にいた二本松氏がドアを強く閉めて髙𣘺巡査の右手首を負傷させたなど警察は主張していた。しかしドアの内側に立っていたのは二本松氏だった。

釈放された二本松氏は法律の勉強に励み、2年後の2009年10月29日に東京都(警視庁)と国(検察庁・裁判所)を相手取って彼は国賠訴訟を起こした。2016年3月18日、東京地裁で二本松氏に240万円支払う判決が言い渡され勝訴。原告被告双方が控訴し、事件から9年1か月、2016年11月1日に東京高等裁判所で勝訴判決。この判決は確定している。

◆トカゲの尻尾切判決で警察・検察・裁判所の冤罪づくりはお咎めなし

判決で驚くのは、現場警察官の暴行に関する主張・証言を一切認めなかったこと。つまり最大の焦点であった暴行の有無に関しては、二本松氏側の完勝だったのだ。

しかし、現場警察官だけでは冤罪づくりは不可能であり、築地警察署捜査員、検察官、裁判官の存在がなければあり得ない。だから二本松氏は「トカゲの尻尾切判決」と言う。もっとも事実認定に於いて警察官の主張を全面的に否定した判決には驚いた、というのが筆者の率直な感想である。

当日の講演では、事件現場で何が起きたか詳細に語ってもらい、裁判になってからのポイントに言及してもらう。加えて、警察署、検察、裁判所の問題にも切り込み、国家賠償法そのものの不備や、国賠訴訟で権力側代理人になる「指定代理人」という重大問題についても問題提起する予定である。

■講演会「不当逮捕~築地警察交通取締りの罠」
講師:二本松進氏(寿司店経営者)
日時:12月16日(土)13:30開場、14:00開演、16:45終了
場所:雑司が谷地域文化創造館
京都豊島区雑司が谷3-1-7千登世橋教育文化センター内
資料代:500円
交通:「副都心線 雑司が谷駅」2番出口直結「JR山手線 目白駅」より徒歩10分

▼林 克明(はやし・まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)ほか。林克明twitter 

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