「金を振り込んでくれ」と親父から電話があって、「なんだよ。死んだんだからもういらないんじゃないの」と言ったら、「いやあ、天国でも、いろいろ金がかかるんだよ」と答える。マヌケでだらしなくふざけた親父だったが、悪人というわけではない。天国に行けたのか、と安心し「天国は円でいいのか、今は安くなっちゃってるけど」と訊いたところで目が覚めた。

命を授けてもらったんだから、親孝行はしなくてはいけない、とは思うが、いったいどこまでやったらいいんだろう? とは、よく考えたことだった。
父親は小さな建設会社を経営していたが、資金が足りなくなると用立てたり、どこからか金を借りる時の連帯保証人までならなくちゃいけなかったんだろうか?

会社を畳んで年老いてから、酔っぱらって階段から転げ落ちた時の入院保証金10万円も出した。
後期高齢者医療制度というのはいろいろ批判されたが、病気や怪我の時には、割と手厚く保護してくれるのだ。
後期高齢者の1ヶ月に払う医療費の上限は1万5千円で、それ以上かかったら払い戻してくれる。それを知ったのはずっと後のことで、余った金は親の懐に入ったままだ。

だから、死んだらもう終わりにしてほしい、というのが正直なところだった。
死ぬ時にも、なるべく金はかけたくなかった。あらかじめネットで調べて、最もリーズナブルな「火葬式」を選んであった。
検死のために父親の遺体が運ばれていった後、母と妹が「お経ぐらい上げてあげなくちゃ」「戒名が必要でしょう」などと言い出した。

つくづく、普段から様々なことを勉強しておくべきだと思う。
「戒名などというものは、坊主が儲けるために作り出したものだ」と私は主張した。
後から調べてもその通りだったのだが、説得するだけの知識を持ち合わせていなかった。
8年間オーストラリアで過ごして、シドニーの教会で結婚式を挙げた妹が、そんなことを言い出すとは思っていなかったので、不意打ちを受けて動転した。

「墓地のあるお寺に連絡したほうがいいんしゃないでしょうか」
妹の夫が、そう言い出した。リーズナブルな「火葬式」で、お経のオプション料金は5万円。お寺の僧侶に来てもらってお経を上げてもらっても、そのくらいのお布施でOKだという。
彼の父親は共産党員で、地方の市議会議員をやっていたが、仏式の葬式をあげて戒名ももらっている。

だんだん私は混乱してきた。というか、やはり、宗教についてきちんと考えていなかったのだ。
寺には墓地があり、土台まであって墓石がまだない、という状態だった。
そこには、生後1ヶ月で亡くなった、姉の遺骨が入っている。
葬儀や墓参りの習慣から、遺骨と霊を結びつける考えが、日本人には染みついている。私もそこから自由ではなかった。
亡くなった瞬間に霊は身体から離れるというのが仏教の考え方で、墓地なども作らず自然に還すのが本来なのだが。

墓地があるのだから、寺に連絡せざるをえないだろう、と私は思って電話した。
「亡くなったのね。じゃあ、戒名が必要だね。戒名が。お父さんは何が好きだったの?」
お悔やみの言葉もなく、お札を舐めるような声で、坊主は言った。
「お布施はいかほど差し上げたらよろしいのでしょうか」と訊く。
「それは、お気持ちで」と言われたら困るなと思ったが、「30万」という明快な答えが返ってくる。
「えっ」と息を呑むと、「本当は倍くらいなんだけど、サービスします」と付け加えた。「そうですか。それだけの金額は用意できないんで、またご連絡しますが、とりあえず火葬の時のお経はけっこうです」
「あっそ、焼くだけね。焼くだけね。焼くだけね。焼くだけね。焼くだけね」
坊主は、独特な抑揚を付けて、5回繰り返した。

(FY)

死よりも、法外な検死料にビックリ

夕焼けが空襲に見えた父

ピグマリオンとゴーレム

アメリカ好きから韓国好きになった、父

父と私に引かれた、38度線