「伊藤さん、2診へどうぞ」
猪飼剛先生は定刻の診察時間開始前に診療所に到着して、要領よく患者さんの診察をして下さる先生でした。若草診療所の午前の診療時開始は8時40分ですが、たいてい猪飼先生は8時30分前には診療所にやってきて(早い時には8時15分頃に)、待合室の患者さんの名前を呼んでくれました。猪飼先生は診療所に毎日のように勤務されていましたが、いつも診察室は2診で、1診には曜日ごとに別の先生が待機されていました。
午前診察終了時刻の12時過ぎでも、容体が悪い患者から電話で連絡が入ると、嫌がることなく「時間外でもいいから連れてきてください」とこころよく応じてくださいました。そのおかげで、のんびりしていたら生命にかかわる重篤な患者さんが、何人も救命されたことは、地元ではよく知られていました。報道で68歳と知りましたが、お世話になりだしたころから、下半身がしっかりしていてお元気な姿は、運動を欠かさない生活に秘訣があったのでしょう。
雪の激しい新潟県のスキー場で、猪飼先生がご子息と遭難され、亡くなってしまった。そうとは知らずにいつも通りに若草診療所へ受診に訪れていたわたしは、なぜだか表情のさえない受付の女性たちが気にはなっていましたが、まさかそんな惨事に猪飼先生が見舞われているとは知りませんでした。待合室の患者さんのなかには小声で「これからどないなるんやろうね」、「ここにしか通ってないから今さらほか行かれへん」と話す人もいたのですが、それが猪飼先生の遭難事故のことを意味するとは想像もできませんでした。
1月25日の若草診療所には、なんの貼り紙も掲示もなく、いつもよりちょっと少ない患者さんが普段通り待合室に集っていました。医療法人社団湖光会と建物には書かれていますが、長年お世話になった感覚からすると、若草診療所は猪飼先生と外科の先生だけが専任で、他の先生方は曜日によって診察を受け持つ先生です。診療所の経営にはかかわっていないように思えます。本当にこれからどうなるのかなと不安になります。
それよりも、つい最近まで元気毎日のように診察をこなしていた、猪飼先生が亡くなったことが、現実のようには思えません。昨年の12月は何度も診察や相談でお世話になり、いつも的確に「はい、ほな、そうしましょう。しばらくこの薬で様子見て、また効かんようやったら来てください」とお顔をあわしていましたが、事故にあわれたのが嘘のようです。報道によればお子さんと一緒に遭難されて亡くなったようですが、この地域のたくさんの人たちが、驚き、落胆し、猪飼先生のご逝去を悼んでいることでしょう。御不幸を知ってから猪飼先生が滋賀県の医師会会長であったことを知りました。たいそうご多忙な中で、毎日診察と医師会会長のお仕事をこなしておられたのでしょう。
もうだいぶ前になりますが、知人が入院手術をしなければならなくなり、猪飼先生にその病院の評価を伺いに行ったことがありました。「院長はあかん。あの人は金儲けしか考えてへんから。でもお医者さんはみなさん真面目な人ですよ。うん。だから心配せんでもええですわ」と、ある総合病院のことを教えて頂きました。アドバイスにしたがって、知人はその総合病院に入院し、無事回復しました。気さくで隠し立てしない性格は、看護師さんに厳しいこともあったかもしれません(あくまでも想像です)。
患者にしたら、具合の悪さをしっかり聞いていただけて、素早く柔軟な対応をしていただけるお医者さんでした。早すぎる、そしてお気の毒すぎるご不幸がくれぐれも残念です。これまで猛烈にお仕事をなさった猪飼先生、安らかにお休みください。
▼伊藤太郎(いとう・たろう)
◎[参考動画]新潟のスキー客親子捜索難航 2人と連絡つかず(ANNnewsCH2018年1月25日公開)
◎[参考動画]スキー場で心肺停止の男性2人発見 救助が難航(ANNnewsCH2018年1月26日公開)