冤罪が疑われている様々な事件で、今年は相次いで判決や決定が出る見通しだ。札幌刑務支所で服役している大越美和子さんが第2次再審請求中の恵庭OL殺害事件もその1つで、近く再審可否の決定が出る見通しだ。裁判の第一審の頃から冤罪を疑う声が多かったこの事件。私は4年半ほど前に現地を訪ねて取材し、関係現場を車で走って回ったことがある。
◆決め手となる証拠は無いに等しい状態だった
北海道恵庭市郊外の農道脇で女性の真っ黒げの焼死体が見つかったのは2000年3月中旬の朝だった。女性はほどなく千歳市の運送会社で働くAさん(当時24)と判明。同年5月、殺人などの容疑で逮捕されたのがAさんと同じ会社で働いていた大越さんだった。
大越さんが疑われたのは、以前交際していた会社の同僚男性がAさんと交際を始めていたことによる。警察は男女関係のもつれが殺人事件に発展したとみたわけだ。だが、大越さんは一貫して容疑を否認。そして裁判では、大越さんの犯行を否定する様々な事実が浮上した。
たとえば、現場では数々の足跡やタイヤ痕が見つかっていたが、大越さんのものは1つも見つかっていなかった。また、検察側は大越さんが自分の車の中でAさんの首を絞めて殺害したと主張したが、大越さんの車の中からAさんの指紋やDNA型、尿痕は一切採取されていなかった。決め手となる証拠が無いに等しい状態だったのだ。
しかし2002年3月、札幌地裁は大越さんに対し、懲役16年を宣告。その後も大越さんは無実を訴え続けたが、控訴、上告も退けられ、2006年に有罪が確定。2012年に申し立てた再審請求も実らず、現在も札幌刑務支所で服役を強いられている。
◆1時間ですべての犯行が行えるかというと……
私がそんな事件の現場を訪ねたのは、2013年の夏だった。私がこの時、関係現場を車で走ってみて感じたのは、大越さんを犯人だと考えるには「犯行に使える時間が少なすぎるのではないか」ということだった。
まず、大越さんとAさんは事件当日、午後9時30分ごろに一緒に会社を後にしている。その後、大越さんは夜11時30分頃に会社からそう遠くないガソリンスタンドに車で来店しているのが確認され、そのまま帰宅している。つまり、大越さんが犯人ならば、犯行をこの約2時間の間に終えたことになる。
しかし、会社から遺体発見現場までは約20キロの距離があり、地元の人間でないとわからないような場所のため、到着するまでに30分かそこらはかかった。遺体発見現場からガソリンスタンドまでも同様だ。とすると、仮に大越さんが犯人ならば、被害者を殺害したり、遺体を燃やしたりする犯行に使える時間は長くて1時間。一見、十分可能に思えなくもない時間だ。しかし、それ以前に人を殺したことがあるわけでもない20代の女性がそんなに手際よく、同僚の女性に対する殺害行為や死体損壊行為を完遂できるかと言うと、私は疑問を感じずにはいられなかった。
ガソリンスタンドに着いた時、大越さんの様子が何かおかしかったなどという話はない。さらにその後、大越さんは自宅近くのコンビニで買い物をしているが、その時の様子もごく普通だったようだ。大越さんは裁判で「あの日は退社後、恵庭市内の書店に行き、立ち読みなどをしていた。それからガソリンスタンドに行った」と主張しているが、その主張通りに行動したと考えたほうがしっくりくるように思われた。
◆現在は再審請求に追い風
現在札幌地裁で行われている第2次再審請求審では、弁護側が新たに示した東京医科大学の吉田謙一教授(法医学)の鑑定書により、Aさんが薬物中毒で亡くなった可能性が浮上。さらに主任弁護人の伊東秀子弁護士によると、弘前大学の伊藤昭彦教授(燃焼学)の鑑定により、Aさんの遺体が最初はうつ伏せの状態で燃やされ、鎮火後にひっくり返されて陰部も燃やされていたと判明し、これにより大越さんのアリバイが裏付けられたという。
「遺体をうつぶせで燃やせば、鎮火するまで遺体をひっくり返せませんが、鎮火までには20分以上かかります。大越さんは事件後、ガソリンスタンドに車で赴いていますが、遺体を燃やすのにそんな時間をかければ、ガソリンスタンドに入店した時間に間に合わないのです」
昨年10月には、日本弁護士連合会が大越さんの再審請求を支援する決定を出しており、現在は大越さんに追い風が吹いている状態だ。公正な判断を期待したい。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。