8月6日、本通信にわたしは明日8月9日「長崎の日」に対してずいぶん冷淡な記事を書いた。わたしは8月9日長崎の手触りを知らない。空気を知らない。どんな会話が交わされたのかも知らない。1945年8月6日の広島について、8月9日の長崎と比すれば桁違いの逸話を聞かされていた、例外的少数の感想とご理解いただければ幸いだ。

であるからといって、8月9日の重要性が1ミリも揺らぐものではない。今日中心となっている「プルトニウム型原爆」が投下されたのは、長崎が歴史上はじめてであったのだから(広島に投下されたのは「ウラン型原爆」である)。さらに我田引水を読者諸氏に強要すれば、長崎もわたしにとっては無縁な街ではない。

◆造船技術者だった祖父の長崎

わたしがなぜ、いま生命体として存在できているのか。その大きな理由の一つは、わたしの祖父が造船技術者で、徴兵されることがなかったことに由来する。生前祖父は「旧制高校時代の同級生はほとんど戦死した」と語っていたので、仮に祖父が造船技術者でなければ、祖父も中国戦線(もしくは他のアジア地域)に送り出され、戦死していた可能性が高いだろう。

祖父は1945年8月6日には広島にいた。が、その前の赴任地は長崎であった。戦況と会社都合で造船所のある場所を頻繁に転勤していたそうだ。祖父逝去後、長崎に居住していた頃、家族が住んでいた場所を訪れたことがある。軽自動車も通ることができない細い急勾配の斜面に、古くからの住宅が並んでいた。25年ほど前だが斜面の細い道を上っていると、宅配便を運んでいる馬とすれ違った。

高齢ながら健脚だった祖母が、周りの景色を記憶していて、かつての居住地にたどり着くことができた。いま(25年前)でも馬が運送に使われるような細道であるから、当然わたしの親族が暮らしていたころは、人力が主たる運搬手段だったのだろう。その場所は周りの古い建物と同一ではなく、空き地になっていた。

海からさほど遠くはないが海抜は100m近くあるだろう。空き地に育った雑木の間からは長崎市内が見渡せる。おそらく戦中からの建物と思われる住宅も多数見当たったので、その場所は原爆被害を直接には受けはしなかったと思われる。

◆愛国婦人会だった祖母の「反戦思想」

生前の祖母は、軍国主義真っただ中の時代を生きたとはいえ、かなり冷めた目で時代を見ていたようだった。「愛国婦人会」のタスキをかけて集合写真に写っている祖母は、おそらくは当時一言も口にしたことはなかったろうけれども、激烈と表現してよいほどの「反戦思想」の持ち主だった。

政治思想に明るいわけではないけれども、祖母の残した日記には、戦争中の有り様を思い返し、二度と戦争を起こしてはならないことを、何度も書き綴っていた。そして日本ファシズムの元凶が天皇制にあることを指摘し、「『君が代』に変えて国歌を提唱する」とし、日本の自然風景の豊かさを詠んだ独自の「国歌」試案までが綴られている。

「男は本当に喧嘩や戦争ばかりしたがるね」

生前祖母は嘆いていた。でも2018年8月9日、「喧嘩や戦争をしたい」とは明言しないまでも、戦争に向かおうとする勢力を選挙で支持する女性も少なくなくなった。かつては選挙権すら与えられなかった女性の中から、「八紘一宇」を称揚したり(三原じゅん子参議院議員)、死刑を13名執行したりする人間(上川陽子法相)が続出している。

男女同権は、「男権」の負の遺産を女性が引き継ぐことを指向したのではなかっただろうに、祖母が生きていればなにを語るだろうか。

◆今年は国連事務総長が初めて長崎訪問へ

そして「核兵器禁止条約」にどうして、2度の原爆を投下された、日本政府は参加しなかったのか。核保有国やNATO各国が嫌がるであろうことは理解できる。けれども明確な攻撃目標として非戦闘地域に「原子爆弾投下」を2回も受けた日本政府が参加しなければ、核廃絶に向けて世界が動き出せるのか。「ああ、また日本は米国追従だ」と世界中の4000を超える言語で日本の「不可思議さ」は呆れられていることだろう。

田上富久長崎市長は例年、祈念式典でまっとうなメッセージを発している。スピーチライターが広島と長崎で少しだけ細部を変え準備した原稿を、棒読みする安倍とは違い、踏み込んだ発言が世界から注目される。今年の8月9日は国連事務総長が初めて長崎を訪問するという。形式的にしろ、歓迎すべきことであろう。

あらためて、いまを生きる若者と、後世の人類、そしてすべての生物のために、核兵器、核発電は一刻も早く全廃するように、亡き祖母とともに、微力を承知で呼びかける。


◎[参考動画]2017年8月9日の長崎平和宣言 長崎平和祈念式典(yujiurano 2017/8/9公開)


◎[参考動画]Atomic bombing of Nagasaki (BBC Studios 2007/7/24公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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