平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆近所の家電量販店からの領収証

高齢者を狙った犯罪が後を絶ちません。詐欺や窃盗など、刑法に触れる犯罪は社会的に深刻な問題です。しかしそこまでいかない、普段の生活の中でちょっとした『ごまかし』によって、高齢者を騙して得をしようと企む人はたくさんいるようです。民江さん89歳にまつわるそんなエピソードです。

ちょうど二年前なので、まだ自分である程度身の回りのことをこなしていた頃のことです。「リビングの蛍光灯がつかなくなったんだけど、交換してもらって明るくなったわ」と嬉しそうに電話が掛かってきました。ゆっくり聞き直すと、昨夜電気がつかなくなったから、朝、近所の家電量販店に行き、先程お兄さんが来て交換してくれて、ありがとうと現金を支払って、お兄さんは帰ったということでした。

電気がつかない時に疑うのは、壁スイッチがOFFになっていることか、単なる蛍光灯の寿命のはずですが、なんとなくおかしい。「ところで何を交換してもらったの? 蛍光灯の管? まさか本体?」聞いても返事は曖昧です。「いくらだったの?」すると領収証を見ながら「35,000円よ」と。

つまりシーリングライト本体を交換したということです。民江さんにその時の様子を尋ねても、お兄さんが車に戻ってこれを持って来てくれたということ以外、詳細を聞き出すことはできません。

私は翌日民江さんの家へ行きました。なんと明るいのでしょう。6畳の居間は煌々としています。そして案の定、複雑なリモコンのどのボタンを押したらいいのかわからなくて今度は怒っています。

私は型番号を控えて家に戻り、製品について調べてから販売店に電話をし、事情を尋ねました。「お母様がLEDをご希望されましたので、そのような器具に取り換えさせていただきました」と。

それからやり取りをすること約30分。年配者には明るい方がいいから部屋の3倍である18畳用で、今後切れる心配のないLEDのシーリングライトに交換したという事がわかりました。そして販売店は蛍光灯を交換するだけで対処できたことを認めたのです。この件は、後日店舗へ行き、一番シンプルで使いやすいリモコンの付いた12畳用の商品に交換し、差額を返してもらうことで決着しました。

◆地銀のクレジット機能付きカード

次は半年ほど前の話です。民江さんから「○○銀行がお金をくれない! 私のお金なのに!」猛烈な勢いで電話が掛かってきました。カードが間違っていないか聞いても「お金が出てこない!」の一点張りです。たまたま居合わせた女性が電話を替わって現場の様子を教えてくださいました。日曜日なので行員さんは不在だし、非常用ボタンを押したためにSECOMが駆けつけて、とにかく大騒ぎになっているようです。私はすぐ家を出るので30分ほどで着くことを伝えて、急ぎ銀行へ向かいました。

到着すると、突っ立った若いSECOMのお兄さんに向かって民江さんが「こんな銀行!」と鬼の形相で怒鳴りつけ、横に女性が付き添ってくださっているという状況でした。まずその親切な女性にお詫びとお礼を申し上げました。それからカードを確認し、難なく希望の現金を引き出しましたが、民江さんの興奮はおさまりません。「もうこんな銀行には来ませんよ!」と大声で叫んでいます。現金を引き出す様子を離れて見守っていたSECOMのお兄さんにお礼を言い、民江さんを抱えるように車に乗せて家まで送りました。

さて、何故このような騒動になったのかということです。銀行のカードの図柄が以前使っていた物と違うことは、私にも一見してわかりました。紫色のそのカードは、クレジットカードとキャッシュカードが一体になっています。差込口に入れる時には、小さな文字を確認して矢印の向きに入れなくてはなりません。差し込む方向がわかりにくいのです。

私の知らない間に、民江さんはこの銀行でクレジット機能の付いたカードに変更をすることを勧められ、何もわからないまま了承して変更をしたということでしょう。

民江さんは昔から「クレジットカードで買い物するということは、借金をして買い物をするということだから、私は絶対にしません」と、クレジットカードを持つことすら拒否し続けてきた昭和一桁生まれです。この銀行は、もう数十年間も民江さんのメインバンクで、年金の振り込みを含めて日常的に利用し、最近では暗証番号を忘れたり印鑑を間違えたり、その都度お世話になっている地方銀行です。ですから民江さんの老化に気付いてくださっていたと思います。

その上でこのカードを勧めたのでしょうか。クレジットカードなんか使うわけがないじゃないですか。万が一落とした時はどうなりますか。サインレスでしょ。簡単にごまかすことができる高齢者を利用しようという人間の心理が働いていたのだと、私は思います。

余談ですが、この銀行は民江さんが端の破れた一万円札を持って交換のお願いに行った際、「ここではできませんので日銀に行ってください」と言ったそうです。90近いお婆さんにです。幸いすぐ傍の別の銀行に寄って交換してもらった民江さんが一枚上手でしたけど。

私達が気を配っていないと、本人が気付かないまま軽く騙され、結果高齢者はデメリットを被ることがあるのです。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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