埼玉愛犬家連続殺人事件といえば、90年代を代表する凶悪事件の1つだ。熊谷市を拠点に「アフリカケンネル」という屋号で犬猫の繁殖販売業を営んでいた関根元、風間博子の元夫婦が、犬の売買をめぐりトラブルになった客らを次々に殺害していたとされる。

関根は被害者たちに対し、犬の殺処分に使う劇薬を「栄養剤」と偽って飲ませており、この犯行手口により、暴力団幹部まで殺害していたという。

そんな事件の「内実」を世に広めたのは、志麻永幸という男だった。被害者たちの遺体の処分を手伝っていた「共犯者」である。

「ボディを透明にすればいい」

志麻が出所後、週刊新潮のインタビューで語ったところでは、関根はしばしばそう言っていたという。関根はその考えに基づき、被害者たちの遺体を包丁で細かく解体し、骨などは焼却したうえで灰を山や川に遺棄して徹底的に証拠隠滅しており、志麻はそれを手伝わされていたとのことだった。

志麻の告白は本になり、園子温監督がその本をモデルに映画「冷たい熱帯魚」を製作。この事件の残虐性や猟奇性は後年まで語り継がれることとなった。

主犯格とされる関根と風間は、2009年に最高裁で死刑確定。関根は2017年に東京拘置所で病死したが、風間は一貫して無実を訴え、現在も東京拘置所から再審(裁判のやり直し)を求め続けている。

◆愛想のいい「ゲンさん」

私がこの埼玉愛犬家連続殺人事件の関係現場を訪ねて回ったのは、2013年の夏だった。この時に印象深かったのは、関根や志麻が現場界隈の人たちに大変評判が良かったことだ。

熊谷市郊外にある「アフリカケンネル」の犬舎は、もう10数年も使用されずに放置され、ボロボロになっていたが、周辺にはまだ関根のことを知る女性が住んでいた。その女性は笑顔でこう振り返った。

「ゲンさんはいつも愛想のいい人だったんですよ。たまに犬舎の前で牛を一頭丸ごと包丁でさばいていて、問題になったことはありましたけど。犬のエサにするためだったみたいですね」

関根の犯行を知った今もなお、女性は関根のことを少しも悪く思っていないような話しぶりだった。マスコミ報道では、俳優の泉谷しげる似の武骨な風貌が印象的だった関根だが、普段はきっと、親しみやすいタイプだったのだろう。

ボロボロになっていたアフリカケンネルの犬舎

◆道で会えば挨拶してくる「志麻さん」

一方、志麻は、片品村という群馬県の山間部にある村で、旧国鉄から払い下げられた2両の廃貨車を住居にして暮らし、ブルドッグの繁殖販売をしていた人物だ。関根と志麻は、この家まで被害者の遺体を車で運んできて、風呂場で解体し、庭のドラム缶に入れて燃やしていたという。

この緑豊かな村にも志麻を知る人たちが暮らしていて、ある女性は懐かしそうにこう振り返った。

「志麻さんのお子さんは、うちの子と幼稚園が一緒だったんです。道で会えば挨拶してくる、明るい人で。だから、事件があった時は『え、あの志麻さんが!?』という感じだったんですよ」

この女性が口に手をあて、笑顔で話す様子からは、凶悪殺人に加担した志麻に対し、今も何ら恐怖感を抱いておらず、「保護者同士」という印象のままでいることが窺えた。

社会を震撼させた殺人事件の犯人たちも、普段はどこにでもいる「普通の人」。裏返せば、私たちの近所で暮らす普通の人たちの中にも、関根や志麻のような凶悪殺人事件の犯人が潜んでいても何らおかしくないのである。

志麻の家の跡地は畑になっていた

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

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