殺人事件や性犯罪事件では、被害者への配慮から「原因究明」がおざなりにされがちだ。たとえば、強姦殺人事件の被害女性がミニスカートをはいていた場合、そのことに触れただけでも、「悪いのはミニスカートをはいていた被害者ではなく、犯人だ!」とヒステリックに騒ぎ立てる人も少なくない。

もちろん、悪いのはあくまで犯人だが、仮にミニスカートをはいている女性が強姦被害に遭いやすいという傾向が統計データに現れていたなら、それを公表しないのもまた問題だろう。犯罪被害の発生防止につながる情報を封印するに等しいからだ。

そんな考えの私は、殺人事件を取材する時、この事件はどうにかして回避できなかったかと常に考える。しかし、被害者側の立場からでは、回避しようがない事件もやはり少なくない。2008年に起きた江東区マンション神隠し事件がまさにそうだった。

◆「性奴隷」獲得目的の凶行

東京都江東区のマンションで暮らしていた女性会社員(当時23)が帰宅後、忽然と失踪したのは2008年4月のこと。女性宅の玄関には少量の血が残されていたが、防犯カメラに女性が外出した形跡がなく、「神隠し」事件として騒がれた。

現場マンション。被害女性らは918号室、犯人の男は2つ隣の916号室で暮らしていた

捜査の結果、殺人などの容疑で検挙されたのは、2つ隣の部屋に住む派遣社員の男(当時33)だった。男は「性奴隷」獲得目的で、女性を襲って自室に拉致。だが、警察の捜査が始まったため、犯行の発覚を恐れて女性の首を包丁で刺して殺害してしまったのだ。そして遺体は細かく切り刻み、トイレやゴミ捨て場に捨てて処分していた。

事件後、平然と取材に答えていた男の異常性も話題になったものである。

◆現場でわかる被害女性の「安全性重視」の物件選び

私がこの事件の現場を訪ねたのは、2015年の秋だった。被害女性と犯人の男が暮らしていたマンションは、JR潮見駅から徒歩で5分程度の場所だった。

駅からマンションに向かう道中、暗い場所やひとけのない場所など、物騒に思える場所はまったくない。女性が暮らしていたマンションも正面玄関にオートロックが備えられており、セキュリティは悪くなさそうだった。

現場マンションは正面玄関にオートロックが備えられている

一般的に女性は男性に比べ、部屋を借りる際には「綺麗さ」を重視する傾向があるため、家賃との兼ね合いで駅から遠い場所で暮らしているケースも少なくない。しかし、この事件の被害女性の場合、安全性を重視した物件選びをしていたように思われた。しかも、一緒に姉も暮らしていたというから、まさかこんな事件に遭うとは夢にも思わなかったろう。

被害女性とその姉は、事件の前月にこのマンションに引っ越してきたと報じられている。マスコミ報道を見る限り、犯人の男も見た目はどこにでもいそうな普通の人物だけに、「危険な人物」と見抜くことは不可能だったろう。

親御さんとしても、姉妹が一緒に暮らしていた状態には安心感があったはずだ。それにも関わらず、娘がこのような悲劇に遭ってしまった気持ちは、第三者が想像できる範囲を超えている。

最寄り駅からマンションまでの道もいかにも安全そう

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

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