G20に参加するトランプ米大統領が、大相撲の千秋楽を観戦する。それ自体はスポーツ好きであれば何の違和感も感じさせないが、おどろくべき準備が進められているという。観戦にあわせて急遽「アメリカ合衆国大統領杯」あるいは「トランプ杯」がでっち上げられ、正面升席を数百単位で「占拠」するというのだ。

これまでにトランプ大統領が相撲好きだという報道は、管見のかぎり聞いたことがない。視聴率の高い千秋楽を狙って、あるいは「国技(法的根拠はない)」である相撲に親しむパフォーマンスをもって、親日ぶりをアピールする。これは神事(相撲)の政治利用ではないのか。とって付けたような親日家ぶりに不快な感情を抱く日本人は少なくないはずだ。

政治家が何ごとかすれば、かならず政治利用になるという意味では、単にスポーツや神事の政治利用それ自体が非難されるべきではないかもしれない。しかし今回の「トランプ杯」はあまりにもご都合主義であり、メッキが剥がれるような厭らしさがある。


◎[参考動画]トランプ大統領来日時 大相撲で賞の授与検討(ANNnewsCH 2019/04/12公開)

◆大相撲ファンに溶け込んでいたシラク大統領

たとえば、来日回数がじつに46回。縄文土器を愛し、麦焼酎を飲み、芭蕉の句や万葉集を諳んじたフランス大統領ジャック・シラクならば、その在職中(7年間)に「フランス共和国大統領杯」が設けられたのもうなづける。シラクは在東京大使館員に特別任務として、毎日の取組結果(中入り後)をエリゼ宮の執務室にファックスさせていたという。1999年にフランスを訪問した小渕総理から、貴乃花が明治神宮に奉納した綱と軍配を贈られ「これほど嬉しいプレゼントは初めてのことだ」と語ったのも有名な話だ。その綱と軍配はしばらく、エリゼ宮の会議室を飾ったという。

来日時に大相撲を観戦するときも、わずかな側近をつれて一般の升席に座り、気づいた日本人も大統領一行が退席するさいに「シラク」コールを上げるなど、大相撲ファンに溶け込んでいた。その意味では、シラクの大相撲観戦とフランス共和国大統領杯は彼の個人的な嗜好の反映であって、政治的なパフォーマンスは従属的なものだったといえよう。

パリに日本文化会館がつくられたのもシラク時代だったし、興福寺展(1996年)や百済観音像特別展(1997年)には時間を割いて鑑賞し、専門的な質問をしたという。単に親日家というよりも、日本通であるシラクにわれわれは驚かされることのほうが多かった。大統領に就任する前の1994年夏には、夫人とともに日本に一か月滞在し、奥の細道の史跡をたどったという。ベルナルド夫人も日本通で、貴乃花ファンのシラクと曙ファンの夫人は、しばしば火花を散らしたと伝わっている。

◆升席に椅子を持ち込む?

しかるに今回のトランプ大統領の観戦は、安倍総理夫妻とのセットで、その親密ぶりを政治的にアピールしようというものなのだ。しかも300席以上が一般に売られないまま、千秋楽のチケットは完売している。ということは、正面席にポッカリと空席のまま、その中央に安倍総理夫妻とトランプ大統領夫妻が、関係筋によると椅子を持ち込んでの観戦になるという。升席に椅子である。神事(取組)が行われている土俵を、椅子席に観るというのだ。もはや観戦のマナーもあったものではない。せっかく貴賓席があるというのに、テレビに映りやすい升席を占拠したとしか言いようがないではないか。

◆みじめな属国のすがた

ここに至って、わが国の国体の正体があらわになったというべきであろう。白井聡が「国体論」で云うとおり、敗戦後にわが国は天皇制の存続と引き換えに、憲法9条を与えられ、アメリカの属国に組み入れられたのだ。

令和最初の国賓として、アメリカ大統領が天皇に迎えられ、しかも「国技」の場に土足(比喩)で礼儀も何もなく踏み込んでくるのだ。その大統領のしもべよろしく、わが安倍晋三は、その無礼きわまりない観戦方法を歓迎するのだ。

そこに政治的な理念はひとかけらもない。口ばかりとはいえ、核兵器の廃絶を世界に呼びかけ、ノーベル平和賞を受けたバラク・オバマ前大統領の功績を消し去り、ヘイトと軍拡、そして中国との貿易戦争を煽り立てるトランプを、まったく同じ位相で歓迎する無定見に、われわれはあきれ返るしかない。

ようするに、アメリカ大統領なら誰でもいい、相手が何を云おうと同じなのだ。みじめな属国のすがたを見るとき、われわれは思いがけず「自主独立」という言葉を記憶の向こうからすくい上げたくなる。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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