「チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラで3日から続いていた世界の亡命チベット人の代表による特別会議は5日、閉幕した。チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世(84)の後継者選出を巡り、主導権を主張する中国に資格はないと拒否し、ダライ・ラマのみに権限があると宣言する決議を採択した。」(10月5日付け共同通信)

このニュースを最も喜んでいるのは、中華人民共和国政権中枢ではないだろうか。別のニュースでは「チベット人がいる限り、ダライ・ラマ制度は維持される」との声明もあったようだ。

84歳になったダライ・ラマ14世、本名テンジン・ギャツォ氏はチベット仏教の最高指導者であるとともに、明確な制度はないものの仏教界の最高指導者的な存在として、世界から尊敬を集めている人物である。チベットはもともと主権国家だったが、中華人民共和国に武力併合された。チベット民族は現在も約600万人が中国領域内に居住しているとされるが、中国は経済成長の過程で、表面上は自治州における民族自治の尊重を装いながら、漢民族以外への文化破壊をますます進行させてきた。ウイグル人の問題が近年日本でも報じられるようになったが、中国国内には指導者はともかく、独立を志向する100万人以上の民族集団として、チベット、ウイグル、内モンゴルが存在している。

ダライ・ラマは中国からの独立ではなく「高度の自治」を求めるにとどめているが、わたしの知る限りチベット人のあいだには「独立」を指向する人が少なくない。チベット問題は長く国際的な人権問題として西欧各国では取り上げられ、日本では右派が中国を攻撃する材料として利用されてきた。日本にはチベット亡命政府の大使館的(主権国家ではないので、パスポートやビザの発行業務は行えないが)存在として「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」がある。

第二次大戦後のアジアの混乱を象徴しているのが、ダライ・ラマであり、チベット人であるといえよう(彼の波乱に満ちた半生は「Kundun 」、「Seven Years in Tibet Little 」など映画化されてもいる)。しかし、今回の「ダライ・ラマ制度維持」の決議には、追い込まれたチベット亡命政府の焦りを感じざるを得ない。なぜならば、中国のチベット併合の理由は「前近代的な宗教国家からの解放」であったのだ。

そのトップがダライ・ラマであるけれども、ダライ・ラマ同様の「活仏」(生まれ変わりによる仏教上の地位)が実は数十人もいるのである。ダライ・ラマに次ぐ地位として、パンチェン・ラマがある。パンチェン・ラマは1995年5月14日に、ダライ・ラマ14世が当時6歳のゲンドゥン・チューキ・ニマ少年をパンチェン・ラマ11世と公式に承認後、5月17日に、両親共々同少年は行方不明となり、「世界で最年少の行方不明者」と話題になった。中国政府が親子ともども誘拐してしまったのだ。

このように出自により仏教上の地位が決まる選出方法を、中国は「前近代的だ」と批判する最重点課題においていたのであるが、残念ながらそれは正しい指摘だったといわねばならないだろう。卑近な例では天皇制と同じである。

ダライ・ラマ14世は、個人として非常に聡明であり、科学的思考に長けた人物である。が、同時にチベットからインドへの亡命前後から、米国への依存が強く、仏教の教えでは説明のつかない、軍事大国、侵略戦争国家=米国を批判できない立場にある。このあたりの矛盾とチベット伝統の仏教文化を継承するのは容易ではないことは理解に難くない。

ただし、わたしの記憶にある限りダライ・ラマ14世はわたしとの非公式な会話の中で、なんども「ダライ・ラマ制度はもはや時代遅れだ。これからの世界に認められる国家は、民主的であらねばならない。だからわたしが最後のダライ・ラマになるはずだよ」と語っていた。そしてチベット亡命政府は2011年選挙によりロブサン・センゲ氏を首相として選出している。

中国国内のチベット人居住区域でも、拝金主義は横行しているという。チベット人が望んだのではなく、中国政府が独裁を維持ずるためには、政府批判を避ける手段として拝金主義というイデオロギー注入を行ったのだ。しかし依然としてチベット人のアイデンティティーから離れないで、伝統的な生活様式を維持しているひとびとが国境を越えてインドに亡命を繰り返していた。ことしに入りインドと中国の緊張関係が高まり中国からインドへの亡命は激減していることだろう。

わたしは民族自決を支持したい。中国共産党という名前の独裁政党は、共産党を名乗りながら、社会主義、共産主義的経済や社会福祉を採用せず、実態は社会主義の「負の側面」=独裁だけを保持した帝国主義政党である(中国共産党が帝国主義政党であることと、日本がかつて中国大陸に筆舌に尽くしがたい侵略を行った事実は、双方とも注視され記憶されねばならない)。このあたりの認識が亡命チベット政府や、ダライ・ラマ14世には不足しているのではないか。

ダライ・ラマ14世は、信者の間では神様に等しい。しかし、仏教に神などはいないのであり、「無根拠な妄信」を戒めているのはほかならぬダライ・ラマ14世だ。

中国の侵略から半世紀以上が経過し、ダライ・ラマ14世も高齢化するなか、亡命している、あるいは中国内に留まっているチベット人の辛酸は察して余りあるが、利敵行為を採用するのはいかがなものか。ダライ・ラマ14世は幸運にも聡明な頭脳の持ち主(彼の政治判断全てを支持しているわけではないが)であったけれども、「民主主義」と「生まれ変わり」はどう考えても両立しない。

確たる解決策もないわたしが、嘴(くちばし)を突っ込む話題ではないのかもしれないが、チベット人には未来志向でいていただきたいと切望する。安倍晋三や櫻井よしこはあなたたちの真の味方ではない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなき言論を!絶賛発売中『紙の爆弾』11月号! 旧統一教会・幸福の科学・霊友会・ニセ科学──問題集団との関係にまみれた「安倍カルト内閣」他

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)