攻撃力は上回るも、引分けというあと一歩が越えられないムエタイの壁。日本人のローキックで殿堂チャンピオンが倒れるなんて在り得なかった過去。でも江幡睦ならやるかもしれない。淡い期待もありながら、ムエタイ関係者は「その可能性は極めて低く、中盤以降にヒジで切られる可能性が高い」と言い切った。それほどサオトーの上り調子は素晴らしく、試合運びの上手さの前評判だった。
試合を終え、江幡睦の顔面はヒジ打ちを貰った3箇所の傷と腫れ、サオトーは足を引き摺りながら歩くダメージを残した。
◎MAGNUM.51 / 2019年10月20日(日)後楽園ホール 17:00~20:15
主催:伊原プロモーション / 認定:ラジャダムナンスタジアム、WKBA
◆第9試合 タイ国ラジャダムナンスタジアム・バンタム級タイトルマッチ 5回戦
チャンピオン.サオトー・シットシェフブンタム(タイ/53.45kg)
VS
同級7位.江幡睦(伊原/53.35kg)
引分け 0-0 / スーパーバイザー:ジット・チオサクン(ラジャダムナンスタジアム支配人)
主審:ジラシン・シララッタナサクン 48-48
副審:ウォーラサック・パックディーカム 48-48
副審:ナリン・ポンヒラン 48-48
序盤は想定どおりサオトーはムエタイ特有の手数少ない様子見ではあるが、江幡睦の強いローキックをやや貰うと効いた様子が伺え、更に睦みの左ボディーブローも貰ってしまう。場内に“もしかしたら・・・!”という期待が沸く。
しかしさすがの殿堂チャンピオン。そんな脆く崩れることはなかった。しぶとさを見せていくサオトーは想定どおり第3ラウンドから本調子を上げて来た。ヒジ打ちは、けん制を含めて第1ラウンドから出していたが、パンチとローキック主体にガンガン前に出て連打していく江幡睦に対し、応戦しながら要所要所で鋭いヒジを打ち込んでいくサオトーは、江幡睦の右目尻を切り、単発ながらヒザ蹴りも効果的にヒットさせた。
しかし江幡睦は組み合ってもサオトーの有利な体勢にさせない対策も活かしていた。更なるサオトーのヒジ打ちで、目下も切られた江幡睦は、紫色の内出血を残して第5ラウンドも必死に出て行き、江幡睦の右ストレートで仰け反ってしまうサオトーだが、ヒジとヒザを随所に当てていたポイントがどう流れるか分からない展開が続いた試合となった。
判定を聞く睦の表情は曇りがち。引分けでまたも逃がしてしまったムエタイ激戦区の最高峰のチャンピオンベルトだが、全力を尽くした結果にインタビューに応える表情は清々しかった。
江幡睦は「倒しきれなかった、それに尽きると思います。ひとつのダウンでも取れなければ、ラジャのベルトは取れないということです」と率直な感想。
前回、2015年3月の当時のチャンピオン、フォンペットに挑戦した時は、ラウンドを増す毎のインターバルでだんだん返事をしなくなるほど疲労困憊していたが、今回は最後まで冷静にセコンドや伊原会長の言うことに返事し、次どう行くか確認する様子が伺えた。
試合中は激しく檄を飛ばす伊原会長だったが、試合後のインタビューが終わった後、頭を“ポン”と撫でるように触れ「お前はよく頑張ったよ!」と褒め称えていた。
サオトー陣営のアンモープロモーターに、「もう一回やりたいと言ったら対戦可能ですか?」と問うと、すかさず「ダーイ(OK)!、またここ(後楽園)でやってもいい!」とデッカイ声で喋る。「次はヒジ打ちの勝負になる!」とも語った。
足を引き摺りながら歩くサオトーにも同じ質問をしてみた。こちらもすかさず笑顔で「チョックダーイ(OK)!」と元気を見せ、ここはハッタリでも “同じ失敗は繰り返さない”という意欲をみせるのがムエタイ戦士なのだろう。
実際、対策は練ってくるだろうし、ローキックはまともには貰わないかもしれない。それは江幡睦にも対策はあることだろう。再戦が行なわれるかは分からないが、このカードはラジャダムナンスタジアムで再戦して欲しいものだ。
◆第8試合 WKBA世界スーパーライト級王座決定戦 5回戦
2位.勝次(藤本/63.0kg)
VS
4位.アニーバル・シアンシアルーソ(アルゼンチン/63.1kg)
勝者:勝次 / KO 2R 2:59 / 3ノックダウン / 主審:椎名利一
序盤はパンチと蹴りのけん制から始まり、アニーバルのパンチ、蹴りの強さとタイミングを見極めた勝次がパンチでアニーバルを後退させると一気に連打した勝次。その勢いで第2ラウンドに進み、パンチ連打でロープ際に追い込みヒザ蹴りを加えスタンディングダウンを奪い、更なるパンチの攻勢でロープ際から逃げられない状態を作ると2度目のスタンディングダウン。
勝次は更に攻勢を続け、防戦一方となったアニーバルは最後まで倒れ込むことは無かったが、レフェリーに止められ(3ダウン相当)、勝次のKO勝利となった。
◆第7試合 73.0kg契約 5回戦
日本ミドル級チャンピオン.斗吾(伊原/72.8kg)vsイ・ジェウォン(韓国/69.5kg)
勝者:斗吾 / KO 2R 2:49 / テンカウント / 主審:桜井一秀
序盤は距離をとって蹴りで様子見。斗吾の圧力が徐々にジェウォンを下がり気味に追い込む第2ラウンドに入ると、距離が縮まりパンチの交錯が始まる。バランス崩して横を向いてしまうジェウォンは気を抜き過ぎで、斗吾の右フックを貰ってノックダウンしてしまう。そこから斗吾のパンチのラッシュが始まり、ロープ際で滅多打ちからヒザ蹴り、更に追い詰めてボディーブローの連打でジェウォンは2度目のノックダウンし、そのままテンカウントアウトされた。
◆第6試合 62.0kg契約3回戦
日本ライト級チャンピオン.髙橋亨汰(伊原/61.95kg)
VS
ペットワット・ヤバチョーベース(タイ/61.45kg)
勝者;髙橋亨汰 / TKO 2R終了 / 主審:少白竜
髙橋の左ミドルキックを腕に受け続けたペットワットが負傷を示し、第2ラウンド終了後のインターバル中、棄権を申し出た陣営をレフェリーが受入れ試合を終了させた。
◆第5試合 バンタム級3回戦
泰史(前・日本フライ級C/伊原/53.5kg)vs.Mrハガ(ONE’S GOAL/53.5kg)
勝者:泰史 / 判定3-0 / 主審:仲俊光
副審:椎名30-28. 少白竜30-27. 桜井30-27
泰史の蹴りとパンチで攻勢を続ける展開。下がりながらも応戦して危機を乗り越えるMr.ハガ。泰史はノックアウトに結び付けられない課題を残す。
◆第4試合 63.0kg契約3回戦
日本ライト級3位.渡邉涼介(伊原新潟/62.9kg)vs風来坊(フリー/62.85kg)
勝者:風来坊 / 判定0-3 / 主審:宮沢誠
副審:椎名29-30. 少白竜29-30. 仲29-30
◆第3試合 57.5kg契約3回戦
瀬川琉(伊原稲城/57.45kg)vs新田宗一郎(クロスポイント吉祥寺/57.25kg)
引分け 0-1 / 主審:桜井一秀
副審:椎名28-29. 宮沢29-29. 仲29-29
◆第2試合 60.0kg契約3回戦
井桶大介(クロスポイント吉祥寺/59.65kg)vs宇野高広(パラエストラ栃木/59.95kg)
勝者:井桶大介 / TKO 1R 0:44 / ノーカウントのレフェリーストップ / 主審:少白竜
◆第1試合 女子48.0kg契約3回戦(2分制)
栞夏(トーエル/47.55kg)vs erika(SHINE沖縄/47.25kg)
勝者:erika / KO 2R 1:53 / 3ノックダウン / 主審:椎名利一
《取材戦記》
最高峰の王座や名誉が懸かるとムエタイ選手は強いものだ。譲れないものだけに互いが必死の戦いになった。これがランカー以下のノンタイトル戦だったら江幡のローキックで、過去のタイ選手のようにヘナヘナと倒れ込んでいただろう。
そのサオトーの前評判は「ちょっと映像で見ただけだが、サオトーはあまり強さを感じない攻めで、日本人とやれば面白い展開になりそう。江幡が勝つかもしれない!」という知人も居たが、先に応えた関係者談が「江幡睦のローキックはかわされ、サオトーのヒジで切られる!」と言った予想もあり、私の予想も「もしかしたらサオトーは江幡のローキックでヘナヘナと倒れ込むのではないか!」と思ったが、試合展開から言うと、大雑把ながら皆、何らかの指摘が“近いところにいった”という経過となった。
最高峰への通過点ながら、ひとつの目標だった老舗のWKBA世界タイトルを獲った勝次はまず防衛しなければならない。前回のライト級でドローの末、延長戦で王座を持っていかれたノラシン・シットムアンシー(タイ)や国内にも敗れている難敵は居るが、WKBAを懸けて戦えばその因縁が面白くなる(ライト級は7月に王座決定戦で重森陽太が獲得)。本人は以前、「3回ぐらい防衛してその上に行きたい」と言っていたが、5回ぐらい極力短期で連続防衛してWKBAの活性化と権威向上に貢献して貰いたい。
新日本キックボクシング協会次回興行は、12月8日(日)後楽園ホールに於いて藤本ジム主催興行「SOUL IN THE RING CLIMAX」が開催されます。今年4月14日にWKBA世界スーパーウェルター級王座獲得した緑川創(藤本)の初防衛戦と、勝次と江幡ツインズ兄・塁も出場予定です。
▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」