エン・ジャパンの調査によると、退職時に本当の理由を伝えなかった割合が45%となっている。あえて隠す必要のない理由で退職する人のことも考えたら、会社に何らかの不満があって辞める人が、建前の理由を伝える割合はもっと上がるだろう。
建前として伝えた退職理由は「家庭の事情」「仕事内容」「体調」の合計で68%にもなるが、本当の理由は「社風や風土」「人間関係」「給与」「待遇」の合計で66%となる。いかに本音を隠して円満退社をしているかが伺える。
生活術や仕事術といった書籍でも「会社の不満を言ってキャリアに傷をつけるよりは、円満に退社するべき」といった意見が書かれている。私が20代の頃に買った仕事術の本にも同じようなことが書かれていた。確かに自分のことだけを考えれば当然のことだ。円満退職していれば、仲の良かった元職場の人とも交流が続くこともあるし、コネやパイプも残せる可能性がある。しかし会社と喧嘩して辞めてしまえば、それらを失うばかりか、元職場から悪評が流される恐れもあり、同じ業界に転職する場合は大きな足かせになる。
本音を伝えず退職した場合、その会社に残る問題は何も解決しない。たとえば部署内でいじめ、嫌がらせがあって辞めた社員がいたとする。本当の退職理由を伝えず「家庭の事情」とでも言っていたら、部署内いじめは無くならないだろう。他の社員に飛び火することも、代わりに新しく入った人がターゲットになることもあり得る。
中小企業の場合はもっと顕著だ。数十人規模の会社の場合、ワンマン社長が絶対的な存在となっていることが多い。私自身中小企業に何度か勤め、取引先の様子からもわかったことがある。中小の社長は自分の力でここまでやってきた、という思いが強い。仕事はできるが、自分のやり方以外を認めない、自社の従業員を見下す癖がある。言うなれば裸の王様だ。だれも逆らえないから、社員は退職時も本音を言わず、建前でそれらしい理由を繕って去っていく。だから新しい人を雇っても、一方で会社を去る人が後を絶たない。社員の入れ替わりが激しいから仕事も進まず、人間関係も悪化しやすい。やがてブラック企業と言われる労働環境に陥りやすい。
もし退職する社員が全員本音を吐露して、会社の不満を言って去っていったらどうだろう。ワンマン社長であるから聞く耳など持たないかもしれない。社長が意見を求める場面もあるが、絶対的な社長に面と向かって意見を言える人はそうそういない。萎縮してしまうのだ。しかし裸の王様であるから、誰かが言わなければ、経営者はいつまでも会社の問題点に気付かない。会社の悪い体質も改善されない。
社員の不満は、そのまま会社の問題点である。いかに残業が多かろうが、人間関係が悪かろうが、黙って仕事をしていては経営者は問題が無いと言い張るだろう。そしてそれを伝えず退職していけば、人が入れ替わりつつ、いつまでも労働環境の悪い職場が残り続ける。ブラック企業というものは、初めからブラックだった会社ばかりではない。誰も問題点を指摘しなかったがため、悪い労働環境がいつしか当たり前な風潮になってしまうのだ。
自分のことだけを考えれば、本音を隠して辞めてしまう方がずっと楽だ。しかし、あえて嫌われる覚悟で、上の人間に問題点を批判してから辞めるのも悪くない。もしそれが当たり前の風潮になれば、会社の問題に気付き、改善を図る経営者も増えるかもしれない。外部からいくらブラック企業と言われても、会社は認めない。内部からの告発の方が、ずっと効き目があるものだ。
(戸次義継)