「東京空港警察署から連絡があったのですが……」
電話の向こうで、角筈図書館の職員が言った。確かに若い頃、空港反対運動をやっていて警察とは敵対関係にあった。だが、なぜ図書館がそれに関係するんだ!? 私は色めきだった。
「あの貸し出している本、紛失していませんか?」
図書館員は、続けて言った。
「え? 紛失ですか?」
熊本でのイベント『琉球の風』に参加して帰ってきて、まだバッグを開けていなかった。
探ってみたが、あるはずの本が1冊無かった。
「あっ、飛行機で読んでいて、座席ポケットにそのまま置いて来ちゃったようです」
行く時に同じ飛行機に乗った仲間は、熊本に着くと本屋に行った。
「飛行機の中で本を読み終えちゃったんです。活字中毒なもんで……」
彼の言葉を聞いて、幸せな軽度の活字中毒をうらやむ。重度の活字中毒になると、飛行機の中で本を読み終わると極度の恐怖に襲われるので、国内の移動でも2冊以上持っている。
その、読み終わった1冊を置いてきてしまったのだ。
井伏鱒二の短編集『山椒魚』であった。
東京空港警察署に電話して、遺失物の係に繋いでもらう。図書館員から聞いた、処理番号を伝えると、警察官は訊いた。
「えーと、本のタイトルは分かりますか?」
「『山椒魚』です」
「井伏鱒二ですね」
教養のある警察官である。たちまち私は、好感を持った。教養がある、ということは、実によいことだ。
聞いてみると、警察署まで出向かなくても、着払いで送ってくれるという。
まず警察署から書類が郵送されてくる。それに記入し、身分を証明するもの、私の場合は自動車免許証のコピーを添えて、警察署に郵送する。
なんたるお役所仕事。そんなものはファックスでやりとりすればいいのに。裁判所でさえ、書類をファックスしてくることがあるのに。
そうも思ったが、教養ある警察官に好意を感じて、もくもくと作業した。
そもそも、忘れてきた私が悪いのだし。
きちんとビニールにくるまれて、『山椒魚』は戻ってきた。
着払いの料金は、740円。新しく本を買ったほうが安かったが、これでよかったと思う。『山椒魚』が、警察の遺失物倉庫に閉じこめられたのでは、あまりにも哀れだ。
(深笛義也)