猪瀬直樹東京都知事は批判されるべきことをして辞職したのであり、批判されてしかるべきである。
だが、母子家庭という、彼の育った環境まで持ち出すのは適切なのか。
『AERA』で、猪瀬氏を批判する記事の中で、ジャーナリストの池田房雄氏が語ってる。
「幼いときに父親を亡くし、母親に育てられた。母親だけに育てられた人間というのは、気が弱い傾向があるのですが、対社会とか対世間になるとものすごく強気を示します。自分を守るというか、別の言い方もできるのに強く出てしまう。これは自信がない裏返しで心理学の初歩として認識されています」

専門家ではないので、これが心理学の初歩かどうかは分からない。
だが、河合隼雄氏が、かつて以下のように語っていたのを思い出す。
心理学者というと、人の心がすぐに分かると思っている方々が多いが、人の心は簡単には分からないということを、身に染みて知っているのが心理学者だ。

世の中にありとあらゆる母親がいるのだから、母子家庭も千差万別のはずだ。
母子家庭に育ったらこうなる、という批判の仕方は、母親も子どもも傷つけることになる。少し周りを見渡してみても、両親がいても、実は小心だがそのために態度が強気になる、という人間はいくらでもいる。

20年ほど前、「アメリカインディアンの教え」という一節が流布したことがあった。

批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします
敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います
ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります

これ以降は、ポジティブな教訓が続く。子どもを育てる親にとっては役に立つ教えだ。
だが、上に掲げたように育てられたと思い当たる私は、これを見た時に戦慄したものだ。
自分を変えようと必死に模索し続け、ずいぶん克服したと思っても、いまだに逃れられていない面を見つけることもある。
確かに、どんなに歳をとっても、生育環境から完全に離れることはできない。

猪瀬氏の性格が母子家庭に起因するかといったら、おそらく無関係だろう。
こんな批判を見かけるとむしろ、丸裸になった猪瀬氏に、一からの作家として再スタートにエールを送りたくなってしまう。

(深笛義也)