◆ここまで危機管理に弱いとは

感染症という速度のある災禍に、あまりにも脆弱な政権の体質が露呈した。いうまでもなく、安倍官邸政治のあまりにもトホホな不作為についてである。

安倍総理という人間は国会演説、桜を見る会やオリンピックパフォーマンスなど、晴れの舞台ではそこそこ絵になるが、危機にさいしてはからっきしお坊ちゃん体質が露呈してしまう。にもかかわらず、その漂流的な政権運営を是正するスタッフが、人材に事欠いているありさまなのだ。

とくに菅はずしとでもいうべき、菅義偉官房長官の存在を無視するかのような政権運営が目立っている。安倍独裁の主柱である菅義偉をはずすことで、みずから孤立を深めてしまっているのだ。そしてこのコロナ政局ともいうべき政権運営のなかで、コロナ対策同様に出口が見えない永田町の現実がある。

安倍総理が全国一斉休校要請を発表したとき、休校に慎重だった菅長官は決定を直前まで知らされていなかったという。次期総理候補と噂される菅を遠ざけた代わりに、安倍がコロナ対策の中心に据えたのは元経産官僚の西村康稔コロナ担当相、元財務官僚の加藤勝信厚労相、元経産官僚の佐伯耕三(アベノマスク発案者)、今井補佐官、そして財務省の太田充・主計局長であった。つまりイエスマンの官僚出身者たち、現役官僚たちなのだ。

「側近や官僚の思いつきだけでなく、もっといろんな人の意見を聴かなければ」と語るのは、お茶の間の安倍応援団というべき田崎史郎である。思いつきの制作が当たらない、後手に回ってしまっている現状を批判してのことだ。

上記の全国一斉休校は、鈴木直道北海道知事の緊急事態宣言が、鮮烈な印象を国民に与えたことが背景にある。いわば鈴木知事のイメージに乗っかるかたちで、安倍総理がパフォーマンスとして宣言したものだ。この発案者は今井補佐官ら、官邸の側近だったという。

皮肉なことに、鈴木都知事の庇護者(法政大学夜間部出身で、北海道知事選の実質的な選対責任者)である菅義偉には、なんの相談もなかったのは前述したとおりだ。「菅はずし」の、もうひとつの原因がここにある。

筆者の私見では、将来の総理候補といわれてきた小泉進次郎が内容のなさを環境相として露呈させたいっぽうで、自民党の若手のホープとして浮上したのが、この鈴木知事である。菅同様に苦学のすえに政治家となり、絶望的な夕張市の財政を立て直した「日本一給料の安い地方自治体首長」の力量は知られるところだ。政権降板後の安倍総理が院政を敷くにあたり、いちばん気になるのが、菅――鈴木ラインなのだ。

政権および自民党の主柱として、おおらかに全体をフォローするのではなく、ナンバー2を許さない独裁者の器量の小ささが、政権末期において晒されたかたちだ。

◆30万円から一律10万円への迷走

公明党の山口那津男代表が「政権離脱もやむなし」と、安倍総理に直談判することで、所得低減世帯への30万円給付は、一転して一律10万円となった。いったん閣議決定(公明党の官僚も賛成)した議案が、再決議でひるがえされたのである。公明党が政権離脱することで、参院の与党多数支配が揺らぎかねない安倍政権は、一も二もなく公明党(創価学会)の圧力に従うしかなかったのだ。

「週刊ポスト」(5月1日号)によれば、「総理はもともと国民に一律10万円給付を考えていた。しかし、側近の今井補佐官や財務省の太田充・主計局長らが『効果がない』と反対し、総理は持論を押し通せずに一世帯30万円の給付案で落ち着いた」(安倍側近議員)という。この太田主計局長は言うまでもなく、森友事件の改ざん問題が発覚した当時の理財局長である。自殺した赤木俊夫さんの手記では、その発言が「詭弁を通り越した虚偽答弁」などと名指しされている。いわば総理を忖度して出世した官僚である。いわゆる小才の利いた官僚の進言に乗って、紆余曲折を余儀なくされているのが、いまの安倍政権なのである。

そしてこの過程で、求心力をうしなったもうひとりの政治家がいる。次期総理候補とされる岸田文雄政調会長である。もともと大物感のない岸田にとって、満を持して発表した30万円給付がくつがえされたのは大きな痛手である。二階幹事長が突如として「一律10万円」を唱えたことで、政調会長の権威すらゆらいだ。

それではポスト安倍はどうなるのだろうか。ここまで失政が続いても、おそらく安倍政権は任期をまっとうするだろう。政権待望論がある石破茂には、自民党離党の経歴があり、そもそも議会政治における「力」である「数」が足りない。

安倍総理の選挙での圧倒的なつよさ、まるで相手を催眠術にでもかけるかのような「演説力」は、橋下徹や山本太郎などのいわゆるポピュリズム系の政治家にはない安定力をみせる。質疑において感情的になる弱点はあるものの、長ったらしく内容のない演説で聴くものを酔わせるのは、その著書「美しい国へ」(文春新書=安倍の演説をライターが記述)に秘密がある。その謡うような、独特の演説のリズムなのだ。

いずれにしても、一連の過程で自民党に人材がないことが明白になった。ここ数年、この欄でも政権に批判的なジャーナリズムにおいても「安倍政権の終わりの始まり」が論じられてきた。自民党の人材のなさを考えるに、来年の任期延長まで見えてしまいそうなコロナ政局である。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など多数。

最新刊!月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他