原発が立地し、その原発の爆発事故で大きな痛手を負った福島県自ら、東京に避難した県民を追い出すための訴訟を起こすという異常事態。筆者は、福島県の情報公開制度を利用して、3月25日付で福島地方裁判所に提出された訴状(開示が決定された時点で被告が受け取っていた1人分)を入手した。5月にも予定されている第1回口頭弁論期日を前に、改めて県の主張と問題点を整理しておきたい。

A4判にして、わずか7ページ。これが、政府の避難指示が出されなかった区域からの原発避難者(俗に言う〝自主避難者〟)を国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)から追い出す訴状だった。

「請求の趣旨」も至極単純。①建物を明け渡せ、②駐車場を明け渡せ、③退去までの家賃を支払え、④訴訟費用は避難者が負担しろ──。この4点。訴状には堅苦しい言葉が並んでいるが、要するに「早く国家公務員宿舎から出て行け」、「出て行くまでの家賃は耳を揃えて払え」、「こんな裁判を起こす原因をつくったのは退去に応じない避難者なのだから、費用も負担しろ」というわけだ。

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

「請求の原因」では、福島県側から見たこれまでの経緯と、福島県から見た「損害」が約3ページにわたって書かれている。福島県の言い分はこうだ。

国家公務員宿舎「東雲住宅」は、東京都が所有者である国から使用許可を受け、原発避難者である被告に、駐車場も含めて応急仮設住宅として無償提供された。

2017年3月31日で避難指示区域外からの避難者に対する応急仮設住宅としての無償提供が終了。本来であれば避難者は使用する権利を失ったが、その時点で新しい住まいが確保出来ていない(新しい住まいの見通しが立っていない)避難者に関しては、原告・福島県が国から一定の条件で使用許可を受けた上で、避難者との間で賃貸借契約(いわゆる「セーフティネット使用契約」)を締結する事で新たな住まいが見つかるまでの住まいとして(最長で2年間、有償)引き続き住む事を認めた。

この際の意向調査で被告は、「セーフティネット使用契約」の申し込みをしたにもかかわらず契約書の調印を拒否。原告・福島県は契約の締結などを求めて東京簡易裁判所に民事調停を申し立てたものの、調停は不成立に終わった。原告・福島県は被告・避難者に対して部屋や駐車場の明け渡しと2017年4月1日以降の家賃支払いを求めているが、有償での入居についても2019年3月31日で既に権利を失っているにもかかわらず被告・避難者は退去せず、国家公務員宿舎の部屋と駐車場を占有し続けている。

被告・避難者が退去に応じず住み続けているため、原告・福島県は国に対して使用許可に基づく使用料を支払っている。訴状では、原告・福島県が立て替えている「損害」について、2017年4月1日から2018年3月31日まで、2018年4月1日から2019年3月31日まで、そして2019年4月1日から現在までの3つに分けて示しているが、開示された文書では黒塗りになって伏せられている。請求額は数百万円に上るとみられ、金利を含めた支払いを原告・福島県は求めているのだ。

訴状には、数十ページに及ぶ附属書類が添付されており、昨年9月の福島県議会に提出された議案や「国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付に関する要綱」(2017年2月21日付)、当該避難者が記入したとされる「住まいに関する意向調査」(2017年1月20日付)、「国家公務員宿舎セーフティネット使用申請書」(2017年3月5日付)などが揃えられている。「契約で定められた期限までに退去します」と書かれた誓約書や、昨年8月20日付で送付された明け渡し請求書(提訴予告)も添えられた。

訴状だけを読めば、被告となってしまった避難者について「ルールを守らず居座るわがまま者」と考えてしまうだろう。「実際、多くの避難者は家賃も支払って退去しているではないか」と言う人もいるだろう。

しかし、考えてみて欲しい。そもそも「原発事故など起こらない」と言われていた事故が起きた。ずっと〝安全神話〟に寄りかかっていたから備えなど出来ているはずも無く、国も福島県も市町村も混乱を極めた。避難指示は単純に福島第一原発からの距離で同心円状に出され、いわき市や中通りは避難指示の対象区域とならなかった。

放射性物質は避難指示の有無などお構いなしに降り注いだ。福島市や郡山市の空間線量は10μSv/hを軽々と超えた。わが子の被曝リスクを心配した多くの親が動いたが、原発事故避難に関する法律など無い。無理矢理、災害救助法を適用して支援は住宅無償提供ぐらいしか無く、それも入居先を選んでいる余裕など無かった。結果として国家公務員宿舎に入居した人だけがなぜ、わがまま者扱いをされなければいけないのか。

しかも、福島県はずっと「提訴先を東京地裁にするか福島地裁にするかは決まっていない」と説明していた。しかし、訴状が提出されたのは福島地裁。いくら弁論期日には弁護士が代理人として裁判所に向かう事になるとしても、経済的に苦しんでいる避難者に交通費を工面してでも福島まで来いと言う福島県には、本当に血も涙も無い。

避難者も支援者も「追い出すな」の声をあげ続けて来たが、とうとう福島県が追い出し訴訟を起こした

3月27日午後に福島県庁会議室で行われた緊急要請。「福島原発事故被害者団体連絡会」(ひだんれん)と「『避難の権利』を求める全国避難者の会」の2団体が次の4項目について県に求めた。

① 国家公務員宿舎入居者に対する「2倍家賃請求」を止めること
② 国家公務員宿舎入居者に対する立ち退き提訴を止めること
③ 帰還困難区域からの避難者の住宅提供打ち切り通告を撤回し、すべての避難当事者の意向と生活実態に添った住宅確保を保障すること
④ 新型コロナウイルスによる経済状況が改善するまで避難者への立ち退き要求や未退去者への損害金請求を行わないよう、民間賃貸住宅の家主や避難先自治体に対し要請すること

これまで何回も話し合いの場が持たれ、申し入れも行われたが、福島県の意思は変わらなかった

「避難の協同センター」世話人の熊本美彌子さん(福島県田村市から都内に避難継続中)は席上、「非正規で働いている避難者は雇い止めや収入減に直面しているのに、福島県から2倍の家賃を請求され続けている。避難者に寄り添うどころか窮状をさらに深めている」と県職員に訴えた。記者会見では「なぜ東京地裁でなく福島地裁に提訴したのか。避難者は交通費をねん出するのも難しいのに…」と県の姿勢を批判した。

被告となってしまった避難者が出廷のために東京~福島を新幹線で往復すると2万円近くかかる。「お前たちのせいで裁判沙汰になったのだから、そのくらい負担しろ」。それが「最後の1人まで寄り添う」内堀県政の本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年5月号 【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!