コロナ騒動により外出自粛を強いられる日々だが、これは自分と向き合い、自分の能力を伸ばすチャンスかもしれない。そのことを教えてくれるのが、全国各地の刑事施設で長期の獄中生活を強いられている受刑者や死刑囚たちだ。

受刑者や死刑囚が獄中でとてつもなく上手な絵を描けるようになったり、精巧な工芸作品を作れるようになったりした例は枚挙にいとまがないが、筆者がこれまで取材した重大事件の犯人たちの中にもそういう例は数多い。その中でもとくに印象深かった西口宗宏という死刑囚のことを紹介したい。

◆絵を描くことを生きる支えに

西口は2011年の11、12月に、大阪府堺市で歯科医夫人・田村武子さん(当時66)と象印マホービン元副社長の尾崎宗秀さん(当時84)を相次いで殺害し、現金や商品券などを奪う事件を起こした。殺害方法はいずれも両手足を拘束したうえ、顔にラップを巻きつけて窒息死させるという惨たらしいもので、昨年2月、最高裁に上告を棄却され、死刑が確定している。

筆者はこの西口が死刑確定まで4年半ほど面会や手紙のやりとりをした。残酷きわまりない殺人事件を起こした西口だが、会ってみると、小柄の弱々しい感じの男で、何も知らなければ、とても殺人犯に見えない人物だった。

「死は怖くないですが、死刑は怖いですね。自死しようと考えたこともありますし、いつも頭に死があります」

面会の際、そう語っていた西口は常に死刑の恐怖に苦しんでいる様子だった。精神的に不安定だからか、あまり食事を食べられず、がんばって食べても吐いてしまうため、顔色がいつも悪かった。

そんな西口が生きる支えにしていたのが、絵を描くことだったのだ。

西口の描いた絵。罪の意識を表現したものと思われる

◆獄中で絵を描き続け、賞をもらうまでに

西口の写経には、いつも絵が添えられていた

西口は獄中で毎日、被害者のために写経と読経をしていたが、写経のやり方は独特で、写経した紙に一緒にイラストを描いていた。元々、漫画好きだったそうなのだが、写経と一緒に描くイラストも漫画のようなタッチで、自分自身が死刑を恐れて苦しむ様子や、別れた妻子を思い出して後悔する様子が表現されていた。

そのうち、西口は経典とは関係なく、絵そのものを描くことに没頭するようになった。描く絵は抽象的な作風のものばかりだったが、写経に添える絵と同様に死刑を恐れたり、罪悪感に苦しんでいたりする自分自身を表現したような作品が多かった。そして絵を描き続けるうち、どんどん腕を上げ、死刑廃止団体が毎年開催している「死刑囚表現展」で賞をもらうまでになった。

「ここでは、絵の具は使えないので、色鉛筆を水で溶かし、絵の具のようにして使っているんです」

面会中、絵の話をする時の西口は楽しそうだった。筆者にくれる手紙やハガキにも毎回、絵が描き添えられていたが、それらはユーモアや温かみの感じられる絵が多かった。西口にとって、絵を描くことは心の支えだったのだろうが、絶対に逃げ出せない獄中で死刑の恐怖や罪の意識に苦しむ日々の中、自分と向き合い続けたことが西口の能力を開花させたことは間違いない。

許されざる罪を犯した西口だが、コロナ騒動により外出自粛を強いられる日々の中、時には自分と向き合ってみることの有効性を教えてくれる実例だとは思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)