これほど法案反対が国民的な運動になったのは、いつ以来だろうか。いうまでもなく、検察定年延期法案(検察庁法改正)に対する批判である。

ネット上では法案反対の声が1000万ツイートにもおよび、安倍政権への国民の怒りを象徴している。小泉今日子や東ちづるなど、国民的人気の芸能人が反対を訴えることで、コロナ不作為とはまた別の意味で、安倍政権の致命傷となりそうな気配だ。政府は強行採決も辞さない構えだが、そのことが「消えた年金」以来の自民党凋落の予兆となることを、ここに指摘しておこう。

とくに安倍政権にというよりも、官房長・事務次官時代をつうじて、政権一般に協調的・親和的といわれる黒川弘務検事長の定年延長(閣議決定)を、安倍総理はさりげなくやったつもりだった。森友・加計・桜を見る会という具合に、総理自身の利益供与、公職選挙法違反という刑事訴追の可能性も浮上してくる中、おそらく軽い気持ちでやったのではないか。じっさい、市民運動家や弁護士による安倍総理刑事告発が、複数回にわたって官邸を悩ませてきた。


◎[参考動画]東京高検のトップに黒川弘務氏が就任 抱負語る(ANNnewsCH 2019年1月21日)

◆あまりにも卑怯

しかしそれは、卑怯な戦術として国民の目に映った。国民の目には、官邸が訴追を怖れるあまり、三権分立を侵す検察官の人事権を掌握する挙に出たと映ったのは、あまりにも当然のことだった。

黒川検事の定年延長をきめた閣議が法的担保のない、行政行為(法解釈の変更)であるのとは違って、停年延長法は検察に対する官邸の優位を決定づける。もはや形式的な任命権。すなわち検察官を内閣の指名により天皇が任命するという、法手続きの域を超えてしまうがゆえだ。まさに訴追権を時の政権が掌握するという、ナチス政権ばりの独裁法(全権委任法)である。

それゆえに、松尾邦弘元検事総長は「内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更」することが「フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』という中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない」とまで安倍政権を批判しているのだ。

まさに「今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」(検察定年延長 OB有志意見書)。まさに正鵠をえた批判であろう。定年延長という人事権をもって、政権が検察を支配しようとしているのだ。


◎[参考動画]検察OBが定年延長可能にする検察庁法改正に反対し記者会見(朝日新聞社 2020年5月15日)

◆安倍総理の検察支配は目論見通りにはいかない

検察庁法22条には「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定められている。

国家公務員法第81条の3は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」は最大3年の勤務延長を認めている。

そして国家公務員法の定年制度には「法律に別段の定めのある場合」は除かれるという規定がある。したがって検察庁法に、この「別段の定め」があるのだから、今回の黒川検事長の定年延長には、そもそも違法の疑いがあった。

国家公務員の定年制度導入を論議した1981年の衆議院内閣委員会においても、政府は「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております」と、国家公務員法での定年制度に検察官は含まれないと明言しているのだ。

こうした違法の疑いを、停年延長法で乗り切ろうとしたところに、安倍総理の浅はかさが露呈した。

自分の保身のため(桜を見る会における公職選挙法違反)に、あるいはスキャンダルにも等しいお友だち利権(森友・加計)のためにする閣議とそれを担保する法案に、だれが賛意をしめすというのだろうか。

安倍総理のもうひとつの弱点として、いったん言い出したことは曲げない。絶対に誤りは認めない、謝罪をしないというものがある。謝れば負けを認めたことになると、彼の狭隘な政治感性がそうさせるのだ。それゆえに人事権を官邸ににぎられた官僚は政権に「忖度」し、政権も国民的な常識からかけ離れた言動を繰り返してきた。

新型コロナウイルス防疫の遅れや不作為もあり、いまや安倍政権は第一次政権時のような衰亡に晒されている。であるがゆえに、安倍総理が辞任するとともに、刑事訴追されるのではないかという観測が高まっているのだ。すでに河井克行元法務大臣、河井案里参院議員にたいする公選法違反での立件も現実性をおびてきた。そう遠くない時期に、そして自民凋落という情勢の中で、総理が逮捕されるという事態があるかもしれない。すくなくとも安倍総理においては、その危機感故に、「指揮権発動」にもひとしい検察人事に手を染めたのだから。


◎[参考動画]【アベの大嘘】黒川の定年延長は法務省が言い出した事。我々はそれを承認しただけ【隠蔽】(FckAbe 2020年5月16日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る