◆日本は防疫後進国だった

コロナ禍がいっこうに収束しないまま、わが国の防疫政策は迷走をきわめている。第二波ともいわれる感染者数の増大のなかで、すでに明らかになっているPCR検査の決定的な不足も解消されていない。本欄でも明らかにて来たとおり、厚労省の医系技官=保健所の消極性、そしてこの問題に限っては官邸政治主導の立ち遅れによるものだ。

PCR検査を増やしたい官邸の意向にもかかわらず、官僚組織と現場が動かないのである。デイリー3000~4000のPCR検査という日本の立ち遅れは、第二波を封じこめた武漢や北京とくらべれば明らかである。

すなわち武漢においては、第一波の収束後40日目に1人の陽性者が出たが、その陽性者の居住団地5000人を一斉検査している。そのうち密接交際者5人を割り出して隔離している。さらには、わずか19日間で全市民990万人にPCR検査を実施したのだ。じつに1日あたり50万人である。その結果、300人の陽性が判明し、これをただちに隔離。その後(6月1日以降)2人の陽性者が出たものの、市外からの旅行者であった。つまり、再発を完全に封じ込めたのである。なぜ中国にできて、わが国にはできないのか?

◆動かすべき組織(厚労省)を動かせず、思いつきで勝負せざるをえない

上述したとおり、それは厚労省医系技官がその要を占める保健所および国立感染研の消極性にほかならない。PCR検査そのものに及び腰(医療従事者の感染の危惧)であること、そして厚労大臣・副大臣・政務官ら政治家ばかりか、安倍総理の意志すら貫徹しない組織に欠陥があるのだ。医系技官たちのセクショナリズム(縄張り主義)、パワーゲーム(事務系官僚との抗争)は、『さらば厚労省』(村重直子、講談社)に詳しい。

官邸・官庁中枢だけではない。感染者数の集計にFAXを用いるというアナログ体質、二か月経ってもマスクひとつ満足に配れない役所と郵便網、持続化給付金を民間に丸投げし、二次受け三次受けを追跡できない体たらくなのだ。思い起こして欲しい、厚労省および社会保険庁のアナログ管理によって消えた年金を。

日本は80年代後半から国鉄・郵便局の民営化によって、親方日の丸体質ともいうべき公的分野の改革を行なってきた。だがそれは、官公労の労働運動を破壊するのが主目的で、赤字部門の清算が副次的な目的であった。鉄道においては赤字路線の廃止、郵便においては公務員的な体質を宿したまま、違法な保険契約でノルマを達成するという弊害を生んだ。

そしていま、官庁中枢において「動かない組織」が明らかになってきたのだ。そして動かない組織を横目に見ながら、なんら策を打ち出せない官邸が思いついたのが、まさに思いつきの「アベノマスク」であり「GO TOキャンペーン」なのだ。動かない組織の問題点を切開(組織と人事編成の再編)するのではなく、ほんらい向かい合うべき政策に背を向けた「アイデア」で勝負しようというのが、安倍総理とその補佐官・秘書官たちなのである。

アベノマスクを発案したのは、佐伯耕三総理大臣秘書官であるといわれている。総理に対して「全国民に布マスクを配れば不安はパッと消えますよ」と進言したとされ、これを「実現」させたのが大型補正予算を仕切る今井尚哉総理秘書官だったという。

◆実現しても危険が大きいアイデア

そして今回の「Go To トラベル キャンペーン」を総理に提案したのは、その今井秘書官の指揮のもと、新原浩朗経産省産業政策局長だといわれている。この新原局長は内閣官房で日本経済再生総合事務局長代理補の肩書もあわせ持ち、今井氏と働き方改革や教育無償化など、総理肝いりの政策を実現させてきた人物だ。タレントの菊池桃子さんと2019年11月に結婚したことでも知られている。


◎[参考動画]菊池桃子さんと結婚の新原氏が会見(NNnewsCH 2019/11/05)

さてその「Go To トラベル キャンペーン」は、東京への観光旅行および東京都民の観光旅行には適用されないという、骨抜きの内容になってしまった。東京で毎日300人近い感染者が出ているというのに、観光旅行なんかやって拡散するつもりか? という世論の批判および東京都の反発に屈したかたちである。その結果、準備をすすめていた観光業者はキャンセルによって打撃を受けている。

いや、そもそも「Go To トラベル キャンペーン」は、収束後の政策ならぬアイデアだったはずだ。

じつはここに、安倍政権の本質が顕われているといえるのだ。危機管理にからっきし弱く、天災や今回のような疫病禍など困難には耐えられない。それゆえに、なるべく明るい話題に飛びつく。早すぎるアイデアの実行に飛びついてしまうのが、安倍総理の抜きがたい体質なのである。

JTBの「Go To トラベル キャンペーン」サイトより

現実には感染者ゼロの岩手県のほか、コロナ感染を収束させた他県への観光を推奨するこのアイデアは、失敗に終わる可能性が高い。35%の旅行費補助や15%のクーポンを目当てに、危険を冒して旅行に出かける人々が多いとは思えない。そもそも歓迎されない観光地に、何を楽しみに行けばいいというのだろうか。

もしも安倍政権が想定したとおりに観光が動いたとして、もしもコロナ感染がその観光地で拡散、死者が出たらどするのだろうか。総理を辞任して済むような話ではないのだ。「Go To トラベル キャンペーン」の予算は1兆7000億円だという。持続化給付金同様に、大手代理店が中抜きをするのだという。

そんなことであれば、その巨額予算はただちに観光業界の支援金に回すか、ホテルや旅館を感染者の一時待機施設として確保する。そんなアイデアこそ実現するべきではないか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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